第29話 激震、その後に待つはカオス
あの後数十分ほどかけ、俺たちは倒れた本棚や散らばった本を元に戻し終わった。
その途中、何故か棗さんから深呼吸のような音と共に逃げられていたような気がしたが、図書館から出る頃には特にいつもと変わらない棗さんが俺の横に居た。
そろそろお互いに講義が始まる時間ということで、俺たちは隣に並んだまま図書館から出て教室棟の方へと歩いて行く。
「それで棗さん、今日はどう過ごします?俺は今日4限終わりからのバイトなのであんまり遅くまでは居られないですけど、バイトに行く前には棗さんを送って行けますよ?」
「うーん…じゃあお姉さんも秀くんと一緒に帰ろうかな〜。お昼は…お友達と一緒に食べたかったけど…あの子は最近別件で大学に来ていないし……別の子に頼もうかなぁ…。まぁいっか!今日はお姉さんも4限終わりだし、帰りはヨロシクね?秀君っ♪」
「そうですか………じゃあ危ないので終わったら俺が迎えに行きますよ」
「そう?じゃあお願いしちゃおっかな〜♪」
「わかりました、じゃあ俺の方から行くので、待っててくださいね?…でももし何かあれば俺の方までなすりつけに来てください、今日は4限までずっと大講義室なので」
「りょーかい!」
そんな会話をしながら棗さんが「じゃあまた後でね〜秀君♪」と笑顔で手を振りながら棗さんと大講義室の前で別れる。棗さんの教室は大講義室の隣の棟なので、終わり次第すぐに行くことができるだろう。
(…あの笑顔が本気で向けられると思えば、今俺は顔真っ赤なんだろうなぁ…)
そんな事を考えながら俺も手を振り返す。
いくらフリとはいえ、いつもの俺ならこんなに爽やかな言動ではなく、錆び付いたロボットのような動きをしながらどもりまくっていた事だろう。そうならないのは、やはり俺の中で割り切っていて【棗さんの彼氏のフリ】なんていう非現実的な事が目の前で起こっているからだろうか。
…だから周囲から聞こえるヒソヒソ声には屈しないぞ……というかその方が都合がいいはずだからな。
俺は周囲からの視線を遮るように大講義室に入って、今日の講義を受けることにした。
◇
「んだよ永井〜そういう事なら早く言えよな〜コンニャロ〜!ガハハ!」
「あっちぃ!離れろお前…俺の話聞かなかったのはお前だろうが!」
「え?そうだったっけか?まぁ細けえ事は気にすんな!そんなんだからモテねぇんだぞ〜?」
「へいへい、俺は元々モテるような人間じゃねーよ」
そう俺は満面の笑みを浮かべた三枝の事を引き剥がしながら、4限が終わったので帰る支度を整える。
季節はそろそろ初夏を迎えようとしているくらいの季節で、もう数週間もすれば本格的に気温も上がるだろう。
そして横にいるこいつが何故こんなに上機嫌かというと、美涼と俺の関係性をちゃんと説明したからだ。随分しつこかったからな…
「幼馴染ってんなら話してくれてりゃ良かったのによぉ!親友なのに水臭えじゃねえか〜」
「その親友設定は初めて聞いたんだが…?」
しかし気になっていた人も多いのか、俺たちの会話に耳を澄ませている連中も納得したような顔をしつつも気に入らない人もいるみたいだ。特別何をしてくるわけでもなさそうだが…まぁよく思わない気持ちもわかるがな。
そんな事くだらない事をニコニコした三枝としていると美涼と目が合い、俺に小さく手を振ってくる。美涼には昨日の夜にチャットアプリで瀧川関連の質問攻めにあったが、なんとか説明して納得してもらう事が出来た。
それにしても最近になって美涼と目が会うことが多いような気がするが…気のせいだよな?
「おい永井ぃ…幼馴染なのは聞いたが、だからと言ってイチャついて良いとは言ってねぇぞゴラァ!!!」
「情緒不安定かよ!?こえぇよ!そんでイチャついてねぇ!」
「ウルセェ!あんな可愛い幼馴染がいる時点で、お前は俺の中で死刑対象だゴラァ!」
先ほどと正反対の怖い顔をしながら、俺と両手の取っ組み合いを仕掛けてくる三枝。…こいつの必死さは何処から来るんだよ……全く。
俺たちが組み合っていると、大講義室の入り口あたりを見て周囲がザワザワと騒がしくなって来る。
何やら気になったので、三枝から手を放して入り口の方へと近づいて行く。…アレはもしかして……?
「でゅふふ…な、棗たん…こ、この前の話の良い返事を聞かせてもらっても…良いかなぁ…?でゅふっ…」
「ですから、私には彼氏がいるので…申し訳ないのですが、毒島さんのお気持ちにはお答えする事は出来ないんです」
「でゅふふっ…そ、そうやって嘘をついてまで恥ずかしがる棗たんも可愛いんだな!…でも僕はそろそろ素直になって欲しいなぁ…?でゅふっ…な、棗たんが僕に気があるのは知ってるんだな!」
「嘘はついていませんよ?私にはちゃんと素敵な彼がいますから―――あっ♪」
何やら聞いた事のある二つの声の方を見ると、棗さんが毒島から逃げる様に大講義室の中に入って来た。
先ほど毒島に向けていた少し嫌そうな顔から一変して、俺と目があった棗さんはパァッと綺麗な笑顔になって、俺の方へと駆け寄って来た。
「いたいた♪今日の講義もお疲れ様、秀君っ!…じゃあ一緒に帰ろっか♪」
「「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」」
そう言って駆け寄って来た棗さんは俺の腕を抱きしめ、ピトッと寄り添うように身体を密着させて来る。
棗さんがそんな事をするものだから、俺の頭の中は棗さんに関係する情報量で頭が止まり、周囲は信じられないような顔をしながら棗さんと俺を見ている。
「ちょ!ちょっと待つんだな!棗たん!!!そ、そいつは誰なんだな!?ぼ、僕がいるのに他の男と…う、腕を組むなんて…冗談でもゆ、許せないんだな!」
俺の脳が再起動を果たし棗さんが駆け寄って来た方を見ると、顔を真っ赤にしながら俺に指を指して毒島がこっちを睨んでいた。
「そいつは誰って……先程まで散々言っていましたよ?彼は…秀君は――――――」
毒島の大声で静まり返っていた大講義室に、棗さんの綺麗な透き通る声が無慈悲にも毒島にとどめを刺しに行くかの様に突き刺さる。
「私の彼氏ですよ♪」
その発言の後に大講義室中から、とんでもない大声が響き渡ったのは言うまでもない。
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