第30話 動き出した狂気
「どどどど、どういう事だよ永井ぃぃぃぃ!!!!!」
そう言って一際大きな声をあげているのは…三枝か……こりゃまた説明するのがめんどくさそうだな…。
先ほど棗さんが俺との関係を公にした事で、大講義室は阿鼻叫喚に包まれている。
…女子は全くのノーダメージというか、憧れの先輩に彼氏がいた事には驚いているようだが悲しんでいる人は少ない。悲しんでいるのも棗さんに彼氏がいたことに対して悲しんでいる男子と一緒の心境なのが分かる為、決して俺に彼女(嘘)がいてショックを受けている訳ではないのが悲しい所だな…。
「かの…じょ?秀人に………?相手は…一条せんぱ………?いつの間に………」
ん?なんか美涼が俺の方を見て、小声で何か言いながらフラフラしてるけど…大丈夫か?アイツ…この世の終わりみたいな顔してるけど…?
まぁアイツも棗さんの事を尊敬してたっぽいし、また今度ちゃんと説明してやるか…美涼になら話しても大丈夫だろうしな。
「…う………嘘だ!!僕の棗たんがお前なんかと付き合っている訳が無い!!!だいたいお前みたいななんの取り柄も魅力も無いモブ顔の陰キャなんかと、女神のように美しい棗たんが釣り合っている訳ないじゃないか!」
そう先ほどまでフリーズしていた毒島の方に目をやると、大声で怒鳴り散らかしながら俺に罵声を浴びせて来る。
まぁ他人から見ても俺から見ても、そんな事はわかりきっている。棗さんと俺は月とスッポン…いやスッポンにすらなれない俺とでは、明らかに生きている世界が違うのは分かるけど…それはお前にもブーメランが返ってこないか?
俺が一人微妙な顔をしながら大講義室から出ようとすると、俺の腕を取っていた棗さんがキュッと俺の腕を強く引き、とても不機嫌そうな顔をしていた。
「…そんな事ないわよ?毒島君。秀君はとっても努力家で、力強くて、行動力もあって………何より困ってる人が居たら迷わず助けられるような優しい人なの。そんな人がなんの取り柄も魅力も無い訳がないでしょう?寧ろ魅力に溢れすぎている男性よ?あなたと違って、見た目だけで判断するような人じゃないの、秀君は」
「「「「「!?」」」」」
「それに彼ったら…そんな魅力のある部分だけじゃなくって、勉強をしてる時に本を枕にして寝ちゃったりする可愛いところもあったりするのよ?この前も私と二人きりで居たときも、秀君が居眠りしているときの寝顔を近くで見たわ?」
「「「「「!!?」」」」」
「それにそんな彼に魅力を感じた私が秀君に告白したのよ?あの時の秀君は可愛くって―――」
「そ、そろそろ行きましょうか棗さん!ささ!早く…」
棗さんは何を思ったのか、真剣な表情で毒島に対してまくし立てるように俺の事を語り始めた。そんな棗さんの腕を引いて、恥ずかしさから退室する俺たち。
…いつの間に居眠りを見られていたのだろうか、最近は居眠りしていないはずだけどな?
「…嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ…こんな事が………(ブツブツブツブツ…)」
何やら毒島が不穏な空気を醸し出していた事に気が付かないまま、俺たちは駅へと早足で歩き始めた。
◇
駅までの少し人通りの少ない道を俺と棗さんは並んで歩く。人通りが少ないと言ってもそこそこの人はいるが、そのほとんどの人がギョッとした顔で俺の腕を抱いて歩いている棗さんを凝視したり二度見する人だ。
「さ、さっきはごめんね?秀君…ちょっと熱くなっちゃって…」
「いえ構わないですよ、まさか急に暴露されるとは思ってなかったですけど、これで棗さんの負担が減るならお安いものですよ。…まぁ今後の毒島の行動は気になりますけどね」
「ありがとう秀君、でも本当にごめんね…?お姉さんもよくわからないんだけど…なんだか秀君がバカにされたら急に感情が昂ぶっちゃって…らしくないなぁ」
シュンとした表情の棗さんは、少し不思議そうな顔をしながら俺の横を歩いている。
大学を出てからも当然のように腕を組まれているが、これも偽装工作の一環だ。いちいちドキドキしていては俺の心臓が持たない…
「確かにらしくないとは思いましたが…俺は棗さんが優しいなぁって思いましたよ?」
「え?」
「あの時…確かに棗さんの言葉でああなったかもしれませんが、それでもバカにされた俺の為に毒島に対して怒ってくれた棗さんは優しいと思いますよ」
「………」
俺が前を見ながら隣を歩いている棗さんにそう言葉をかける。
確かにあの場では棗さんが俺を巻き込んだからこそ、俺が毒島に罵倒される結果にはなった。でもそれは事前に俺が棗さんにそうしろと言っていたし、そもそも俺はあんな罵倒を聞かされても何も感じなかった。
しかし多くの顔見知りの中にいる一人の友人?知人?である俺の為に、毒島に対して怒ってくれた棗さんは見た目だけでなく、心まで綺麗な人なんだと改めて思った。
「…ん?どうしました?棗さん」
「………ばかっ」
何故か俺から顔を背けている棗さんが、俺の腕を放した後にボスッと肩を拳で殴る。
「イテッ!急に何するんですか!?」
「…知らないっ!この女たらしめ!後輩のくせにお姉さんに対して生意気だぞ〜!」
「イテッ!イテテッ!何にもしてないじゃないですか!?」
「うるさい!私より秀君の方が…っ!ばかっ!」
何故か今度はキャラがちょっと崩壊している棗さんに罵倒され、ポコポコと肩を叩かれながら俺たちは駅へと入って行った。
(…だけどあんな事があったから…このままの未来ではよくない事が起きるんだ。あれを見てしまった以上、俺が棗さんの事をしっかり守らなきゃな…)
「…そうか、アイツが無理やり棗たんを脅して言う事をきかせてるんだ…きっとそうだ…!そうじゃなかったら棗たんが僕から離れるなんてあり得ない…!僕の棗たん…待っててね…僕がきっとアイツから助けて保護してあげるからね…!」
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