第25話 突然の提案

 先輩と本で語り合った次の日の昼、俺はいつもの様に一人中庭で菓子パンを齧っていた。本当なら自炊をしたりして弁当を準備した方が良いのだろうが、朝から弁当を作る気力はあいにく持ち合わせていない。


 俺がいつもの様に本を読みながらベンチで昼食を食べていると、見知った顔が中央棟の図書館から出てきた。

 しかしいつもの事なのだろうが…一条先輩の近くには、多くの男性がまとわりつく様に群がっていた。


『一条さんってやっぱり本をよく読むんだね、何かオススメとかあるかな?俺も本読んで見たくてさ』


「そうですか、では最初はあまり活字が多過ぎず、中身が短めのものからをお勧めしますよ?」


『一条さんこれからお昼でも一緒にどう?俺さっき読んでた本のこと興味あるなぁ』

『おい何どさくさに飯誘ってんだよ!一条さんこういう奴が多くて困るでしょ?何なら俺が男よけに一緒に食べようか?俺が一条さんを守ってあげるよ!』


「ありがとうございます。ですが申し訳ありません、本日は別件の用がありまして…またの機会ということで」


『そうなんだ…じゃあ今度はいつ空いてるかな?』


「うふふ…さぁ?いつでしょう」


 そうニッコリとお淑やかな笑顔でイケメン達の誘いを受け流している先輩。言葉だけで見ればハッキリと拒絶されているのだろうが、当の本人達は御構い無しに先輩との距離を詰めようと必死な様だ。…視線がチラチラと胸元に向いているから、俺から見ても下心が丸見えだが。


 困っている様であれば助け舟を出そうかとも思っていたが、あの様子なら俺が出る必要もなさそうだ。

 流石は一条先輩だな、今までの経験の豊富さでもう慣れているんだろう。


 俺がそう思い視線を本に戻そうとすると、先輩に向かって一人の小太りな男子生徒が近付いていった。


「こ、こんにちは棗たん……でゅふふ…きょ、今日もいい天気だねぇ???」


「はい、こんにちは毒島さん。そう…ですね?」


「でゅふ……そ、そうだ!棗たんはこれからお昼だよねぇ?それならぼ、僕と一緒にカフェに行かないかい?僕たちもだいぶ仲良く慣れたと思うし、いい機会じゃないかなぁ?」


「お気持ちは嬉しいのですが…これから予定が入っていまして…ごめんなさい」


「何だそんなことかい?簡単だよ!ぼ、僕の方の予定を優先してくれたらいい話だよぉ?…それにそろそろ僕の下の名前のサトシって呼んで欲しいなぁ?棗たん?でゅふっ…」


「いえ…棗たん呼びはちょっと困りますよ?毒島さん」


「おやおや恥ずかしがり屋さんなのかな?棗たんは…でゅふふっ」


 明らかに先輩は先ほどと変わり、表情が強張って対応に困っている様だ。先ほど『俺が一条さんを守ってやるよ!』なんて言っていたイケメンは、目の前の毒島という男のガタイにビビっているのか何も言わずに目を逸らしている。


(…はぁ仕方ないか)


 あの手の人間は流石の先輩でも慣れていなさそうなので、俺は持っていた本を閉じ、一条先輩の元へと歩いていく。


「あの〜すみません一条先輩、さっき教授が先輩の事を呼んでましたよ?急ぎみたいなので早く行った方がいいんじゃないですか?」


 実はこれはさっき聞いた本当の呼び出しだ。まぁ急ぎではなかったが…嘘も方便という奴だ。


「…っ!そ、そう言う事なので毒島さん、私はもう行かなければなりませんので…」


「えー!?…まぁ仕方ないか、わかったよ棗たん。また今度一緒に行こうね〜♡」


「え、えぇ…失礼しますね……?」


 そう言い残すと先輩はスッと毒島の前から移動し、毒島も了承されたと思ったのか、上機嫌で俺たちの前から去って行った。



 それから放課後、今日はバイトが無いので大学の旧図書館で俺は本を読んで暇を潰していた。この図書館はあと二時間ほどで閉まるのだが、俺が本の運搬や仕分けなんかを手伝っているためギリギリまで田中さんに「秀人くん達ならギリギリまで居てくれてもいいんだよ」と言って貰っている。


 しばらくするとガラガラっという音と共に一条先輩が図書館に入ってくる。


「あら後輩くん、お昼はありがとうね?助かったわ」


「あぁ…いえ気にしないでください、たまたま近くに居ただけですから。先輩の役に立てたなら何よりですよ」


「…ふーん?そうやって他の女の子もたらしこんでるんだぁ…?やり手だねぇ?女たらしくん?」


「そ、そんなんじゃ無いですって!俺彼女なんていたことありませんし…それにもうそれやめましょうよっ!」


 俺の反応を見ると一条先輩はいつもの様に俺をからかって、うふふと自然な笑みを浮かべている。先輩がこんな感じで自然体でいる所はこの場所でしか見たことがない様な気がする。勿論まだ出会って一年も経っていないから分からないが。


「うふふっ…やっぱりいつもの後輩くんと話していると落ち着くわ…。外だと色々悩み事もあってコミュニケーションも忙しいからね…これが無いと今日も乗り越えられなかったかもしれないわ?」


「それ俺が今年先輩の誕生日に贈った、ただの本の栞じゃ無いっすか。安物っすよ?そんなの」


「もう…分かってないわねぇ後輩くんは♪こういうのは気持ちが嬉しいのよ?安価高価関係なく…ね?」


 そう言って俺がプレゼントした、先輩の髪の色の様な星空色の栞を見ながら嬉しそうにしている一条先輩。そんなに喜んで貰えたなら贈った甲斐があったと言うものだ。


「えーっと…それで?悩み事があるんですか?俺でよかったら話くらいなら聞きますよ?」


 俺は少し恥ずかしくなったので、話を逸らそうと先輩に話を振ってみる。普段なら聞かなかったかもしれないが、何と無く聞いた方がいい気がしたのだ。


「うーんと…そうねぇ………」


 そう言うと一条先輩は栞をテーブルに置き、俺の前の席に座り左腕を胸の下にやって目をつぶりながら、顎に右手を胸の上から押さえ込む様に添えて考え事をしている。

 …その大きな胸元が強調される様なポーズは目のやり場に困るからやめて欲しい。


 そして暫く考えた後、急に先輩が俺の予想だにしていなかったことを言い始めた。


「ねぇ後輩君…――――私の彼氏になってくれないかしら?」

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