第63話 妹
棗さんが俺たちのテーブルにやってきた後、俺は取り敢えず棗さんを小春ちゃんの横の席に座るように促した。
突然のことだらけで混乱していたので棗さんに話を聞くと、どうやら今日は棗さんのご両親が仕事でいないらしく、実家のお手伝いさん達で様子を見ようとしていたが急に小春ちゃんがお姉ちゃんの所に行くと駄々をこねたらしい。
…そういえば棗さんの家も沢城さんの家よりは小規模とはいえ、いい所のお嬢様だったな…。
そうして棗さんの家に小春ちゃんがやって来たが、数時間後に外に行きたいと言い出したのでここに連れて来ていたそうだ。
そういう経緯で小春ちゃんと一緒にモール内にある本屋さんに寄っていた棗さんだったが、男の人にナンパ目的で声をかけられていた数分の隙に小春ちゃんが姿を消していたらしい。
「もう、ダメじゃない小春!お姉ちゃんから離れちゃ…それに知らない人に近づいて行っちゃダメでしょ?たまたまこのお兄ちゃんがお姉ちゃんの好………んんっ…お友達の人だったから良かったけど……」
「ごめんなさい…でもこはるおなかすいちゃって…がまんできなかったの……」
「…そうね、小春のことを考えたら本屋さんを見て回るよりも先にご飯を食べた方が良かったわね…。お姉ちゃんもごめんね?小春。…あっ、口の周りにアイスで汚れちゃってるじゃない…もう、仕方ないわね」
「えへへ♪ありがとう!おねえちゃん」
さっきまではとても心配そうな表情をしていた棗さんだったが、俺と小春ちゃんが一緒にいた事に驚いた後とても安心した顔をして小春ちゃんの横に座り、今に至る。
そしてアイスで汚れてしまった小春ちゃんの顔を、優しい表情のまま拭いている棗さんを見て俺は棗さんは将来絶対にいいお母さんになるんだろうなと思ってしまった。
「本当にありがとね?秀君…。秀君がいなかったら小春がどうなってたか……そうだお金!小春にご飯とアイス買って貰っちゃったし…」
「いいですよそんな!たまたま小春ちゃんが近くにいたのを見かねただけですし、それにご飯って言っても俺の奴半分あげただけですから…」
「それでもそういう訳にはいかないよ!小春を保護してくれただけでもありがたいのに…」
「いやいや本当に!小春ちゃんが横に来なかったら、小春ちゃんが迷子だって事に気付きもしませんでしたし!」
いやいやとそんないつものやりとりが始まったので、とりあえず俺はアイスとお昼代だけは大人しく貰っておいた。
◇
「おねえちゃん!このやさしいおにいちゃんだれなの?もしかしてこのおにいちゃん、おねえちゃんのこいびとさんなの?」
それから十数分後、棗さんが昼食を食べ終えてゆっくりしている時、急に棗さんに買って貰ったジュースと俺が買ったアイスを食べ終わった小春ちゃんが言い出した。
脈絡もなく投下された小春ちゃんの純粋すぎる不意な疑問に、ガタッと席が音を立てるくらい大きく動揺したのは俺………ではなく、俺の向かい側に座っている棗さんの方だった。
「こ、小春?急にどうしたの?」
「だってこのおにいちゃんがしゅーにいちゃんなんでしょ?さっきおねえちゃん、おにいちゃんのことしゅーくんっていってたもん!」
「そ、そうね?このお兄ちゃんの下の名前が秀人君って言うのよ?」
何やらどもりながら俺の下の名前を呼ぶ棗さん。普通ならあの棗先輩から下の名前を呼んでもらえるなんて事はあり得ない…と思う。俺の立ち位置が特殊なだけで。
というか普通の男子…三枝なんかだったら狂喜乱舞して転げまわりそうな事に慣れてしまっている俺がおかしいんだろうな。未だにドキっとはするが…。
そんなことよりこれなどう答えればいいのか…棗さんとはもう仮の彼氏彼女の関係を続けなくても大丈夫そうではあるが、正式に関係が終わったわけではない。
しかし本当に付き合っているわけでもない。俺なんかと棗さんが付き合えるなんて事があるわけがないと俺が一番分かってるしな、それこそ棗さんだけじゃなくって他の三人も。
………?今一瞬モヤっとしたような…いや気の所為か。
「やっぱり!じゃあおねえちゃんがごほんのところで、こんどはしゅーくんといっしょにきたいな…でーt「こ、小春!?!?ちょっと周りの人の迷惑になるから、一旦静かにしようね!?」
小春ちゃんが何かを言っていた時に、少し離れたテーブルで家族連れのお客さんの子どもが食器を落としてしまったのか、ガチャン!と大きな音がなって小春ちゃんの話が聞こえなかった。
「え?小春ちゃんなんて言いました?すみませんあっちの音で聞こえなくて…」
「う、ううん!なんでもないの!ホントに!!気にしないで!!ねっ小春??」
「(むぐむぐ!!!)」
何やら顔を真っ赤にした棗さんに、口を抑えられている小春ちゃんは不満げな顔をしているが…まぁいいのかな?
「そ、それより小春?お兄ちゃんにちゃんとご挨拶はしたのかな〜?ご挨拶できたら今日の夕飯は小春の好きなハンバーグにしようかな〜?」
「はんばーぐ!?やったー!」
棗さんの口からハンバーグという単語が聞こえると、さっきまで不満そうだった小春ちゃんの顔がパァッと花の咲いたような可愛らしい笑顔に変わった。
「うふふ♪じゃあちゃんとご挨拶と、お兄ちゃんにお礼が言えるかなぁ〜?」
「いえるよ!はじめましてしゅーにぃちゃん!いちじょうこはるです!5さいです!ごはんくれてありがとーございました!」
「はい初めまして、俺は永井秀人です。お姉ちゃんのお友達だよ、よろしくね?」
「うん!」
「偉いね〜小春!…って事で、この子が私の妹の小春なの。歳の差は結構あるんだけど、ちゃんと血の繋がった姉妹なの。私が高校生の時に生まれてね…可愛い妹なんだ」
「一目見た時から血の繋がりがあるのは分かってましたよ。棗さんに似て将来美人になる可愛い子だなーって小春ちゃんを見て思ってましたし、俺にも兄弟がいたらこんな気持ちだったのかなーなんて」
「っ………!?」
「かわいい!?しゅーにぃ!こはるかわいい!!?」
「うん、小春ちゃんは可愛いよ?」
「やったー!」
(…ん?今俺なんて言った?小春ちゃんに可愛いって言っただけだよな…?)
俺が小春ちゃんの方を見ながら心の中で思ったことを口にすると、小春ちゃんはニコニコして喜び、横にいる棗さんは何故か顔を赤くしている。何か変なこと言ったか…?
「ねぇねぇしゅーにぃ!こはる、げーむせんたーにいきたい!」
「ゲームセンター?…棗さんどうします?」
「…えっ!?な、何かな?秀君!」
「小春ちゃんがゲームセンターに行きたいらしいんですけど…棗さん顔赤いですし、すぐに帰りますか?タクシーくらい呼びますよ?」
「う、ううん!大丈夫!!ちょっと熱くなっちゃっただけだから!それよりゲームセンターだったっけ?良いわよ小春、行こっか?……じゃあね秀君、今日はありがとう」
俺に声をかけられて我に返ったのか、パタパタと手で顔を扇ぎながら席を立とうとすると、小春ちゃんは腕を伸ばして俺の手を掴んだ。
「しゅーにぃもいっしょ!いっしょにいくの!!」
「こ、小春!?ダメよ?これ以上お兄ちゃんに迷惑かけちゃ…」
「やなの!しゅーにぃもいっしょがいい!!」
「小春…」
また駄々をこねだした小春ちゃんを見て、少し困ったような表情をしている棗さんに俺は声をかける。
「俺は全然いいですよっていうか…俺もこの後ゲーセン行こうと思ってたんで。棗さんが構わないなら…ですけど」
「…本当にいいの?秀君…?」
「どうせ一人でも行く予定でしたし、何より小春ちゃんを見るなら人は多い方が良いですよね?」
「…ありがとう、秀君」
「ほらおねえちゃん!しゅーにぃもいくって!はやくいこ!!」
「もう小春ったら…そうね、ちゃあんとお片づけしてから行こっか!」
「うんっ!」
そう小春ちゃんに促され、俺たちは食器を片付けた後小春ちゃんと手を繋いでゲームセンターへと向かった。
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お久しぶりです。棗さんの話を書いていると、どんどん棗さんにからかい系ではなく天然と少しのポンコツ属性が芽生えてしまった…!実際にこれ体験すると本当にキャラが生きているみたいに感じますね…。
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