第34話 助けられた命、残った謎

「秀……君……秀君っ!!」


「うわっ!?な、棗さん!?」


 俺が扉の方を見てそこに居た棗さんと目があったと思った瞬間、涙目の棗さんが俺を勢いよく抱きしめて来た。


「よかった……本当によかったぁ…!本当に死んじゃうかと思ったんだからぁ!ばかっ!!!」


「す、すみません…」


 それから数分の間、俺は泣いている棗さんに抱きしめられながら固まっていた。






「ご、ごめんね?取り乱しちゃって…秀君が目を覚ましたってお医者さんから聞いて居ても立っても居られなくって…」


「いえ…気にしないでください、それとわざわざありがとうございます棗さん」


 数分後、俺を抱きしめていた棗さんの所にさっきの看護婦さんが戻ってきて、改めて状況の説明をされた。


 どうやら棗さんは俺が救急搬送された日から、毎日お見舞いにきてくれていたらしい。

 また他にも男性が一人と棗さん以外の綺麗な女性が二人来ていたそうだ。…三枝と美涼と瀧川かな?思い当たる人がそれくらいしか居ないしな…また今度お礼を言っておこう。


 そんな中、平日にも関わらず毎日棗さんはこの病院に顔を出していたらしく、去り際の看護婦さんからは『いい彼女さんですね』なんて言われたが…まぁ本当に付き合っているならそう思うけどな。

 残念ながら自分の代わりに刺されただけのダサい男に心配以上の感情は抱かないだろうから、その言葉には苦笑いをするしかなかった。


「えっと…あれからどうなったんですか?」


 そう俺は看護婦さんが去って行った後、ベッドの横の丸椅子に座っている棗さんに問いかける。

 棗さんは薄っすらと化粧をしているようだが、目元に出来た酷い隈は隠しきれていない。…指摘するのは野暮ってもんだよな。


「えっとね…秀君が救急車で運ばれた後に毒島君もパトカーで連れて行かれて…私もパニックになっちゃってあんまり覚えてないの…警察の事情聴取には答えたんだけど、それも秀君の事を考えてたから曖昧で…」


「そ、そうですか…」


 取り敢えず棗さんが無事で且つ、毒島がちゃんと逮捕されたのなら俺としてはミッション達成といったところだろうか。


 何故なら俺があの時棗さんと一緒にいなければ、棗さんは毒島に拉致監禁されてしまい、数年に渡って身も心もボロボロになるまで欲望の限りを尽くされてしまう見過ごせるわけのない行為に及ぼうとしていたのだ。

 それにこの未来には続きがあり、数年後に通報を受けた警察が突入した瞬間に、棗さんはされてしまっていた。


(まぁ怪我はしたし、死ぬほど痛かったけど…そんな未来を変えられたのなら、結果オーライってやつだよなぁ)


 結果的に俺は命を取り留められたが…あれで死んでたら棗さんのメンタルもヤバかっただろうしなと思っていると、スッと棗さんが椅子から立ち上がり、俺に向かって深々と頭を下げてくる。


「ごめん…なさい……私が巻き込んでしまったせいで秀君がこんな事に……」


 そう涙声で俺に頭を下げて謝罪する棗さんに俺は驚いてしまう。


「えっ!?どうしたんですか?棗さんは何も悪くないじゃないですか!悪いのは毒島ですし…何より俺の意思でやった事ですよ!?」


「それでも!!私が…秀君を巻き込んでしまったから、こんな事になっちゃったのには変わりないでしょう?だから私……どんな顔をして秀君に会えばいいのか………ここ最近ずっと辛くって…」


 俺がそう言葉をかけるも、棗さんはポロポロと涙を流している。

 棗さんの中では俺を身勝手な都合で巻き込んでしまった挙句に大怪我を負わせてしまったことが罪の意識につながっているみたいだ。…仕方ない。


「…わかりました、わかりましたよ。棗さん」


 俺はベッドの横で泣いている棗さんにハンカチを差し出し、目を合わせながら優しく言葉をかける。


「じゃあ棗さん、俺に負い目を感じてるなら今後しばらくの間でいいので、オススメの本を毎日一冊!俺が退院するまでの間持ってきて下さい」


「…えっ?」


「今の俺、棗さんが帰ったらずっと退屈なんですよ。だから毎日俺の為に、わざわざこんな所まで本を持って来て下さい。あっ!お見舞いの品も忘れずにお願いしますよ?……だからその…それで許しますから、もう泣かないで下さい」


 俺がそう言うと棗さんはしばらくポカンとした顔をしていたが、俺の意図に気が付いたのか再び涙を浮かべながらも綺麗な笑顔で返事をくれた。


「………ありがとう…秀君………絶対に…絶対に持って来るからねっ!」


 そんな棗さんに不覚にもドキッとしてしまったのは俺だけの秘密だ。



 それから棗さんは「長居をしちゃいけないから…またね?秀君、お大事にね?」と静かに帰っていった。それから寂しい個人病室の中、俺は一人で起こったことを整理しながら自分のに意識を向ける。


「…やっぱりうまく使えなさそうだな」


 あの時俺の中に起こった異変…毒島の前で使えなかったチカラに意識を向けるが、何となく感覚で今使える状態では無い事が分かる。


「【時間停止ストップ】!……やっぱりか」


 近くで回っている扇風機を停止させようとしてみるが、やはりうまくいかない。


「それに…心臓まで達してなかったって言われたけど…俺絶対に心臓貫かれてたよな…?」


 俺は未だに少し痛む胸部を手で押さえて、刺された時を思い出す。

 ナイフは目算で10センチほどの刃渡りがあり、それが根元まで刺さっていたはずだ。それに心臓の位置を考えれば明らかに心臓に刺さっていないと言うのは不自然な筈…。


「…どうなっているんだ?一体…」


 俺はそんな事を考えながら、窓から見える曇った空を見上げていた。


 

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