第65話 気持ち

 お婆さんがそんな発言をした瞬間、俺の中で一瞬時間が止まってしまった。…いや勿論能力を使ったわけではないので比喩表現ではあるんだが…それくらい驚いたという事だ。

 急に俺と棗さんが夫婦だなんて言われて驚かない訳がない。


(お似合いって…この人はどこをどう見て言ってるんだ…?仮に俺が俳優やアイドルみたいなイケメンならまだしも…俺みたいな奴とお似合いだなんて言われて、あの棗先輩でも不愉快になっていないだろうか…)


 そう思い、俺は横で固まっている棗さんの方をゆっくりと見る。


「ふぇ…………?しゅ…秀君と私が…ふ…夫婦……?お、お似合いって………」


 俺の横にいる棗さんは、頭からプシュー…と煙が吹き出している幻覚が見えるくらいに俺が見た中で一番濃く顔を真っ赤にしているように見える。

 もしかして照れているんだろうか…いや、怒っている可能性もなくは無いがそれは無い…と思う。深く考えるのはやめよう。


「えっと…僕たちは夫婦じゃ無いですよ?そもそも恋人でもありませんし…」


「あら?そうなの?私てっきり新婚さんなのかとばっかり…お嬢さんもごめんなさいねぇ?」


「い、いえ…」


 お婆さんにそう言われると俺の横に座っている、まだ耳まで真っ赤になっている棗さんは椅子に座ったまま恥ずかしそうに自分の太ももの上でギュッと両方の拳を握っている。


 …いかがわしい事は何も無いのだが、棗さんのとても大きな女性の象徴がムギュッと寄せられるポーズになってしまっているので、俺は静かに目を逸らした。


 幸いにも近くに人はおらず、おじいさんも小春ちゃんとのお話に夢中になっていてこちらを見ていないようでホッとした。


「ねぇしゅーにぃとじぃ!あっちでげーむしてるひとがいるよ!いっしょにみにいこ〜?」


 ふと横からクイクイと袖を引っ張られた方向を見ると、まだまだ元気そうな小春ちゃんが目をキラキラとさせながらガチそうな音ゲーマーの人を指差す。


 棗さんにも付き添ってもらった方がいいと思った俺は棗さんに問うと、少しここで落ち着いておくという事で俺とお爺さんと小春ちゃんで付き添いをすることになり、俺とお爺さんは小春ちゃんに引っ張られていく形でテーブルから離れた。



「のぉ青年よ、お主はあの子の事をどう思っておる?」


「小春ちゃんのことですか?」


「いやいや、あの別嬪さんの事じゃよ。随分と仲が良さそうでは無いか」


 少し離れたところにあるベンチから少し前に歩いて行って、音ゲーのスーパープレイを楽しそうに立って見ている小春ちゃんの背中をボーッと見ていると、じぃことお爺さんからそんなフリが飛んできた。


「棗さんのことですか…趣味も合うので、とても仲良くさせては貰ってますよ?数少ない友人…と敢えて言わせてもらいますけど、幼馴染とか男女を含めて5人の友人の1人ですね」


「………なるほどのぉ、こりゃお主もあの子も苦労するじゃろうて…」


「…?」


 頭に?を浮かべていると、お爺さんは「なんでも無い」と遮った後、更に踏み込んだ質問をしてくる。


「して青年よ、お主は恋をしたことはあるかの?」


「恋…ですか?」


「そうじゃ、若者で言う青春という奴じゃ。ワシも昔、道端で婆さんを見て一目惚れしてから必死にアピールしたものじゃ!懐かしいのぉ」


「は、はぁ…」


「おっと話がズレたの。それで?恋はしたことあるのか?若者よ!」


 ニヤニヤとしながら肩を組んでくる爺さん。でも何故か嫌な感じはせず、返事を返す。


「まぁ昔の話ですけど………幼馴染の女の子のことは気になってましたね…。小学生くらいの時の話ですけど」


「…ふむ、それで?今現在はどうなのかね?その幼馴染の子が好きなのかね?それとも他の子が好きなのかね?」


「今…今ですか………」


 今はどうなんだろう…。確かに美涼の事は大切だと思っているし、なんだかんだ瀧川や棗さん…沢城さんのことも大切だ。

 しかしこの気持ちが恋愛感情なのか…今の俺にはよく分からないのが正直なところだ。


 勿論最近の美涼や瀧川の行動に女性として意識する機会が増えたし、棗さんや沢城さんの普段俺以外の誰にも見せないような表情を見て優越感を覚えたり、ドキッとすることも多い。


 この中で誰が一番…というのは………何かが違う気がする。何がかは分からないが、取り敢えず俺の選択によって全てが変わってしまうような…。


「…正直まだ分かりません。……でも全員同じくらい大切にしたい…とは思ってます」


「そうかそうか…これからしっかりと悩んで、しっかりと答えを出すと良いぞ?フォッフォッフォ。ではそろそろ戻ろうかの…ほれ小春ちゃん、お姉ちゃんのところへ戻るぞい」


「わかった!じぃ!」


 俺とお爺さんと小春ちゃんは少し経ってから棗さんたちの元へと戻り、顔色が元に戻った棗さんと共に老夫婦とそこで別れ、ゲームセンターを出てから棗さんと並んで歩く。


「び、びっくりしちゃったね…まさか夫婦と間違われるなんて…」


「ほ、ほんとですね…なんかすみません…俺と夫婦に間違われるなんて…」


「…そんなことないよ?むしろ私は―――」


「そうだ!おねーちゃん!ごはんのざいりょーかわないと!ごはんつくれないよ?」


 俺の横でまた少し顔を赤らめながら、耳に髪をかけて何かを言いかけていた棗さんに、前を歩いていた小春ちゃんが声をかける。


「うふふ…そうね小春。今から買いに行きましょうか。じゃあ秀君、また…ね?ほら小春もお兄ちゃんにご挨拶しなさい?」


「ありがとー!しゅうにぃ!!このこたちずっとだいじにするー!」


 小春ちゃんはぬいぐるみを抱えたまま、俺の腰に片腕で抱きしめるようにした後、棗さんと一緒に食料品売り場へと歩いて行った。


「…好きな人……か」


 俺はそのまま立ち尽くし、何かを考えるようにそう呟く。


『そうかそうか…これからしっかりと悩んで、しっかりと答えを出すと良いぞ?フォッフォッフォ』


 そんなお爺さんの声が頭の中で響く。


 自意識過剰なわけじゃない。しかし誰かが俺のことを好きだと言ってくれるならば…俺も真剣に考えなくてはいけない日が来るのだろう、何故だかそんな気がした。

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