第32話 事件

「……あっ!棗さん、おはようございます」


「うん…おはよう、秀君」


 朝から俺は先輩をいつもの図書館に呼び出し、毒島の件で警戒を呼びかけようとしていたのだが…何やら先輩の顔色が暗い。


「…どうかしました?棗さん…顔色が暗いみたいですけど…」


「………やっぱり秀君にはバレちゃうか〜…うん、実は…これが今日私のロッカーに入っててね?」


 そういって先輩がカバンから取り出したのは、薄い紅色の封筒だった。

 そして中に入っている手紙を見ると…差出人はあの毒島だった。


〈 僕の棗たんへ♡


 僕は分かってるよ、棗たんがアイツに脅されて嫌々付き合わされている事に。

 だから僕が君を解放してあげられるまで、僕が君を守ってあげるよ…!


 君のサトシより 〉


「…キモヤバイっすね…コレ」


「うん…だから今日も怖くなっちゃって…」


「大丈夫っす。今は俺が側にいるんで、何かあっても守れますよ」


「っ!……まーたそうやって誑しこもうとする〜!…良くないよ?そういうの!」


「え!?誑しこんで無いですって!」


 俺が思った事を口に出しただけだったが、何故か棗さんの表情が明るくなり、結果的には良い感じに気を紛らわせることが出来たみたいだ。

 …まぁ根本の解決にはなってないけどな。


 そんな感じで今日一日、俺と棗さんはくっついて行動する事にした。



 そしてやっとの事で全授業が終わり、少し暗がりになった道を俺と棗さんは並んで歩いている。今この道には俺たち以外は人がいないが…この道を選んだことが正しいのかはわからない。

 しかしこの道以外を通って帰ってしまうと、また未来が変わってしまって変な事になってしまうかもしれない。


 そんな心境の俺とは裏腹に、横にいる棗さんは不安を感じない綺麗な笑顔で本の話をしている。


「―――それでね?この前読んだ本が面白くって、秀君にピッタリだと思うんだ♪今度また貸してあげるね?」


「ホントですか?楽しみにしてますよ!………あっ!すみません棗さん。ちょっと大学に忘れ物をしちゃったみたいで…すぐ追いつくので、先行ってて貰っていいですか?」


「え?そうなの?じゃあ私もついていこうかしら?」


「いえ、大丈夫ですよすぐに終わるんで!さっ棗さんは先に行ってください」


 そう促された棗さんは「そう?じゃあゆっくり歩いて行くから、後からきてね?」とゆっくりと道の奥へと歩いていき、角を曲がってから姿が見えなくなった。


「さて…居るんでしょう?毒島先輩」


 俺が来た道を振り返ると、全身を真っ黒な服装で包んだ小太りの男が立っていた。    

 そしてその男は俺を見るなり、狂気に染まった目で俺を睨みつけてくる。


「お前…気づいてたのか…!お前のせいで僕の棗たんが…!!!お前さえいなければいいんだ!そこをどけぇ!!!」


「退きませんよ、毒島先輩。…カバンの中に何入ってるんですか?」


「決まってるだろう!?棗たんをお前から守る為に僕のお家に連れて行くための道具さ…まぁ?こんなものは使いたく無いんだけどねぇ?僕の言う事を聞いてくれないかもしれないからねぇ…」


 俺が指摘をすると、血走った目で俺を睨み続けながらドサッと手に持っていたカバンを落とす毒島。その中にはガムテープやスタンガン、ロープや手錠など明らかに穏やかな用途で使われるようなものでは無い。


「…知ってるか?アンタ。ソレって拉致監禁って言うんだぜ?そんなもんを棗さんに使う気かよ?正気か?アンタがやろうとしてることは人一人の人生を狂わせるんだぞ?」


 その道具を持ってるのは知ってる。ここで俺が居なければコイツは棗さんを拉致して、からな。そのせいで棗さんがどんな人生になったか…お前は考えもしないんだろうな。


「うるせぇぇ!!!お前が僕の棗たんを下の名前で呼ぶなぁ!!!!!それに僕は正気さ!お前が居なくなれば全て解決するんだからなぁ!?」


 俺の発言に感情が昂ぶったのか、ポケットからナイフを取り出して俺に向けてくる。


「いいのか?もう戻れないぞ?ソレを使っちまったら。今ならまだ戻れる、大人しくやめろ!」


「うるせぇぇぇぇぇ!!!!!!!」


 毒島はそう叫ぶと、ナイフを構えて俺の方に走って来た。それを見て俺もチカラを使うべく、心の中で唱える。


(仕方ねぇ… 【時間停止ストップ】…!?)


 心の中で時間停止を唱えたが、何故か時間は止まらず俺の頬を毒島が薙ぎ払ったナイフが掠める。


「くっ!?」


「オラァ!」


 その隙を突いてビュンビュンとナイフを振り回す毒島。…クソっ!なんでチカラが使えない!?


『なんだあれ!?お、おい!警察に通報しろ!』

『キャーッ!!!』


 そんな俺たちを見て周囲を通りかかった人達が口々に悲鳴を上げ始める。


(くそっ…素人の俺じゃ、能力抜きだと武器持ちの男なんて無力化出来ないぞ!?…どうする!?)


 そんな事を考えて居るうちにも、俺の腕や顔に切り傷が増えて行く。

 そんな攻防を繰り返していると、ここで聞こえるはずのない声が俺たちの耳に入る。


「秀君っ!!!」


「!?」


 俺が声のした方を振り返ると、そこには先ほど先に行かせた棗さんが叫んでいた。


「秀君…だと…?僕のことは名前で呼ばない癖にコイツの名前は呼ぶのか…!?もういい!!!僕のものにならないなら、お前もこれでズタズタにしてやる!!!!!」


「おいっ!?待て!!」


 俺の前に立っていた毒島は先輩の声を聞くと、途端に狙いを変え先輩にナイフを向けて突撃して行く。


「えっ…!?」


「死ねぇぇぇ!!!!!」


「棗さん!!!!!」


 ドスッ!!!


 棗さんを狙ったその凶刃は、間に割って入った俺の胸に深く突き刺さった…。

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