第28話 無自覚カウンター
「……あっ!お〜い秀君〜!おはよ〜♪」
「おはようございます、一条先輩」
「あー!ダメだよ〜?ちゃーんとお姉さんの事は棗って呼んでくれないと…めっ!だよ?」
「あっ…で、でもここには俺たちしか…」
「それでも今後ボロが出ちゃうかもしれないでしょ?はい!もう一回?」
「お、おはようございます…棗さん…」
「うんっ♪おはよう秀君♪」
そんなやり取りをしながら俺たちは次の日、いつもの図書館で朝から顔を合わせていた。今日も朝から講義入れていなかったが、棗さんが心配になった俺は朝から今後の行動の擦り合わせを目的とした会議をしにやって来た。
…それにしてもこの前に先輩の事を名前で呼べって言われてたんだったな…まだ少し恥ずかしいけど、先輩を守ると決めた以上そうも言っていられない。
「んんっ…それで?今日からはどうしますか?それに昨日チャットで朝は心配しなくても良いって言ってましたけど…?」
「あぁそれはね?毒島くんは毎日昼からしか居ないよって他の子から聞いてるから、とりあえず朝から何かされる事はないかなってね。それでね?これからの事なんだけど―――」
昨日先輩を送って行った駅は、瀧川の家がある駅と同じだった為俺の住んでいる場所からは数駅離れている。大学からは反対の位置にあるのでバイト先に行く時以外はほとんど行く事がない。
だからこそ心配だったのだが…それなら大丈夫なのかもしれない、もちろんあんな事がある以上油断はしないが。
それから少し話し合った結果…聞かれるまでは大っぴらに付き合っているとは言わず、聞かれたら答えると共に、お互いの都合が良いときには一緒にいるという結果にまとまった。
しかし流石の棗さんも俺に対して巻き込んでしまった負い目があるのか、後者は俺の提案だ。
『私には彼氏がいます、なのでもう告白しないでください』だけよりはその方が信憑性も上がるし、安全だ。…こんな俺でもいないよりはマシだろう。棗さんも俺の見間違えでなければホッとしたような表情をしていたしな。
「―――じゃあそんな感じで行きますか、棗さん」
「えぇ…でもいいの?私から提案した事だけれど…この関係は秀君になんのメリットもないわよ?それに危険な事があるかもしれないし……聞いた話だと毒島君は感情が昂りやすいって…」
そういう棗さんはいつになくシュンとした表情で俺のことを見ている。棗さんのいつも見ない表情のギャップにグッと来てしまったが、棗さんは俺なんかを頼らないといけないほど困っているのだと思い直して煩悩を振り払う。
「昨日も言いましたけど、俺は棗さんに過去問を貰ったり新しい本を教えて貰ったりと、色んな事でいつもお世話になってるんです。だからこれくらいはさせてください、俺の為にも」
「秀君……」
そう言った俺を見て、感動したような表情をしてから少しだけ俯く棗さん。そうする事で棗さんの枝毛ひとつない綺麗な黒髪が、俺と棗さんを仕切るように純黒のカーテンとなって表情を隠していた。…少しカッコつけすぎたか?
「………それなら秀君…これから慣れていかないといけない事があるよね♪」
少し経ってからそっと顔を上げた棗さんの顔は、いつも通りイタズラっぽく微笑む表情をしながら静かに席を立ち上がった。
そして棗さんはそのまま俺の横の席まで移動して来て、俺のそばにスッと寄り添うように腕を取り、椅子と身体を密着させて来た。
「ちょっ!な、棗さん!?これは……!?」
「うふふっ♪どうしたのかな?秀君?」
「ち、近くないですか…?」
「えー?そんな事ないよぉ?カップルだったらこれくらいの距離感は普通だと思うな?」
そう言いながら俺の腕を抱きしめる力を強める棗さん。そんな事をされると棗さんの大きな胸がムニュムニュっと俺の腕に………はっ!?
「…からかってますよね?棗さん」
「ありゃ、もうバレちゃった♪さすが秀君だね♪」
俺が指摘すると、てへっと可愛らしく舌を出し、ウインクをしながらスッと腕を離してくれる棗さん。危なかった…俺が冷静でなければ手玉に取られるところだった…。
「…あんまりからかわないで下さいよ…俺は経験がないんですから…。それに俺だからいいですけど、俺以外にはしちゃダメですよ?」
「むーっ!お姉さんは秀君だからこうしてるの!他の人にはしないし、お姉さんだって経験がある訳じゃないわよ…?ほら、そろそろいつもみたいに本を選びに行きましょう?」
またこの人は…棗さんで経験がないなら、俺なんて一生無理じゃないか?…いや棗さんは人が居すぎて選べないだけか…俺と違って。
そうして席を立った俺たちは、各々本を探して図書館を歩き回る。その途中、田中さんが重そうな本をたくさん運んでいたので、俺が本の運搬で助けに入る事で田中さんに感謝された。
田中さんが戻ったその後に視線を感じ、その方向を見ると…そっちには少し離れた本棚の前で先輩が俺に背を向けて本を選んでいた。
(…?見られてたのか?まぁいいか………って!)
「…!きゃっ…!?」
「っ!?『
先輩が本を本棚から取った瞬間、本棚の上に積んであった本か落ちると共に本棚がぐらついた。このままだと棗さんが怪我をしてしまうと思った俺は、短時間の時間停止をして棗さんの後ろに辿り着いた後、棗さんを庇うようにして解除と共にグイッと棗さんを抱きしめるような形で前に回り込んだ。
ドサドサッ!
「いてて…棗さん大丈夫でした?」
「う、うん………あ、ありがと………秀君」
俺は棗さんに怪我がない事を確認した後に抱きしめるような形で庇った棗さんを離し、倒れて来た本棚を背中で押し戻す。するとプイッと棗さんは俺から顔を逸らしてしまった。…やっぱり彼氏役とはいえ俺に近づかれるのが嫌だったんだろうな…申し訳ない事をした。
それから倒れた時の音を聞きつけた田中さんが慌ててやって来たが、幸い本が本棚から散らばってしまった以外は、俺の頭に本が数冊ぶつかっただけなので問題はない。
「大丈夫かい!?棗ちゃん!秀人くん!…すまないねぇ…本をそのままにしてしまっていて…」
「いえ大丈夫ですよ、ちょっと頭に当たっただけなんで。それより本を拾うの手伝いますよ」
「わ、私も………手伝い…ます…………」
「ありがとうねぇ…じゃあ一緒にお願いできるかい?」
そう言って俺たちは散乱した本を拾い始めた。…ただその時に髪を耳にかけた棗さんの耳が赤くなっていたのは俺の気のせいだろうか…?
それにしても棗さんには揶揄われっぱなしだな、俺。
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