第51話 元通り
「えーっと…ここがこうでアレだから…」
あの昼の騒動があった授業終わり。俺は今何時もの場所の図書館に座って、俺が受けていなかった部分の復習をする為に机に向かっている。
詳しい解説なんかは週末に美涼に聞くとして、やはり基礎くらいはと自習をしていた。
それにしてもあの昼の出来事から周囲の好奇や怨嗟の目が刺さり続け、午後は講義に集中するどころではなかった。今日は三枝が休みだったからいいものの…見られていたら今も尚鬼ごっこが続いていた事だろう。
そして今日の出来事もあり、今までの目撃情報から四季姫全員と関わりのある謎の男として噂になっているらしい。
俺が聞こえて来た話だけでも『時代の波に乗るために一条先輩の他に三人ともと付き合っている』だとか『全員を脅して従わせている権力を持っている』とか………根も葉もない噂でいっぱいだった。
「噂の内容も普通に考えれば分かるだろ…?俺みたいなのがあの中の一人と付き合うなんてあり得ないし、その上全員となんて……バカバカしくてむしろ面白いか。…なぜか全員の連絡先は持ってるけどさ…?」
そう俺以外誰もいない図書館でそう呟く。幸いまだ実害は無いし、四人が迷惑を被る以外は特に何も無いのか…?分からん。
俺が頭を抱えていると、司書の田中さんに声をかけられる。
「おやおや永井君、勉強かい?病み上がりだって言うのに…真面目だねぇ」
「田中さん…いえ、こうしないとそろそろ期末がピンチになりかねないので」
あの騒動の事は田中さんや大学全体も知っていたようだが、詳しい事は誰も知らなかったようなので俺の休みは夏風邪ということにしている。
もう体はなんとも無いし、変に心配をかけるよりかは良い。
「そうかいそうかい…それでも頑張っているのは偉いことだよぉ…。それでねぇすまないけど、少し留守を頼みたいのよ。ちょっと用事があってねぇ…すぐに戻るからお願いしてもいいかい?」
「大丈夫ですよ、ここで暫く勉強してるんで」
俺がそういうと田中さんは「ありがとうねぇ」といって図書館を出ていった。
「よっし…もうちょい頑張るか」
◇
ガラガラッ
「ん?」
三十分ほど経っただろうか。俺が一人で黙々と勉強をこなした後、棗さんから借りた本を読んでいると、入り口のドアが開いて誰かが入ってくる。
誰かといっても九割以上の確率で顔見知りだが。
「あっ…秀君!今日は読書?」
「こんにちは棗さん。いえ今日は勉強をしてたんですけど、終わったので本読んでました」
「そっか…そろそろ期末だもんね。胸の傷も……もう大丈夫なのかな…?」
「もうバッチリ治りましたし大丈夫です!期末の方も一部わからない所はありますけど、何とかなりますよ。それよりもこの前はありがとうございました。あんな急に作り話見たいな事言ったのに…」
「ううん気にしないで?…というよりも私は秀君を麗華の会社まで送り届けて、美玲様とお会いした時に一言添えたくらいしかしてないから…」
「それでも助かったんですって、あのままだと俺不審人物として捕まるとこでしたから」
「それなら…良かった。また何かあったら遠慮なく言ってね?」
棗さんは少し硬い表情のままそう言うと、俺の向かいの席にゆっくりと腰を下ろし、ジッと俺の顔を見つめてくる。
「な、棗さん?どうしたんですか?俺の顔になんかついてます?」
「…えっ!?ご、ごめんなさい…私ったら………」
棗さんは俺に指摘されて初めて気がついたのか、俺と視線を合わせたかと思えば赤らめた顔を手で抑え、そっぽを向いてしまった。…視線を合わせたくらいで何でだ?
「そ、その…ね?秀君と麗華の関係性を聞きたくって…そ、その深い意味とかは無いんだけどね?いつから関わりがあったのかなぁって…」
「あぁー…沢城さんの事ですね?そういえばお話ししてなかったですね。実は―――」
チラチラと俺の方を見てくる棗さんに、そこから俺は沢城さんとの一件を全て話した。もちろん俺が隠さないといけない部分に嘘はついたが…。
「…そっか、秀君は私だけじゃなくって麗華まで助けてくれてたんだね…(ほんとカッコイイなぁ…)」
「助けたというか…たまたまそうなっただけですよ。知ってしまった以上無視は出来ませんでしたし…何より家族は大切ですからね。すれ違ったままというのは…悔いが残るもんです」
「じ、じゃあ秀君が麗華のことが…好きとかじゃ…?」
「そんなんじゃないですよ、あくまでお節介の延長線です。相手が沢城さんじゃなくても助けてましたよ」
「そっ…か…。そういう所も秀君らしいね」
棗さんは俺の方を見てクスクスと笑った。その笑顔は取り繕っていない元の棗さんの笑顔だった。
でもこれは俺の本音だ。あの事件が美涼でも、瀧川でも、棗さんでも、もちろん知りもしない他人であっても俺はそうしてた。見てしまった以上、見捨てるなんてできないだろ…あんなの。
「俺も聞きたいことあるんですけど…いいですか?棗さん」
「…?なぁに?」
「なんか俺に遠慮してません?」
「な、何のことかなぁ?お姉さん分かんないなぁ」
俺が指摘すると分かりやすくアタフタする棗さん。…まぁ理由は分かってるし、俺としてはもう棗さんには元に戻って欲しいしな。
「棗さん、あの時の事件はもう終わりましたし、俺の傷も完治して命に別状もないです!なのでもう俺に対して後ろめたさは感じないでください!棗さんは何も悪くないです」
「…!で、でも…私のせいで――『ビシッ!』あぅ!?」
俺は棗さんが何かを言う前に軽く棗さんにデコピンをする。
「いいですか?この傷は俺が棗さんを守れたっていう証拠でもあるんです。むしろ俺は誇ってますよ、あの時棗さんを助けられて。そう本人の俺が言うんですからこの話は終わりにして、今まで通りの仲でいきましょう?」
できるだけ伝わるように俺はニッコリと笑顔でそう言う。すると棗さんは顔をうつむかせて小さく呟く。
「……ずるいなぁ…そう言われたら私がダメって言えないじゃん…秀君のばかっ。…でも分かった、秀君がそう望むなら私もそうするよ。でも感謝の気持ちは忘れてあげないんだからねっ!」
「分かってますよ。それに何処かしおらしい棗さんなんて俺が見てられな――『ビシッ!!』痛っ!?何するんすか!」
「うふふっ、さっきのお返し♪」
そう言って悪戯っぽくも無邪気な笑顔をしている棗さんを見て、俺は改めてこの人も助けられてよかったとそう思った。
「……今まで通りじゃないよ、秀君。私も勇気出さなきゃ…ね?いくら貴女でも負けないわよ?麗華?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます