第47話 終幕

「な…永井秀人………?ど、どうして此処に…」


 緋扇から沢城さんをかばう様に俺が割って入り、緋扇のほうを睨みつける。

 沢城さんは困惑してるみたいだけど…仕方ないな。説明していられるほど今の俺は冷静じゃない。

 そう言う意味で興奮しているのにも関わらず、俺の心臓は何故か静かなままだが。


 俺はかばう様に立ちながら、勢いをつけて殴り飛ばした緋扇のほうを見て俺は勢いよく怒鳴りつける。


「口から出まかせ言うんじゃねぇ!!!お前らみたいなクズならまだしも、自分の娘に実の父親がそんなこと言う訳無いだろうが!!


 自己中心的な考えで、お前にとって上手くいかなかったことを人のせいにするんじゃねぇ!次今みたいなこと言ってみろ!!俺が許さねぇぞ!!!」


「あっ………」


「ぎ、ぎざばっ!ごにょぼぐにでをあげで、ただでずむとおぼっでいるどが!?ぼぐをだれだどおぼっでる!!!」


 俺に殴り飛ばされた緋扇は鼻血をダクダクと流しながら、俺の方を睨みつけて叫んでいる。こいつは此の期に及んでも自分の事か…。

 チラッと見た感じ沢城さんも息を飲みつつも、顔を赤くして激昂しているみたいだ。


「お前のことなんざ知らねーよ。生憎お前と違って学のない下民なもんでな、生まれて二十年くらい経つが…二足歩行で歩く金髪の豚は初めて見たよ」


「ぐぞが!ぎざまおぼえでおげよ!!!ぜっだいにゆるざんがらだぁ!!!」


「それはこちらのセリフよ、緋扇のお坊ちゃん」


 不意に声がした方を見ると、そこには沢城さんをそのまま大人にした様な物凄い美人が、冷徹な目で緋扇の二人を見ていた。後ろには圧倒的な敵意のこもったオーラと屈強な黒服の人たちを何十人も控えさせている。


「お…おぉ!み、美玲様!これは何かの間違いですよ!?わ、我々は…」


 その声を聞いて再び動き出した緋扇のでかい方のデブは女の人に縋りつこうとするが、先ほどのガードマンより屈強な近くの黒服達に拘束される。


「…連れて行きなさい」


『『『はっ!』』』


「ま、待て!待ってくれ!!!離さんか!この雇われの野犬ども!!!」


「ぼいっ!はだぜ!!ぼぐをだでだどおもっでる!!」


「いいえ待たないわ?夫の無念は…私たちが直接晴らしてあげる」


 そう言って沢城さんのお母さんらしき人はニコリととても怖い笑みを浮かべてから、ざわめく会場から緋扇の二人とともに姿を消した。



「ふぅ…終わったか」


 あの騒動の後、現場は混乱していたが流石は沢城家と一条家の手腕というか…真耶さんや一条家の人たちがすぐに丸め込み、緋扇家の闇を公にしたことで終了となったそうだ。


 その後俺はというとあんなクズとはいえ、暴力を振るってしまったということで、形式上の拘留を沢城家に言い渡された。今は会場の一室にて待機させられている。


 とは言っても明らかにVIP対応。快適な空間でくつろいでいるだけだが。


「お待たせしました、ごめんなさいねぇ…こんなところに一人でお待たせしてしまって」


 そう言ってこの部屋に入ってきたのは、沢城さんのお婆さんの真耶さんだった。

 …全然老けて見えないのは俺の目の錯覚だろうか?沢城さんのお母さんを入れて三姉妹と言われても信じられそうだ。


「い、いえ大丈夫デス!」


「うふふ、そんなに緊張しなくてもいいわ?今この部屋の中にはわたくしと貴方だけ…。ゆっくりお話ししましょう?」


「は、はい」


 緊張しなくていいと言われても…相手は沢城家を引っ張っている現会長…。しないほど俺の肝は座っていない。


「まずは貴方にお礼を言わせて頂戴、孫娘の命と零司さんの真相を知る手助けをして頂いて誠にありがとうございました。沢城家の人間として深く感謝致します」


 そう言って綺麗なお辞儀を俺にしてくる真耶さん。


「んえ!?い、いやそんな…俺がしたくてしただけですから」


「それでも行動に起こせる人は少ないものよ?貴方のその行動力…昔似た人を私は見ていたわ。うふふ…彼ソックリね」


「?」


「いえ気にしないで、ではお礼の話は…また何処かでしましょうか。貴方はそんなものの為にした訳じゃないでしょうし」


 真耶さんはそう言うとテーブルを挟んだ俺の対面の席に腰をおろしたので、俺も続いて椅子に座る。


「何故やな…んん、永井君は麗華を助けようと思ったのかしら?」


「えっ?」


「私は長年多くの人を見てきたわ?そうすると人にはいろいろなパターンがあるの。君は善人の類ね、人を助けるのに理由はない。貴方が麗華を緋扇が画策した事故から助けてくれたのは、理由無く助けたかったからでしょう?」


「そうですね、見捨てられなかっただけです」


「ふふ、他にも色々女性を助けているものね貴方は…」


…参ったな、色々知られているみたいだな。まぁ当然か。


「それを知った上で…緋扇が隠していた真実を持って来て、あの子の婚約破棄の手助けをしてくれたのは何故かしら?


 元々この婚約は十五年ほど前に亡くなられた、緋扇の元当主さんとの約束が発端でね?当時はお互いの孫が良いと言ったら進めようと言う話になっていたのだけれど…息子と孫には聡明さが受け継がれなかったようね…緋扇のお祖父様はとても聡明で優しい方だったのだけれど…。


 今回の件も貴方が私に話をつけに来た時に偶然、あの事件以来何十年も緋扇から逃げていた零司さんを殺したあの男を捕らえたと報告が入って……この数週間はてんやわんやだったわね?」


「そ、それは…」


 言えねぇよな、特殊能力で未来を見たからですなんて…。


「…正直闇を暴けた理由はお伝え出来ませんが、助けた理由は明確です」


「気にはなるけれど…貴方にも話せない理由がありそうね。それで?理由は何かしら?」


「理由は…もっと家族と話して欲しかったからと…個人的なお節介です」


「家族…ね、なるほど…?」


「俺から見てですが、沢城さんはずっと苦しんでいたと思います。お父さんが亡くなってからずっと。でも家が決めた事に口出しはしたく無さそうだったので…俺が…って感じですね。話せる相手や家族がいるのならきちんと話し合って、嫌なことは嫌だと言ってもいいんじゃないかなって思ったんです」


 俺がそう言うと何処か優しそうな笑顔のまま、真耶さんは俺の話を聞いてくれた。


「…貴方はいいところを受け継いだのね」


「えっ?」


「いいえ、なんでも。貴方のことを知れて良かったわ。これでもしそうなっても貴方なら…ね」


 俺が頭にハテナを浮かべていると、真耶さんは連絡をしてメイドさんを呼んだようだ。ほどなくして数名のメイドさんが部屋にやってきた。


「今日はゆっくり休みなさいな、今日限りの麗華のボディーガードとしてのお給料は車を降りるときにでも受け取ってね」


「は、はい!じゃあ失礼します!」


 真耶さんにそう挨拶をしてから俺は部屋を後にした。



「……あの顔、性格、善人性………そっくりね」


 あの子の乗った車を部屋の中で見送ってからそう呟く。


『お願いします!沢城さんの為にも緋扇家との婚約を考え直してくれませんか!?』


「他人の為に泥臭く土下座をしてでも何かをしようとしたり、その人にとって一番嬉しい言葉を無意識に言っていたり……人誑しの血は争えないのね、源次郎?あの子、今後大変でしょうね…うふふ」


 私は窓から見えるきれいな夕日に向かって、今は亡き初恋の男へとそう溢した。

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