第50話 非日常
「うーん…やっぱ期間が空いたのと最近濃い体験をしてたからか、講義の内容あんまし覚えてなかったなぁ…講義全部復習しに、終わったら図書館だな」
あれから講義を何個か終えて昼時になり、俺はいつもの様に一人で昼飯を食べに食堂にきていた。
いつもは持ってきたパンを適当に中庭でモソモソと食べているのだが、今日は久しぶり過ぎて持ってくるのを忘れてしまったのだ。
昼時とは言ったものの混み合う時間帯は避け、ある程度人がまばらになってきたころを見計らって席に座り、食べるものを考えていた。
「カレー…蕎麦…いや日替わり定食も捨てがたいか…?初めて来たけど、意外とうちの学食って種類豊富なんだな」
そうやって席から何を食べるか悩んでいると、入り口の方が騒がしくなる。
『…さん!俺と一緒にお昼―――』
「申し訳ございませんが、お嬢様から離れていただけますか?」
何か聞き覚えのある声がしたと思ったが、呼ばれたわけではないので俺はそちらを一瞥もせずにいると、俺の席の近くに誰かが近寄って来て声を掛けられる。
「あら…奇遇ですね永井秀人君。今からお昼ですか?」
「こんにちは永井様、こうしてお会いするのはお久しぶりですね」
「え…?沢城さんと榊原さん?なんでここに?」
俺が呼ばれた方を見ると、そこにはいつものメイド服を着た榊原さんと三日前に会っていた沢城さんがざる蕎麦を持って立っていた。
「何故って…私もここにお昼を食べに来たんですよ。もし宜しければ…お昼をご一緒してもよろしいですか?」
「俺と?良いけど…大丈夫なの?沢城さんの精神的な事と、俺テーブルマナーとか知らないけど…?」
「どちらも気にしなくて大丈夫ですよ。精神的にはもう何ともありませんし、大学の食堂でテーブルマナーを求める方がおかしな話ですしね」
そういうと沢城さんは俺の対面に座り、榊原さんは沢城さんの後ろに立っている。
「永井様、お食事がお決まりなのでしたら私が買って参りますが?」
「良いですよそんな!自分で買いますって」
「いえいえ永井様はお嬢様の…引いては沢城家の恩人でいらっしゃいますから。このくらいはさせて頂ければ」
「…じゃあ沢城さんと同じ物をお願いしても良いですか?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
そう榊原さんは綺麗なお辞儀をした後、蕎麦を買いに歩いて行った。
◇
「…ご馳走様でした。やはり日本食は美味しいですね。貴方と食べているからでしょうか」
「あははは…そ、それは良かったね」
俺たちはそれぞれ食事を終え、少し雑談をすることにした。
俺はというと綺麗に蕎麦を食べる沢城さんに少し見惚れていたり、周りからの嫉妬の目で殺される様な思いをしながら食べていたので、正直味は分からなかったが。
因みに榊原さんは俺に食事を届けた後、少し席を外すと言って外へと出て行った。
「実は今日あなたを探していたのです。この前のお礼をと…ありがとうございました。詳細はお母様からある程度聞きました、もう貴方にはいくらお礼を言っても足りませんね」
「い、いや〜…俺がしたくてやっただけだし…」
俺としては明言出来ないことだらけだし、結局は俺のエゴでやった事。過剰にお礼を言われる様なことをした覚えはないんだけどな。
「それで私は考えたんです。貴方にどんなお礼をしようかと…でも貴方は私から何も受け取ってくれないでしょう?」
「ま、まぁね?俺は沢城さんからは十分過ぎるくらいにお礼を貰ってるし…寧ろ俺が何か沢城さんにしたいくらいだよ」
あの沢城メダルに高級お菓子詰め合わせの時点で貰いすぎもいいところだ。この前も榊原さんが「沢城家の所有する別荘にお引越しいたしませんか?」なんて言われて断ったし、真耶さんからは『困った事があれば沢城家は貴方の力になりますからね』という内容の手紙が来たりして…これ以上価値観がド庶民の俺が何を求めろというのか。
「で、ですが…」
しかしそう言われても引きたくないって顔してるなぁ。……あっ…そうだ。
「じゃあさ…俺の友人になってよ。俺って友達って呼べる人が殆どいなくてさ…本の話題で話せる人はいるんだけど、あくまで先輩後輩の関係だからってのもあって…だから漫画の話が気軽に出来る時の素の沢城さんと友達に………」
そこまで言って俺はハッとした。普通に話せているから忘れていたけど…沢城さんは大の男嫌い。俺との関係も俺に対して恩を感じているだけで、そこには義務感しかないはず…。つまりは俺と友人なんてなりたくないはずだ。
「ご、ごめん…やっぱり今のは聞かなかったことに―――「…そんなことでいいのですか?」…え?」
俺がうつむくのをやめて沢城さんの方を見ると、沢城さんは俺の目を見ながらどこか嬉しそうな顔をしていた。…嬉しそう???
「ですから…そんなことでいいのかというか…私と友人になってくれるのですか?」
「う、うん…」
「…嬉しいです。貴方と今よりもっと親しい仲になりたいと、私も思っていたので」
ニコッと初めて沢城さんは屈託の無い、綺麗な笑顔を浮かべた。
普段は冷たい真顔しか見たことのない周囲の人は勿論、その笑顔を向けられた俺もドキッとしてしまった。
「お嬢様、そろそろお時間です」
「あら…もうそんな時間なのね…。そうでした永井君、これが私の連絡先なので登録しておいてくださいね。ではまた」
いつの間にか戻って来ていた榊原さんに声をかけられてから、周囲を確認した沢城さんはすぐいつもの無表情に戻り、スッと俺の前に連絡先の書かれた紙を置いてから榊原さんと共にゆっくりと食堂を後にした。
その後俺が死に物狂いで食堂から逃げ出したのは言うまでもあるまい。
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