第21話 知らなかった能力と謎の声

「セン…パイ……ひっく………私…ずっと怖くて………」


 俺がふと我に帰り瀧川一家がいた方向を向くと、俺の胸に勢いよく涙目の瀧川が突っ込んで来た。

 

「た、瀧川!?なんで抱きしめて…っ!?」


 俺の胸に突っ込んできた瀧川は背中の方に腕を回し、ギュッと強めに俺の体を抱きしめ、すすり泣きながらしがみついている。

 当然瀧川よりも頭一つ分ほど身長の高い俺に対してそれほど密着してしまうと、瀧川の豊満な胸部が俺の腹でムニュっと柔らかく形を変えてしまっている。


「奈緒と一緒にいる…君は一体……?」


 突然俺の体に引っ付いてきた瀧川にアワアワとしていると、先ほどまで呆然としていた瀧川の親父さんが俺を見て不思議そうにしている。


「(やべぇ!『時間停止ストップ』!)」


 俺は咄嗟に心の中で時間停止を唱え、周囲の時間を停止させてから瀧川の拘束を抜け出す。

 …少し胸の感触が惜しいと思ってしまった俺もやはり男なんだなと思いながら、瀧川のご両親の記憶を操作していく。






「………はぁ…はぁ…やっぱりこれちょっと使うだけでも頭痛くなるし、使い勝手も悪いんだよな…使い慣れてないだけかもしれないけどさぁ…」


 そう俺は一人灰色の世界で、ご両親の記憶を操作してから呟く。

 ご両親には今回の借金は、瀧川家に残されていた遺産で返済したという風に少しだけ変える事で済ませる事にした。


 流石に全部をなかった事にするには記憶が戻ってしまうリスクが高すぎるので、事実の中に嘘を混ぜるという小規模の変化にとどめた。

 もちろん俺の存在は全部消させて貰ったが。


「…さて、問題はこっちなんだよな…どうするか……」


 俺は再び瀧川奈緒の方を見る。今さっき俺が居た場所にはソファーに置いてあった大きめのクッションを抱かせている。

 コイツはさっき俺の事を認識した上で抱きついて来ていた。という事はご両親より俺に関する記憶を消すことが困難だという事だ。


 「仕方ない」と頭痛に対して覚悟を決めた俺は、頭が痛む覚悟で瀧川の記憶の削除をする事にした。




 ここで記憶操作に関してなのだが…実はそこまで万能なものではない。


 なぜかというと、確かに深く意識を向けると他人の記憶を覗いたりいじったりする事はできる。

 しかしそれをすると頭が割れそうになるほどの痛みと、鼻血や咳と言った体調不良のオンパレードに襲われてしまう。前回がまさにその症状だった。


 だからこそ俺は、あれからあまり深く意識を向けないように記憶をいじる事で、自身へのダメージを軽減させながらも良い塩梅で記憶操作をしている。

 だがこうすると記憶操作の効きが悪いようで、現に美涼は俺が施した記憶操作が効いていないような言動をしていた。


 だからこそ今回は完全に消去する為に瀧川の記憶の奥に入ろうとしたのだが…何やら記憶にはプロテクトがかかっているかの様に見れないものが大半だった。


 実はこの現象はあのクソどもの時にもあった。

 これは俺個人の考えではあるのだが、自分が知らなかったり…不要であったり…関係の無い記憶は見ることが出来ないのかもしれない。


「―――これで良しっと…頭いてぇ……まぁいいか、無事に終わったしな」


 そう言って俺に関する記憶を全て消し終わった俺は、最後に瀧川の正面に立つと、瀧川の髪を縛っている今にも切れそうなヘアゴムが目に入った。


「…そういえばこれ返してなかったな。もう借金もないし、こんなのじゃなくてもっと良いヘアゴムとかも買えるだろうから…こんな安物は要らないとは思うけどな」


 そう言いながら、俺がちょっと前にプレゼントしたヘアゴムで瀧川の髪を結び直してやる。こういうのは昔美涼の髪を結んでやってた事もあって手慣れたものだ。


「…これで良しっと。にしても綺麗な髪だよなぁ…なんつーか男の俺じゃ絶対出せない様な艶があるっつーか…ずっと触ってたくなる感触だな」


 俺がそう言いながら瀧川の天使の輪が浮かんでいる髪をサラサラと触っておく。…こんなの普段やったら即逮捕ものだから、いけない事をしてる感が半端ないが…


「…まぁ良かったな瀧川、借金が無くなってよ。これでお前も過労で倒れるような事も今後なくなるし、バイトも大学もやめなくて良くなったな。これからも俺の横で助けてくれよ?俺一人じゃ上手く店回せねえんだから。


 …それにしんどい時は休め、しんどいって言え。皆が皆 完璧で明るいお前を求めてる訳じゃねーんだからよ、困ってたら先輩としてできる事なら助けてやっから」


 「まぁ今何言っても聞こえてねーか」と独り言をこぼしながら俺は瀧川家を後にしてから能力を解除する。


 一見すると俺は今回の件で何も得をしていない様に見えるだろうが…俺としては瀧川が無事で且つ、今まで通りその持ち前の明るさと手際の良さでバイトを助けてくれるというだけで、個人的には一千万円の価値がある。


 さっきあのおっさんにも言ったが、瀧川の事を助けてやりたいという気持ちと、瀧川がバイトの時に俺の横からいなくなられると困るという、大半は俺の個人的な感情によるものだ。

 それに元々あの金もあってなかった様なもんだったし…良いチカラとお金の使い方をしたと個人的には思っている。


『……らん!……………にしか………を使わ……!』


「ん?なんか聞こえたか?」


 周囲に耳を澄ませるが、特に何も聞こえて来ない。

 遂に幻聴すら聞こえるようになってしまったのかと思いながら、俺は痛む頭とやはり出る咳と鼻血を抑えながら家に帰ることにした。











 この時俺はという事を知らなかったからこそ、今回瀧川の前で言った俺の独り言がきっかけとなり…今後の生活で周囲から刺す様な視線と、二人の美少女にしばらく悩まされることになるのは少し先の話…。

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