第22話 頼りになる私だけが知っているセンパイ side:瀧川奈緒
「奈緒〜?そろそろバイトの時間でしょう?早く準備しなさい?」
「はーい!もうすぐ行くよ〜!」
私はママにそう言って、バイトに行く前に軽く化粧をして身支度を整える。
借金の返済日から10日ほど経ち、全額返済した日から私の家は元の生活を取り戻した。ママや友達と化粧品や服を買ったり、遊びに行ったりとここ最近まで出来なかった事を埋めるように楽しんだりして………バイトをお休みしていた期間で身も心もリフレッシュすることが出来たと思う。
あの日の事はあまり記憶に残っていない。私は借金が払えなくて代わりに連れ去られそうになっていたと思ったら、気が付くとソファーのクッションを抱きかかえながら眠っていたみたい。
後からパパに話を聞くと、パパもよくわからないけれど一千万円の貯金通帳があったみたいで、それで全額返済したって話をしてた。
そんなに都合のいい事があるのかな?と考えながら私は「いってきまーす!」と家を出てバイト先の居酒屋に歩いて向かう。
『お、おい…あの子メチャクチャ可愛くね!?』
『超美少女じゃん…芸能人とかか?あんな可愛い子見た事ねーけど…』
私が駅の近くを歩いていると、私を見ながらそんな声がチラホラと聞こえてくる。
私は自分の容姿が恵まれている事は自覚している。実際二週間前くらいまで血色の良くなかった顔は健康的な見た目に戻り、可愛い私に戻れたと思う。
(これもセンパイに相談したからかな…なんて………?何で最近こんなに先輩のことを考えているんだろう…私…)
実際にセンパイに話して気が楽になった事は事実だけど、それにしては最近私の頭の中でセンパイのことを考えている時間が多い気がする。
この前も友達と服を買いに行った時もメンズの服を見てセンパイに似合いそうだなとか、お昼を食べていたらたまにセンパイが作ってくれる賄いが美味しかったな…とかの考えが巡る事が多い。
「…いけないいけない。今から久しぶりのバイトなんだから気合い入れないと!」
そう言って私は頬を叩いて気合いを入れ直し、お店の裏口からバックヤードに入る。
するとバックヤードに店長が立っていた。
「あぁ瀧川さん!お疲れ様、どう?体調は良くなったかな?」
「はい店長、お陰様ですっかり良くなりました!それと…ご心配をおかけしました」
「いやいやこっちこそごめんね…?瀧川さんの体調面を蔑ろにしてたよ…」
「いえいえ……えっと…永井センパイは?」
「あー永井くんね、今丁度キッチンに入って貰ってるよ。…っと、ごめん!これから僕は別の所で仕事があってね…とりあえず暫く永井くんにお店を任せるから、瀧川さんも無理しないようにね!」
そう私に言い残して店長はお店を出て行ってしまった。
「センパイはもうキッチンで働いてるのかぁ……私もバイト頑張ろうかな」
そう言って私も支度を整え、ホールに向かった。
◇
「ありがとうございました〜!またのご来店をお待ちしてます!」
あれから数時間経ち、すっかり夜も更けてきた時間帯になり、そろそろ私の勤務時間が終わる時間になっていた。
残念ながら今日は一度も永井センパイと顔を合わせる事ができていないけど…いつも通りならセンパイもそろそろ退勤する時間のはずだ。
私は時間になったので「お先でーす!」と言ってからバックヤードに戻ると、丁度センパイもバイトが終わったみたいで、少し汗をかいたセンパイが椅子に座っていた。
「あっ!センパイ!お疲れ様です☆」
「お、おぉ…お疲れ瀧川…。…元気になったみたいだな?」
いつものメンドくさそうな顔ではなく、どもりながらも何か心配そうに様子を伺うような態度でセンパイが応えてくれる。
「ハイっ!すっかり元気になりましたよ〜?やっぱりみんなのアイドルの奈緒ちゃんには元気がないとですからね!」
「…そうか、なら良いんだ。…本当に良かった。また何かあったら頼れよ」
そう私を眩しいものを見るかの様に目を細めたセンパイは、私の横を通り過ぎて更衣室に向かおうとする。
すると私の心の奥が何かザワザワと揺れる様に騒ぎ出し、何かが私の耳に聞こえてくる。
『…これで良しっと。にしても綺麗な髪だよなぁ…なんつーか男の俺じゃ絶対出せない様な艶があるっつーか…ずっと触ってたくなる感触だな』
『…まぁ良かったな瀧川、借金が無くなってよ。これでお前も過労で倒れるような事も今後なくなるし、バイトも大学もやめなくて良くなったな。これからも俺の横で助けてくれよ?俺一人じゃ上手く店回せねえんだから。
…それにしんどい時は休め、しんどいって言え。皆が皆 完璧で明るいお前を求めてる訳じゃねーんだからよ、困ってたら先輩としてできる事なら助けてやっから。…まぁ今何言っても聞こえてねーか』
(…え?何…?これ………なんでセンパイは喋ってないのにセンパイの声が…?)
私はその声が聞こえた瞬間「センパイっ!」と何故か永井センパイを呼び止め、手を伸ばしていた。
「ん?どうした?瀧川。お前もあがるんだろ?早く着替えて来いよ」
そう言ってまた歩き出したセンパイに私は慌てて後を追いかける。なぜそんなことをしたのかは分からないけど…今ここで何かをしないといけないと心の中の私が叫んでいる。
「セ、センパイっ!待って…きゃっ…!」
「……っぶねぇ…足下気をつけろよ?怪我するぞ?」
「すみませんセンパ…………っ!?」
私は急に走り出したからか足がもつれてしまい、そのままセンパイの身体に抱きつくような体勢になってしまった。
そして私が身体を起こそうとすると、センパイの胸元で吸い込んだセンパイの匂いで急に記憶がバッと広がって行く。
そこで私はセンパイが何をして私を………私たち家族を助けてくれたのかを全て思い出した。
「……………」
「お、おい?た、瀧川?どうしたんだ?…なんで放すどころかギュッてしてんだ?」
私は思い出した瞬間、センパイを放したくないという感情に支配されてしまい…ついついギュッと力を入れて抱きしめてしまう。
(そうだったんだ………センパイが私を………それでここ最近あったセンパイへの気持ちはそういう事だったんだ…)
私は芽生えた気持ちを自覚し、赤くなった顔のままセンパイと目を合わせる。
「…センパイ、本当にありがとうございました。センパイがいなかったら今頃私は…」
「あ、あぁ…気にすんな?次からは気をつけろよ?」
「はい…。…センパイ?これからも奈緒のこと…助けてくださいね…?」
「――――っ!?ふ、ふざけてないでさっさと着替えて来い!俺も着替えるから!」
私はその潤んだ瞳のまま身体をさらに密着させると、センパイは顔を赤くして私を置いて更衣室に入ってしまった。…もう少しくっついていたかったな………。
(センパイ…あんなに頼りになるところを隠しているなんて………ズルいですよ……キュンキュンするじゃないですか…)
私は初めて異性に抱いた感情を、頑張って抑えながらセンパイが入った男子更衣室をみる。それだけで私の顔は赤くなり、ドキドキと胸が鼓動を早める。
私だけが知っているセンパイの頼りになるところ…これからも色々と私だけに見せてくださいね?
大好きです、永井秀人センパイ…♡
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