【秋姫】編

第23話 学部の先輩

「はぁ…ねっむ……」


 瀧川が「一緒に帰りましょうよセンパイ!」とおかしなことを言い出した日の翌日、俺は朝から大学に来ていた。

 別に今日は朝から講義は取っていないが、ちょっと大学内の施設に用があったので少し早くに来ている。


 俺がまだ眠気の残った頭で大学内を歩いていると、いつものように友人たちと一緒にいた美涼が俺の視界に入る。


(お、美涼だ…こんな朝からアイツも忙しいな。…邪魔しちゃ悪いし気付かれる前に移動を…)


 と、そんなことを考えていると…こっちに歩いて来ていた美涼とバッチリ目が合ってしまった。

 すると美涼は友人達に何かを話すと、俺の方に走ってやって来た。


「おはよう秀人♪今日は早いんだね?朝から何かあるの?」


「おう、おはよう美涼。今日はちょっと図書館で調べ物でもしようかなって思っててさ」


「そうなんだ……ね、ねぇ秀人?それに私もついて行っても…いいかな?」


「俺は別にいいけど…友達は大丈夫なのか?」


 そう俺が美涼の後ろに立っていた子達をみると、何故か俺たちを見てニヤニヤとしていた。そしてそんな友達を見た美涼が何故か顔を赤らめ、ブンブンと腕を振っていた。


「い、いいの!今から解散するところだったから!ほら行こ?」


「お、おう…それじゃああっちn「センパーーーイ!おはようございまーす!!!」ぐえっ!?」


 美涼が俺の袖を引き、俺たちが歩き出そうとすると俺の後ろから誰かが突撃して来た。…まぁ誰かなんて俺を先輩なんて呼んで慕う奴なんて一人しかいないんだが。


「何すんだ瀧川……俺の腰がイカれるだろうが…」


「えへへ〜ごめんなさ〜い!お詫びに私の事を奈緒って呼んでもいいですよ?寧ろ呼びましょうよセンパイ!ね?」


「呼ばん!ってかお前何の用だよ?大学で話しかけて来るなんて初めてだろ?」


「ぶーっ!ケチですねセンパイ!可愛い可愛い後輩に向かってその態度は厳しく無いですかぁ?用がないと話しかけちゃダメなんですかぁ?」


 そう言いながら俺の後ろからぴょこっと可愛らしく整った顔を覗かせ、ふわっと女の子特有の良い匂いをさせながら身体を密着させて来る瀧川。なんかこいつ最近キャラがブレてないか?


「ふーんふふふーん♪……あれ?なんだかセンパイ体が冷た………ん?」


 そんなことをするものだから瀧川と美涼の視線が俺を挟んでバチっと合ってしまう。


「…秀人?この子は?見た感じ後輩ちゃんみたいだけど…」


「えっとな…コイツh「秀人?ちょーっと私のセンパイに馴れ馴れしくないですかぁ?貴女はセンパイのなんなんですか?」…話させてくんない?」


「私?私は秀人がちっちゃい頃からずっと一緒にいる幼馴染の宮藤美涼よ?幼馴染の!」


「そうですか、これはご丁寧にありがとうございます。の宮藤さん!私はセンパイが大切に可愛がっている後輩の瀧川奈緒って言います〜!センパイとはバイト先で支え合うパートナーですよっ。…まぁ?にはわからないかもしれないですけどねぇ?」


「「ぐぬぬぬぬっ!」」


 うんコイツら俺の話聞いてないな…それになんなんだ?この二人の気迫は……なんかここにいてはいけない気がしてきたぞ?


 俺がそう思い、周囲を見渡すと沢山の視線に晒されていることに気がつき、ヒソヒソと声が聞こえて来る。


『お、おい…あれって宮藤さんと瀧川さんだよな?四季姫の…』

『あ、あぁ…一体こんなとこで何やってんだ?』

『あの真ん中の男誰だよ!あんなに二人とくっついて………滅多刺しにしてやろうか』


 …なんだか全身が今より冷えるような感覚がして、今すぐここから離れたい気持ちになってきたなぁ……


 今こうして俺が現実逃避している間にも二人は白熱しており、俺はそんなやりとりを見て何故だかわからないが冷や汗が出て来る。


「秀人(センパイ)っ!!!この子(人)とどういう関係なのよ(なんですか)!?」


「い、いやどういう関係って言われても……………すまん!また説明するから!」


「あ!ちょっと待ってよ秀人!」


「そうですよ!今説明してくださいセンパイ!!!」


 俺は二人の目が怖くなり、一目散に駆け出してしまった。正直そのまま説明したらよかったのだろうが、時間も限られているため俺は振り返る事なく図書館へと向かった。



 うちの大学には二つの図書館が存在している。一つは中央棟にある大図書館、もう一つは大学の端にある旧図書館だ。

 旧といっても今現在全く使われていないわけではなく、新しい本が入りきらなくなった為に中央棟に新たな図書館ができたという訳だ。

 なので今も年配の司書さんが旧図書館を管理している。


 実は俺はよく本を読む。なので一年の頃に大図書館の本はあらかた読んでしまった。とある事情で読むペースが遅れてしまったのだが、まぁ誤差の範囲だ。


 俺は目的地にたどり着き、ガラガラっと重くて古くなった扉を開けて図書館の中に入る。


「おやまぁ…今日も来たのかい秀人くん」


「はい!おはようございます!田中さん!」


「ふぇっふぇっふぇ…秀人くんはいつも朝から元気じゃのぉ…今日も勉強かえ?」


「そんな感じです、じゃあ失礼しますね」


「あぁ、君としかいないから気にせんでええぞい」


 そう言ってここの司書の田中のお婆さんはニコニコしながら俺を見送ってくれる。

 そして俺が適当な本を数冊見繕い、いつものお決まりの席に向かうと…俺の視線の先には、とある人物が窓から吹く風に長い髪を揺られながら本を読んでいた。


 しばらく本に向いていた視線がゆっくりと俺の方に向き、ニコッとしながら長い髪を耳にかけ、その人物は俺に話しかけて来る。


「あっ、女たらし君だ〜」


「…その不名誉な呼び方やめてくれません?というかいっつも情報早いっすね先輩」


「まーあーね?お姉さんはこう見えて情報通なのだよ後輩君!びっくりしたでしょ?」


 そう言って手元のスマホをチラチラと俺に見せて来る先輩。


「いや知ってますよ…知り合ってから何ヶ月経ったと思ってるんですか…」


「もう!そこはノリよく『知らなかった…!』って言うとこだよ〜?今日のあだ名は女たらし君?」


「それ事実無根っすよ…?非モテの俺にたらしもクソもないんですから…一条先輩」


「うふふっ…ゴメンね?いつもの鉄板ネタに付き合ってくれる後輩君が面白くって」


 そう言って口元に手を当てながら上品な笑顔を俺に向けて来る先輩……一条棗いちじょうなつめ先輩は先ほどまで読んでいた本を閉じてクスクスと笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る