第37話 圧

 俺がその女性を助ける為にチカラを唱えた瞬間、確かに時間の停止は起きた。


 しかしそれも俺が解除する前に再び時間が動き出してしまい、周囲の物も当然動き始めてしまった為、車も女性を助けようと動いた俺とその女性に向かって突っ込んでくる。


 ガシャアアアアアアンッ!!!


『キャーッ!!!』

『お、おい!突っ込んだぞ!?大丈夫か!?おい!誰か救急車!』


「あ、あぶねぇ……いっつ」


 勝手に時間停止が解除された数秒後、俺はその女性が怪我をしないように頭を抱えつつ、走って突っ込んだ勢いのまま体を回転させて俺の背中から地面に激突した。


 それから暫くして、俺の背中が地面と衝突した衝撃で背中が痛み出したなと思って居ると、俺の体の上からバッと勢いよくその女性が離れた。

 かと思えば、俺の傍に落ちていた先ほどまで彼女が抱えていた紙袋をホッとしたような優しい笑顔で大事そうに抱きしめている。


 しかしそんな優しい笑顔もつかの間。次の瞬間には刺し殺すんじゃ無いかというくらいの冷たい目で俺を見ている。…ついこの前刺し殺されそうになっているんだから余計にリアルに感じる。


 あれ?俺今この子を助けたんだよな?なんか俺が何か危害を加えたみたいな空気なんだけど…



 因みに俺たちに突っ込んできた車は奥側のビルの壁に衝突して止まっているが…気のせいか?んだが…。


「……もしかして貴方は…私のことを助けてくださったのですか?」


「え?…あぁ、まぁそうなるのかな?」


「(はぁ………全く面倒な事に…)そうですか、それはありがとうございます。あの程度なら一人でも躱せましたが…貴方のおかげで私に怪我はありませんでした。なんとお礼を申し上げればいいのか」


「う、うん…気にしないで…勝手にやった事だからさ…?」


「いえ、そういうわけにも参りません。何かお礼をさせて頂ければと思います。何かお望みの事はございますか?」


 俺の目の前の子は、誰が見ても優雅で気品のある立ち振る舞いで、ぺこりと頭を下げて明らかに俺に対して感謝の言葉を述べている。


 しかしその言葉とは裏腹に、その辺の石ころを見ているかの様な俺に対して全く感じない関心と、言葉と合っていない氷のような無表情…なんだ?この違和感…面倒そうに怒っているような…?


「い、いや…そんなの要らないよ…。第一もしかしたら君を助けるのが間に合ってなかったかもしれないしね」


「ですが私は今こうして貴方に助けられ、私は怪我一つしていません。でしたら貴方が私からお礼を求めるのは当然の権利です。ですので何なりと申しつけくださればいいのでは無いでしょうか?


 自慢ではございませんが、私は裕福な家庭の育ちですのである程度の事は叶えて差し上げられますよ?」


 俺が再度断りを入れるが、その女性は断りを入れた俺を見てピクッと綺麗に整えられた眉が不機嫌そうに動いた。何でこの人は俺に怒っているんだろうか…?


「さぁ早く言ってください。私のこの後予定が入っているので手短にお願いします」


「いやだからそんなの要らな―――「お嬢様っ!!!」」


 俺とその女性がそんなやりとりをしていると、俺の横から声が聞こえてきた。


 声のした方をみると、この現代日本ではコスプレ以外で見たことのない立派なメイド服に身を包んだ、黒髪をなびかせた身長の高い美人なメイドさんが走って来ていた。


「お嬢様!ご無事ですか!?わたくしとした事が…車を回している最中にこんな事になるとは…なんとお詫びを申し上げればいいか…!」


榊原さかきばら……私は大丈夫よ。…そこの彼に助けられたからね」


「っ!!…そうですか。……お嬢様を救ってくださってありがとうございました。それで?お望みとあらば相応の金銭をお支払いしますが…?」


「い、いやその…要らないです…。そんなつもりで助けたわけじゃ無いので…」


 俺の横には先ほどの心配そうな顔ではなく、明らかに俺を警戒した様な怖い顔をしたメイド服を着た榊原さんが俺を見ている。


「そうも参りません。お嬢様の命の恩人とあれば余計にです。さぁ遠慮なさらずに、どうぞ?」


 そうして俺の前にはお礼をしたいという顔をしていない、怖い顔をした美人な二人の女性。普通ならば嬉しいのかもしれないが、いまの俺の中には怖いという感情しかなかった。


(…この人も何でこんな怖い顔してるんだよ!?悪いことしてないだろ???)


「い、いや…俺この後急ぐので!そ、それじゃあ!!!」


「「…えっ!?」」


 その二人からの圧が怖くなった俺はその場から逃げ出し、走ってWAONモールに向かう。


(こんなことしてる場合じゃねぇ!早くしないと売り切れちまう!!!)



【???side】


「い、行ってしまいましたね…お嬢様」


「………」


「お嬢様?」


 私は地面に落ちているを拾い上げ、まじまじと見つめる。


「聖央大学2年…永井秀人……気に入らないわ…あの感じ……」


 あの男が走り去って行った方角を見て私はそう呟いた。

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