第45話 事態急変 side:沢城麗華
「やぁ僕の麗華、ついに来たねぇ…僕たちにとっての最高の日が!!ぐふふっ…。それはそうと随分と似合っているねぇ、その美しい純白のドレス」
私が部屋を出た後、大広間へと続く一つ前の部屋に入るなり緋扇家の彼が私に声をかけてくる。
近づいて来たその男は全身が金や赤といった品の無い目立つピチピチのタキシードを来て、私の元へと近づいて来た。
そんなタキシードを着ているものだから、丸々と太ったお腹がでっぷりと主張している⋯一体何を食べればそんな体型になるのかしら。
それに髪はベタベタにワックスで固められていて、その所為もあって近寄っただけで全身から汗や香水の匂いが混じった異臭と、脂ぎった身体中に粘度の高い汗が光っている……やはりこの男は生理的に受け付けないわね⋯。
「…ありがとうございます。緋扇様も随分と……貴方らしくて良いと思います」
「ぐふふ…そうだろう?これはわざわざこの日の為に仕立てさせた高級品だからねぇ、この僕にしか似合わないのさ!どうだい麗華!こんなに素晴らしい僕と一緒になれるなんて…僕も君も幸せものだねぇ」
そう高々と大笑いをした後、気持ちの悪い視線で私の胸や足を舐め回す様に見て来るこの豚…。
(気持ち悪い……)
「さて麗華…僕たちは晴れて今日から夫婦も同然…そろそろ一緒に熱い夜を共に過ごさないかい?ぐふふ…」
「…お気持ちはわかりますが…私たちはあくまで今日婚約発表がされるだけで、まだ夫婦ではありません。なので過ごすとしても正式に籍を入れた後に致しましょう」
「………まぁいいさ、どうせ数日の誤差だ。それに…ぐふふっ…麗華だけじゃなくって一条家のあのお嬢様や、君の側付きの下民にしては美しいメイドも入れて僕だけのハーレムというのも……ぐふふふふ」
「…棗や榊原に手を出すつもりですか?そうなれば容赦は致しませんよ?」
「そんな顔をしないでくれよハニー、大丈夫さ!僕にとって君が一番さ!」
私が嫉妬したとでも思ったのか、都合の良い様に解釈して機嫌が良くなって笑顔でいるこの男…。まぁそれで良いかしら…必要以上の会話はしたく無いし、勝手にバカになってくれているならそれで良いしね。
「失礼致します。沢城様、緋扇様、そろそろお時間ですので入場の方をお願い致します」
そう言って私達のいる部屋に入ってきてから深々とお辞儀をして、案内をしてくれる使用人の様な格好をした男性。
…どこかで見たことがある様な?気の所為かしら。
「さぁ行こうか麗華」
「…えぇ」
「(…チッ)」
私の手を取ろうとしたこの男の手を自然に避け、私たちは会場へと歩いて行った。
◇
「来ましたね麗華、そこに掛けなさいな。…貴方は麗華の近くで立っていてくれるかしら?」
「…?はい、お祖母様」
「分かりました」
私たちが会場に入ると、既にお祖母様が席に座っている。
お祖母様は今年でもう60後半ほどのはずだけれど…未だに30代後半と言われても信じてしまいそうな程若々しい肌の張りや姿勢、綺麗で上品な銀髪を結い上げて着物を着ている姿はまるで、一輪のユリの花が咲いているかの様に見える。
私が席に座ると、あまり遠く無い位置に私たちを案内してくれた男性が壁際に立っている。
(前髪が長くて顔が見えないけれど、どこかで会ったことがある気がする…。
お祖母様も知っているみたいだし…誰なんだろう?)
「クソ!この下民が!!お前のせいでご挨拶が遅れるところだっただろうが!この無能!!!」
『も、申し訳ございません旦那様』
「こほん…お話中失礼致します真耶様!いやーついにこの日が来ましたなぁ!愚息共々これから長い付き合いになるでしょうが、よろしくお願い致しますぞ!」
私がそんなことを考えていると、私達の座る席の近くに秘書の人を怒鳴りつけてからやって来たのは…確か…緋扇家の当主の緋扇仁一だったかしら…。この人も私は生理的に受け付けないし、子が親に似過ぎている様な…。
「…えぇついにこの日がやって来ました…。本当に…本当に長かった」
「そうですなぁ!……それで?真耶様、美玲様はどちらにいらっしゃるのでしょうか?是非ともご挨拶がしたく…」
「娘はまだですよ、もう少しで来るとは思いますが…如何せん準備に注力している様で…」
「(…チッ使えねぇババアだ)んん…それはいけませんなぁ!どれ、私が美玲様の元へ馳せ参じましょう!では失礼致しますぞ、ほら行くぞ鷹矢!」
「へへっ…じゃあまた後でなぁ!麗華!」
ドスドスと足音を鳴らしながらあの二人は、気持ちの悪い笑みを浮かべながら私達の元から息子と共に去って行った。
「(…もう緋扇と会うことはありませんがね)」
何か小さくお祖母様が呟いたと思ったけれど…気の所為かしら。
『お待たせ致しました、只今より進行させて頂きますので、皆様お席にお座り下さい』
そんなアナウンスが流れたと思えば、会場に集まった沢城家と縁のある名家やその関係者の方々が自席へと帰って行く。
先程まで私の席にも人が山の様に来ていたが、さっきの男性が列の整理をしてくれて随分と楽な方だったのかもしれない。
(あそこにいるのは…棗ね。少し疲れているみたいだけど…?私の方というか…私の横をチラチラ見てる…?)
遠くに棗を見つけたけれど、疲れて熱でも出ているのか少し赤い顔で私の横に立っている男性を見ている…?気の所為よね。
そのまま滞りなく式は進み、遂に本題の時間が迫る。
「ぐふふっ…そろそろだねぇ麗華」
「…そうですね」
本当は嫌だ、この男に心を開くことは一生ないと断言出来る。今すぐにでもここから逃げ出したい。
しかしそんなことが出来る筈もなく…スピーカーからは私たちを呼ぶ声が聞こえる。
『―――それでは沢城麗華様、緋扇鷹矢様、壇上までお上りください』
その声に促されるまま席を立ち、お祖母様が立っている壇上へと歩いて行って、お祖母様の目の前でこの男と並ぶ。
(…もう戻れないのね、ごめんなさい永井秀人…あなたのお願い…叶えてあげられなかったわね…)
「では今から皆様に重大な事をお伝え致します。ここに立っている私の孫 沢城麗華と、緋扇家の長男 緋扇鷹矢の婚約を――――――白紙に致します。」
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