第42話 俺に出来る事

「やぁ!元気かい?僕のマイハニーの麗華っ!!!」


 そう言ってズカズカと俺たちが話している中、急にやって来た謎の男がドアからゆっくりと歩いてやって来る。

 それはまるで自分が歓迎されて当然の様な自信満々の顔で…だ。


 急にやって来たその男は俺と同じ20代前半くらいで、デブではないが筋肉よりも贅肉が目立つ体系をしている。そして染めたであろう品の無い金髪はその男の純日本人顔と全く合っておらず、ダサいという印象しか抱かなかった。


 また無理に身につけた感のある多種多様なブランド物のアクセサリーや服は、サイズがあっていなかったり統一感が無かったりと…これまた俺でも分かるほどにダサく、似合っていない。


「……これはこれは緋扇様。本日はお会いする予定は入っていなかったと思いますが?」


「そんなつれないこと言わないでくれよぉ〜麗華〜。僕は君にわざわざ会いに来たんだからさぁ〜?多忙な中のこの僕が、わざわざ時間を割いてまで君に会いに来たんだよ?嬉しいだろう?」


 そう言って沢城さんの白く綺麗で細い手を、脂ぎった太く厚い手で包み込む様に握りしめる緋扇と呼ばれた自称婚約者の男。

 そんな奴に手を握られた沢城さんは一見するといつもの無表情だが、とても嫌がっている様に見える。


「…えぇとても喜ばしく思います。両家の交流を深め、互いを知れるという点で見れば」


「そうだろうそうだろう!流石は沢城家のお嬢様…薄汚い下民とは違い話の分かること…」


 緋扇がそう後ろに振り返り、追いかけて来た別のメイドさんに睨みを利かせている。


「お前の様な下民の使用人如きが、この僕をイラつかせたんだ…こうしてくれるっ!!!」


「きゃあっ!」


 バシッ!!


「おいアンタ…それはやり過ぎだろうが」


「…?何だお前は……この僕に意見しようっていうのか?」


 あろうことかコイツは俺が止めなければ、全力で振りかぶったビンタを可愛らしいメイドさんに当てようとしていた。


(何なんだコイツ…女性に暴力をふるうなんて男の風上にもおけねぇ)


 そしてその緋扇という男は乱暴に俺の腕を払いのけ、これまた高級そうなハンカチを取り出して俺が触れたところを拭き取っている。


「お前の様な汚い下民が僕の許可なく触れるなど…不敬だぞ!汚らわしい!!」


「すみませんね汚い下民が触れてしまって。でもそんな汚い下民にビンタをしようとしてたのはアンタの方だろ?汚いものに触れたい癖でもあるのか?」


「なっ…!き、貴様ァ…このゴミが!!!」


 グシャッ!


「「…っ!」」


 顔を真っ赤にした緋扇が机の上に置いてあった、俺へのお礼の限定キーホルダーの箱を床に投げたと思えば、それを勢いよく踏み潰してしまった。


「アンタ――「緋扇様、あまりここで騒ぎを起こされると困ります。どうか怒りをお納め下さい。赤の他人の言う事です」


 俺が文句を言おうとすると、それを遮る様に沢城さんが言葉を被せて来た。


「ふーっ…ふーっ……そうも行かないだろう麗華!こんな下々の者にこの僕が―――」


「緋扇様」


「……ふっ僕だって暇じゃないんだ。下民の粗相くらい笑って受け流してやるさ。しかし気が削がれた、僕は帰らせて貰う」


「では誰か私と共に緋扇様のお見送りを。それと榊原、彼も送ってあげなさい」


「かしこまりました」


「麗華!僕が帰るぞ!!見送ってくれないのかい!?」


 最後まで大声で叫び散らかしている緋扇は、大声でそう沢城さんを呼びつけている。

 それを聞いた沢城さんはうんざりとした雰囲気のまま、俺の横を通り過ぎる。


「本来であればもっとおもてなしをするところでしたが…ご迷惑をおかけしました。気をつけてお帰りください」


 俺に小さくそう言った沢城さんは、さっきのメイドさんと共に部屋を出ていった。



「先ほどは申し訳ございません永井様、折角のお礼の品でしたのに…」


「いえ大丈夫です。二作品目の方は無事だったので…」


 俺は榊原さんと言うメイドさんに送って貰っている車内で、そう話しかけられる。


「でもさっきの話…本当なんですか?」


「さっきの話というのは…お嬢様の婚約者が緋扇様と言う話でしょうか?」


「え、えぇ…その沢城さんって男性が苦手だと思っていたんですけど……僕の勘違いでしたかね?」


 俺がそう問いかけると数秒の静寂が車内を包み込む。しばらくすると「ふぅ…」と小さなため息が聞こえて来た。


「仰る通り、お嬢様は大の男性嫌いです。緋扇様との婚約もお嬢様の意思ではありません、家の事情なのです。しかしお嬢様のお母様…美玲様はお嬢様が嫌がっている事を知っておられません。それどころか…お二人は仲が悪いわけではないものの、長い間会話すらされておりません」


「……そうですか」


 俺がそう言うと、再び車内は静寂に包まれる。


「…やはり聡明な方なのですね、永井様は」


「…え?」


「いえ、一般的にはこう言うところではその婚約を否定する様な事をおっしゃるかと思っていました。永井様の性格であれば尚の事…」


 そう言って榊原さんはルームミラー越しに俺と目を合わせている。

 その目には俺が映っているものの、どちらかと言うと俺の中身と目を合わせている様な気さえする。


「そりゃ勿論思ってますよ…何であれ嫌な事は言うべきなんじゃないかなって。言える相手がいるなら尚更………。でも沢城さんはそう言えない事情があるんだと俺は思ってます。なんだかんだ義理堅かったり、ふとした時に崩れる自然な笑顔があるのもあって…本当は明るくてよく笑っている優しい人だと思ってますから、何か抱え込んでいるんだろうなって」


 俺がそう榊原さんに言うと、榊原さんは驚いた様な顔をして会話を続けてくれる。


「……驚きました、まさかお嬢様の事を本当の意味で見ている男性がいるとは…」


「…?本当の意味?」


「いえ、気にしないでください……ただ私もこの婚約には乗り気ではありません。お嬢様には幸せになって頂きたいですから…。(あの時お嬢様がおっしゃっていた事は本当なのかも知れませんね…。永井様であればもしかしたら…)」


 その後は榊原さんも黙ってしまったため、俺も静かに車に揺られ…数分経つと俺が教えたアパートの前に到着した。


「着きましたよ永井様、お気をつけてお帰りください」


「ありがとうございます、じゃあ俺はここで」


 俺はぺこりと頭を下げ、アパートに帰ろうとすると、急に榊原さんが俺に袋を渡して来た。


「永井様こちらをお持ち帰りください、お嬢様よりこれを渡して欲しいと伝言を預かっておりますので」


「…?」


 俺が中身を見ると、先ほど破壊された限定品のキーホルダーが入っていた。


「これって…もしかして」


「はい、お嬢様がお持ちになっていたものです。永井様であれば安心して託せると仰っていました」


「こ、これを俺に…―――っ!!」


 袋の中に入っているキーホルダーを取り出し、直接触れると俺の頭の中にあの激しい頭痛と映像が頭の中に流れ込んで来る。


「永井様?どうかなさいましたか?」


「………いえ大丈夫です。送っていただいてありがとうございます。では」


 俺はそう言うと榊原さんが去って行ったのを確認してから、貰ったキーホルダーを優しく握り締める。


「…本当は何もする気は無かったけど……あんな事になるなら見過ごせねぇなクソ扇…」


 遠くに去って行く車を見つめながら、俺はそう決心した。

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