第54話 波乱?の前日③
「お疲れ様でした〜」
「永井君お疲れ様!またよろしくね!」
バイトが終わった後、俺は真夏の特徴であるねっとりと張り付くような蒸し暑さを我慢しながら店長に挨拶をして、すっかり夜が更けた街に出て駅へと歩いて行く。こりゃ帰ったら即風呂だな…。
「センパーイ!待ってくださいよ〜!」
俺が一人で道を歩いていると、後ろから瀧川が走って来た。
「ん?どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもないですよ!こんな夜遅くに女の子を一人で帰らせるつもりですかぁ!?」
「女の子一人でって…お前家すぐそこじゃねぇか」
「それでもです!普通センパイが「送って行こうか?」って言うところじゃないですか!」
「いやだって瀧川…さっき白井君に帰り道誘われてたじゃん。それはどうしたんだよ」
「あ〜…えっと……そ、そうです!白地くんは店長から引きとめられてて…それで」
俺が指摘したことに少し挙動不審になった瀧川だったが、そういう理由があったのか、なら仕方ないな。
後瀧川、白井君だぞ。わざとなのか???
「そうか、じゃあ俺が代わりに送ってやるよ」
「ホントですか!?やった………コホン…ま、まぁ?センパイがどうしてもって言うなら送らせてあげても構いませんけどね♪」
「はいはい…ったく」
一瞬嬉しそうな笑みを浮かべた瀧川だったが、俺の横に並ぶなり澄ました顔でしぶしぶといった雰囲気を出している。
「…えへへっ」
いや上機嫌なのかもしれない。
女性というのはコロコロと機嫌が変わるので、いまだに女心というものはよくわからない。昔の美涼もそうだった。
…にしても近い。腕がちょいちょい触れ合うくらいの距離感なんだが…?
「そういえばセンパイ!明日何時にどこで待ち合わせしますか?」
距離感など気にしていないような素振りをしつつ、俺に嬉しそうな笑顔で話しかけてくる瀧川。やっぱこいつちょっと俺のこと舐めてるけど美少女なんだよなぁ…。
「え?現地集合じゃダメなのか?」
「ダメに決まってるじゃないですか!こういうのは…こう……お、お店に入る前からが大事なんですよ!!」
「そ、そういうもんなのか…」
「はい!そういうものです!!」
知らなかった、まさか瀧川がそんなに俺の奢りに気合を入れていたとは…。
でも確かに俺も瀧川に奢ったあとはそれくらいの気持ちで試験勉強に臨んだ方がいいのかもしれないな。
にしてもこいつそんなに食いたいのか…あのパフェ………。尚更白井君か、さっき言っていた好きな人とやらと行けば良いのでは…?
「…ならどっかで待ち合わせるか?時間は…あ〜…帰ってから確認していいか?」
「はい!じゃあ場所は駅前の噴水公園とかどうですか?待ち合わせにはぴったりだと思うんですけど!」
「おーいいぞ、遅くても昼頃くらいになると思うけど時間は大丈夫か?」
「明日は一日中空いてますから大丈夫ですよ!その分楽しみにしてますからねっ♪」
「まぁそりゃお前は俺の奢りでスイーツ食えるんだもんな、楽しみにしててもらわないと俺が反応に困る」
「……………ふんっ!そういう事で今はいいです!!センパイの鈍感!!!」
「いってぇ!!何すんだよ!?」
バチンッ!と俺の背中を思いっきり引っ叩いた瀧川はプクッと頬を膨らませ、未だに俺のあげたヘアゴムで縛っている綺麗な赤茶色のポニーテールを揺らしながら、早足で俺の前を歩いていく。
「ふーんだ!!乙女心がわからない鈍感なセンパイには教えてあげませんよーだ!…ふふっ」
「…?どうかしたのか?」
さっきまで怒っていたかと思えば、俺の前で歩いている瀧川が背中越しに笑っているように感じる。本当にこいつの情緒がわからん…。
「いえ…聞いてくれます?私の話」
「いや別にいいかn「ちなみにセンパイが聞いてくれなかったら私は今すぐセンパイにお姫様抱っこか、おぶってもらって家まで行って貰います」…聞かせて頂きます」
少し前まで入院していたセンパイにさせる事かと言いたかったが、こちらを振り返った瀧川の目を見て引っ込めた。
決して脅しに屈したわけではない。
どうやら真剣な話らしい。俺たちは歩きながらも会話を続ける。
「それはそれで残念ですけど…まぁいいです。センパイには結構前にお話ししましたよね。私、前まで借金の返済に尽力してたんです」
「あぁ…聞いたよ。あの無茶な連勤してた頃な」
「そうです。あの時は本当に絶望しかなかったんです。働いても働いても借金は減らなくって…まぁ一千万円ですから当然ですよね」
「…まぁな」
「そして遂には私が借金のカタで連れていかれそうになって…。そんな時に…………たまたまうちの押入れから一千万円入った通帳が出てきたんですよ。ビックリですよね!」
「…そうだな」
「あの時私はもう普通に生きられないんだって思ってたんです。このままずっと働かされるんだって…。それも夜の商売で………。絶望しかなかった、ずっとずっと怖かった………でもあの時私は助けられたんです」
「…」
「私は…そんな普通の未来に私を戻すために助けてくれた、ヒーローみたいな神様に心から感謝してるんです。だからこういう普通のことが出来て…普通の生活を送れている。それだけで私、すっごく幸せなんです!」
そう言って俺の方を振り返った瀧川の表情はとても楽しそうで、こちらまで癒される様な可愛さにドキッとさせられてしまった。
「…そうか、なら良かったな」
「はい!あっ…もう家の近くですね。送ってくれてありがとうございましたセンパイ!」
「気にすんな。じゃあまた明日な」
「…っ!はい!お休みなさい、センパイ!!明日お昼ご飯もお願いしますね!先輩の奢りで♪」
「はぁ!?おい聞いてないぞ!?」
「鈍感料ですぅ!ではまた明日!」
俺にそう言うとピシャッとドアを閉める瀧川。あ、あいつ…せっかく話を聞いてやったと言うのに…!鈍感って何だよ!俺は鋭い方だ!
「はぁ…ま、いっか。アイツも楽しそうだし…むしろああいう姿を見せてくれるなら、こっちとしても助けた甲斐があるってもんだよな」
俺はそのまま来た道を引き返し、駅の中へと消えていった。
明日の三人の会が、俺の胃に穴が開くくらいのプレッシャーがかかるとも知らずに………。
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