第24話 俺たちの関係性

 一条棗いちじょうなつめ先輩、ここ【聖央大学の天才】とも呼ばれている俺より一つ年上の先輩だ。


 俺と先輩が所属している文系の学部で、先輩のことを知らない人は居ないと断言できるほど先輩は優秀な人だ。それは先輩が一年生の頃からの様で、多くの大規模な学外コンテストで最優秀賞を受賞したりしているらしい…。


 そしてその能力だけにとどまらず、彼女がうちの大学で有名なのは他の要因が強い…と言うかその他の要因がキッカケと言っても過言ではないと言える。

 実際にその名声を知らない人でも先輩をみると、男女問わず皆口を揃えて「綺麗(だ)………」と言葉を漏らす。


 それもそのはず、今俺の前にいる一条先輩は絶世の美女という言葉では表現しきれないような…女神の如く整った美貌を持っているからだ。


 俺の目の前には、星空をそのまま髪にしたかの様な美しい黒髪を腰の上あたりまで伸ばし、陶器の様な美しくきめ細かで透き通った白い肌に小さな顔に長いまつげ…そして何よりその顔の大きさと反比例する様に、先輩の着ているニットを押し上げて主張している大きなモノ……いやそのことは気にしてはダメだ。


「ねぇ後輩君、今日は一体何を持ってきたの?ホリーポッターとかかしら?」


「違いますよ…それは先輩が今読んでるやつじゃないですか…普通に勉強ですよ。今日はこれからの講義で研究することと、テストの範囲で参考になる資料を読みに来たんです」


「そう、真面目なのね〜後輩君は」


「みんながみんな先輩みたいにハイスペックじゃないですからね、俺もちゃんと勉強しないとテストも余裕じゃいられないんですから」


「確かにね、ふふっ…そういえば後輩君と初めて会った時の点数って確か…にじゅ―――」


「ちょっ!?忘れてくださいよ!その点数!今はそんな点数取らないですから!…それよりちゃんと集中して読んで感想聞かせてくださいよ?俺はそれ読んだんですから」


 そう言って俺の前でまたクスクスと笑う先輩に、俺は恥ずかしくなりながらも睨みを効かせる。

 …確かに俺と先輩が出会った時の点数は今の俺から見ても酷いものだったからな…忘れられないのも無理はないか。


「うふふ、そうねごめんなさい。あまりに後輩君がいつも通りだったからつい…ね?」


「はぁ…勘弁してくださいよ。じゃあ今から俺は勉強するんで、ちゃんと本読んでてくださいよ」


「はーい、お姉さんは大人しく続きを読むことにしますよ〜」


 そういうと俺は本を開きながら、持参したノートとペンで勉強を始める。


 こうして一条先輩と机を挟んでいるとはいえ二人きりで過ごす……この事が俺たち一般生徒にとっては異常事態であることはお気付きだろう。


 きっかけは単純で、俺も先輩も本を読むことが好きだったが、一条先輩はその容姿の美しさから居るだけで人を集めてしまう。

 そのため先輩は静かに本を読める場所を探して居るうちにここにたどり着き、俺は中央棟の興味のある本を全て読んでしまったからこそ、ここにたどり着いたという訳だ。


 実際この図書館は人目につかない事もあり、俺たち以外の人はほとんどやって来ない。来ていたとしても教授や大学の関係者のみで、学生がいるところは俺は見たことがない。


 実はこの場所を見つけたのは俺の方が先なのだが、最初の方の先輩は俺の事を警戒マックスと言った感じで、こうして近くで本を読んだり言葉を交わす事もなかった。

 しかし数ヶ月経った頃、俺が本を読んでいると


『…君もそのシリーズを読んでいるのですね?』


 と先輩から声をかけられたのがきっかけだった。そのとき俺が読んでいたのは、芥川龍之介の『羅生門』で、話してみると先輩も芥川だけでなく幅広い様々なジャンルを読んでいるらしく、俺たちは本の話題で盛り上がったのが俺の一年の頃の夏だった。


 それから俺と先輩はこの図書館で話す様になり、時には作品の感想を言い合ったり勉強を教わったり、オススメの本を教え合うと言った関係になった。

 その過程でこの先輩は俺の事をからかう様な事も増えたが…まぁそれはいいか。それだけ先輩の気が休まっているって事だからな。


 なので俺としては先輩とは友人なんて大層な事は言えないが、共通の趣味で盛り上がれる先輩後輩の関係という方が正しいだろう。


「ふんふふふ〜ん♪」


 俺が勉強している今も先輩は鼻歌を歌いながら本を読んでいる。チラッと俺が様子を伺うと、楽しそうに微笑みながら本を読んでいる先輩が俺の目に飛び込んでくる。


(…やっぱすごい美人だよな、一条先輩。美涼や瀧川にも言える事だが…こうも容姿が整ってるとそれはそれで大変なんだろうな)


 たまに外でも一条先輩の事は見かけるが、だいたい10人ほどの人に囲まれながらいるところしか見た事がないので、こうして一人でゆっくり本を読むなんて事ができないんだろう。…俺はイケメンでも何でもないから、あまりそこの辺りはわからないが。








 それから俺は勉強を終え、改めて先輩の方を見ると…先輩はニコニコしながら俺の方を見ていた。


「後輩君、やっとお勉強が終わったのかな?」


「終わりましたよ、じゃあいつもの様に先輩の読んだ感想から教えてもらいましょうか?」


「えぇ!勿論よ♪じゃあ早速ココなのだけれど――――」


 そうしてウキウキ顔の先輩と俺はチャイムが鳴るまで、ホリーポッターの感想を言い合っていた。

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