第60話 俺の役目
俺が胃の痛さ故に休憩していたトイレから出て来ると、チャラい二人組が何やら美涼や瀧川に話しかけているのが分かった。
だがしかしそれは決して好意的ではないというか…明らかに男の方だけで盛り上がっており、美涼と瀧川の二人はそっけない態度を取っているように見える。
(しかも相手の男どもはさっき騒いでいた迷惑客じゃねーか…)
何やら面倒ごとの匂いがした俺が足早に席に帰っている途中で、ギャハハと大きくて下品な笑い声を上げている男どもに対してガタッと美涼が席を立ち、何かを男たちに言っている。
ハッキリとは聞こえなかったが、オシャレや謝ってという単語が聞こえるに男たちが変な事でも言ったのだろう。
しかし男たちはあろうことか、美涼に対して威圧的な態度で美涼の腕を掴もうとしたところで俺は間一髪、その男の腕を掴んで止める事が出来た。
「何やってんだ?アンタら」
「あぁ?誰だお前。関係ねぇ奴は引っ込んでろや」
「いや関係あるね。俺はこの二人のツレなんで」
「んだ?お前みたいなのがこの可愛い子たちのツレ?…ププッ……う、嘘つけよ………クフッ…」
俺がそういって割って入ると、腕を掴んでいる方は俺を睨みつけ、横にいる方は俺を見た後、馬鹿にするように嘲笑っている。
…そんな態度を取られて俺の気分は良くないが、この二人の魅力に釣り合っていない事は確かに俺も認めている事だ。好きに笑うといいさ。
だが女性…幼馴染と後輩に乱暴をしようとしている奴を止めずに見過ごす、という理由にはならない。
俺のこのチカラを持っていなかったとしても、こういう時に矢面に立って誰かを守る事。それが普通だろう。
「ツレでもなんでもいいがよ、俺らの邪魔すんのか?あ?痛い目見る前にとっとと失せろやクソ陰キャが。女置いて帰るなら見逃してやっからよ」
「秀人……」
「セ、センパイ………」
俺の目の前にいるガタイのいい方のチャラ男に凄まれるようにそう言われるが、俺としてはそんなの決まっている事だ。
…だからそんな悲しそうな顔すんな、こういう面倒ごとは男の俺に任せとけば良い。
「悪いけどその提案は飲めない。分かったらさっさと―――ウグッ!?」
「センパイっ!!」
「秀人っ!!?」
「女の前だからってイキってんじゃねーよ、陰キャが!さっさと女置いて消えろって言ってんだよ!!」
「ギャハハ!ほらほら、さっさと消えねぇとコイツの拳がもう一発行っちゃうよ〜?」
俺がそういうと容赦なく俺の頬にパンチが飛んできて、俺は殴られた勢いのままに殴り飛ばされた。
いてぇな…クソ……。俺の口の中には変な味が広がり、殴られた箇所を中心に鈍痛がジワジワと全身に広がっていく。
さっき俺は強気に拒否の言葉を吐いたが、俺自身は別に喧嘩も強くなければ格闘技をやっている訳でもない。変なチカラを持っている以外にはそこら辺の一般人と何も変わらない。
でも俺には引けない理由がある。明らかに二人共が怖がっているし、良い空気でも何でもない。それだけで俺が怖くても…弱くても……引いてはいけない。それが俺の役目ってもんだろうよ。
だからこそ俺は、俺がやりたい事に俺の持っているチカラを思う存分、こいつらに使ってやる……。
「オラさっさと消えねえと…もう一発お見舞いしてやるよ!ぎゃははっ!!!」
「(…… 【
俺が小さくそう唱えると、俺に追撃を加えようと殴りかかって来る男や、殴られた俺を心配してか俺の元に来ようとしている瀧川と美涼、異変に気が付いた周囲の店員や客から一斉に動きが止まる。
俺は【時間停止】によって灰色に染まった世界で、殴られた箇所を抑えながらもゆっくりと俺の目の前の男たちの方へと歩いて行く。
「悪質な感じじゃなかったらここまでしなかったけど…殴られた恨みも出来たんでな。イテテ……」
そして俺はささっとやる事を済ませ、元の場所に戻ってから再び時間を動かし始める。
「オラよ!!!」
そんな声と共に俺の顔面目掛けて再び拳が迫って来る。しかしその拳は俺に届く前にピタッと止まる。
「あ……あがっ………ひ、ひぃぃ!?!?」
「な、何で……!?あ、足が………体が…震えて止まんねぇ…!?」
俺はそのまま正面を見ると、正面には崩れるように腰を抜かして震えているチャラ男が二人…俺を怯えた目で見ていた。
「おい」
「「は…はいぃ!?」」
「さっさと帰れ。それともう二度と嫌がる女性に悪質なナンパとか、乱暴なことするんじゃないぞ。行け」
「「は、はひ……し、失礼しばずぅ!!!」」
俺がそう言った後、チャラ男二人は弾かれたようにその場から走って店から出て行った。
その後、俺の鼻からは大量の鼻血が出て二人が俺のことを過度に心配したり、お礼を言われたり…頭の鈍痛を我慢しながら奥からやってきた店長さんらしき人に警察に届けるか?と聞かれるなど一悶着あったが、俺たちはそのまま何事も無かったかのように店を後にした。
俺があの二人に何をしたかと言うと、あの二人に【記憶操作】で俺がこの世で最も恐ろしく見えるような操作を施したのだ。ついでに女性を見ても軽い恐怖心を覚えるようにもしておいた。
それをした事によって、あの二人には陰キャだと馬鹿にして殴った相手が急に、ヤクザの組長にでも変わったかのような錯覚を覚えた事だろう。
美涼と瀧川の二人は落ち着きを取り戻した後に疑問を感じていたようだが…まぁいいかな。
◇
「じゃあ俺はこの後予定があるから行くな?今日はここで解散でいいか?」
「う、うん。私は大丈夫だよ?今日はありがとうね…?秀人」
「ハイ、私も大丈夫です。今日は色々とありがとうございました、センパイ!で・も!次は絶対二人でですからね!?」
「わ、分かってるよ…」
騒動の後、店から出て駅の改札前まで来た俺たちはここで解散する事になった。
あのチャラ男の事があってから美涼と瀧川の空気が変わったような気がしつつも、人見知りがなくなったんだろうと嬉しく思っているのと同時に、胃が楽になったような幸せな感覚が俺を包む。
あ〜…よかった。
「じゃあ俺はこれで。今日はすまんかった!後美涼は勉強教えてくれてありがとな!助かったよ!!んじゃ二人共気をつけて帰れよ?」
俺は二人にそう言うと、駅の改札前を抜けた反対側にある街に服を買いに出かける事にした。
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