第44話 過去の独白 side:沢城麗華

 永井秀人を招いた日から数週間が経ち、ついに迎えてしまった婚約発表の日。

 私は今婚約発表をしてから、祝いの会をする為の大きな会場の一室にて静かに椅子に座って開始の時を待っていた。


 あの日彼が言った事をしようとしなかったわけではない。しかし私は私のわがままを言うよりも、結局家の為に迷惑をかけない様に行動してしまった。


「……何故私はこんなにも心が揺れているのかしら」


 私の心には今も緋扇のあの男に対しての嫌悪感が渦巻き、ここから逃げ出したいと思っている私…逃げてはいけない、私の使命を果たさなければならないと言っている私がいる。

 今までの私であれば自分の心など簡単に押し殺し、家の為家族の為に何かをする事に抵抗はなかった。


 海外での仕事の為に外国語を学ぶ事も、気品のある立ち振る舞いや食事のマナー、勉学に励む事も何も嫌だと思うことは無かった…筈なのに。


 これも父に似た雰囲気を感じる不思議なあの男…永井秀人に命を救われたあの日から私の中で何かが変わったのかもしれない。


 最初こそ今までの男の様に下心で助けたのではないかと嫌悪していた。お礼を受け取らないと言ったのも、後々になってから恩を着せ何か大きな事を求めてくるのではないかと思っていた。


 でもあの男は違った。一歩間違えれば自分自身も死んでしまうかもしれないあの状況下で彼は「当たり前の事をしただけ、君じゃなくても助けた」と言った。


 私にはその考え方が理解出来なかったが、彼のその言葉を聞いた瞬間、私の脳裏には昔…私がまだ幼かった頃に父が言っていた言葉を思い出した。



『いいかい?麗華、麗華はこれから大きくなったら…他の人よりも偉い人になるんだ。でもだからと言って決して人を傷つける様な人にはなってはいけないよ?誰もが平等なんだ。目の前で困っている人がいれば助ける事は当然だからね?』


『うん!わかったよ!おとうさま!れいか、おっきくなっても、えらくなっても…おとうさまがいってくれたこと、ぜったいぜ〜ったいわすれないよっ!』


『き、聞いたかい!?美玲!?僕らの天使の…れ、麗華が…僕の…僕のぉ〜……ううぅ…感激だあ…』


『ハイハイ、もうアナタったら…いい加減娘の成長に慣れてくださいな、もう5歳なんですよ?』


『幾つになっても僕は娘が成長した時に泣く自信があるよ…ぐすっ……』


『なかないで?おとうさま…。れいかがよしよししてあげる!』


『うおおおお〜………麗華ぁ〜!!!父さん、それだけで今の本業の仕事も漫画を描くのも頑張れるよ〜…!』


『漫画は半分趣味でしょう?全く…うふふ』



「あの時から…思い出したのね……昔の事を…幸せだったあの頃の事を…」


 あの時、彼に対して声を荒げてしまったのも…そのせい。

 私が男嫌いなのも見抜いた上で、彼は優しさで言ってくれた事だと今なら分かるのに…あんな事を言ってしまった。


 彼のその考えに似たものを持っていた父に重ねてしまったから…そして幸せだったあの頃を思い出してしまったから。


「……お父様」


 私はスッと首からかけているロケットを開き、中に入っている写真を見る。

 中には幸せそうな笑顔を浮かべたお父様とお母様、そしてその間に抱かれている幼い頃の私…。あんな事が起きるなんてこのころの私達は思ってもいなかった。






 父は私が小学生の頃…とあるパーティーにて、何者かに

 私がその知らせを聞いたのは父が亡くなった日の翌日の朝だった。当時の私はずっと泣いていた記憶がある。


 あんなに優しく、時に厳しく真面目だった父は優しくしていたはずの誰かに殺されてしまった。

 その誰かはすぐに緋扇家に取り押さえられ、取り押さえられた中堅会社の男の社長は『一般庶民から婿入りしたのにも関わらず、私よりも沢城の名前だけで実績を出しているのが気に入らなかったから』と言ったそうで、あまりにも身勝手な理由だった。


 その時の私には父を失った喪失感と共に疑問を覚えた。

 何故父は人に優しくしていたのに、こんなにも身勝手な人間に殺されたのか…優秀だった父の事を妬んだだけで、何故父は命を奪われなくてはいけなかったのか………。


 そんな事を考えながら私の中学生に起こった事件で、私の中で父以外の男への考え方が変わってしまった。


 私は今とは違い、中学時代は父の教え通り誰に対しても優しく平等に接していた。それが男性であれ女性であれ、皆同じ様に…。

 それは私にとっては良くなかったのかもしれない。私はお母様に似て容姿がとても美しいらしく、中学生の頃には既に百を超える数のラブレターを貰ったり、他校も含め多くの男性から告白を受けていた。


 それは教師も例外ではなく、当時私が委員長の役職なのもあって、よく手伝いを頼まれていた体育教師から私はアプローチを受けていた。

 しかし私はそもそも恋愛に興味が無く、年齢的にも先生には先生以上の関心を抱いたことがなかったのでお断りをした。


 その教師は私の返事に納得がいかなかったのか、無理やり私に乱暴をする為に私の身体を押さえつけ、制服を破り捨てた。


 その時の私の大声に近くにいた複数の女性を含む教師が助けてくれたので何も起きなかったが、あの時の教師も、父を殺した男も、全員自分の事しか考えていないクズばかり……。

 それを理解した私はそれから男に対して強い嫌悪感と拒絶を表す様になった。






「…しっかりしなくちゃ。私は次期当主として…生きていかなきゃいけないの」


 そう言って私は椅子から立ち、時間になったので会場へと歩き始めた。

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