第15話 過労
「ありがとうございました〜!いらっしゃいませ〜!4名様ですか?こちらにどうぞ!」
休憩を早めに切り上げた俺がホールに戻ると、先ほどの顔を見せない様な屈託のない笑顔で接客をしている瀧川がいた。
「今日も可愛いねーみおちゃん!ヒック…みおちゃん目当てでおじさん帰りにここ通ってるからね〜ヒック…」
「も〜おじさん大丈夫ですかぁ?それに私の名前は奈緒ですよ〜?」
接客途中に酔っ払いのおじさんに絡まれても軽くあしらっている様子から、裏のことを知っていなければ瀧川が疲れ切っていることなんて誰にも分からないだろう。
「おーいお姉ちゃん!こっちに…」
「ご注文承ります」
「お、おお…じゃあとりあえず生二つと…砂肝と焼き鳥と後枝豆で」
「かしこまりました。生がお二つ、砂肝がお一つ、焼き鳥がお一つ、枝豆がお一つでよろしいでしょうか?」
俺は積極的に瀧川に振られそうな仕事を先回りして消化していく。普段の瀧川なら捌けるだろうが、今の瀧川では難しいだろう。
それにただでさえアイツは美人だからこそ、良くも悪くも多くの人の目を惹きつける。積極的に潰していかないと今以上に負担が掛かっちまうからな。
(アイツに倒れられると俺も店も困るんだよ…)
俺の方が先輩だからよく俺が瀧川の上の立場だと思っている人は少なくない。
しかし実際は俺と瀧川にバイト能力の差は誤差程度しかなく、情けない事に容姿や客からの人気度合いも足すと先輩の俺よりアイツの方が仕事ができると言っても過言では無い。
「うおっ!?冷たっ!」
「す、すみません!大丈夫ですか!?」
「大丈夫大丈夫、ちょっと服にかかったくらいだから!気にしないで奈緒ちゃん」
「申し訳ございません!今拭くものをお持ちしますね!」
瀧川の方を見ると常連さんのお冷やをこぼしてしまった様だ。俺が布巾を持って行こうとするが「兄ちゃん!注文いいかな!」と呼び止められてしまい、対処が間に合わない。
他のバイトの子もいっぱいいっぱいの様でみんなに余裕がないのがわかる。店長もキッチンの方で忙しそうだ。
そのまま約1時間後…お客さんが落ち着いてきたタイミングで瀧川の身に恐れていた事が起きてしまった。
「お待たせしました、こちらご注文の熱燗と生ビールで……………」
瀧川がお客さんのテーブルに商品を置いた瞬間そこで瀧川の足がふらついたと思ったら、突然意識が途切れた様に目を閉じてその場で瀧川の身体が崩れ落ちていく。
(やべぇ!!!『
俺は咄嗟に自分の力を使い、灰色になった世界で瀧川の体を支えてから解除する。幸い瀧川の近くに俺がいたので、他の人にはバレていないだろう。
「瀧川さん!?瀧川さん!しっかり!!!」
「大丈夫です店長。それよりも一旦奥に瀧川を連れて行きます」
「そ、そうだね頼むよ永井くん!」
瀧川が倒れそうになったことで店内はざわつき始めたが、そんなことを気にしていられない俺は瀧川と連れて裏に引っ込んだ。
◇
「………うぅ…ここは…?センパイ…?」
「気が付いたか瀧川。体は大丈夫か?」
「えっと私……」
「お前倒れたんだよ急に」
30分後、気が付いた瀧川は俺に事情を聞くと顔を青ざめさせ、俺に謝罪をしてくる。
…本当にらしくない。以前のコイツなら体調管理はバッチリだったし、倒れるまで無茶して働く様な奴じゃなかった筈だ。
その証拠に今まで心配そうな顔をしていなかった他のバイトの子達も、瀧川に対して心配そうに様子を見にきていた。
すると休憩室に店長が入ってくる。
「す、すみません!店長!ご迷惑をおかけしてしまい…!」
「いいんだよ瀧川さん。それにこちらが謝らないといけないね…忙しさのあまり連勤の瀧川さんに頼り切ってしまっていた…僕のミスだ。本当に申し訳ない!……恐らく過労だろう、今日はこのまま帰ってしっかり休みなさい。病院代もうちで出すから…永井くん、瀧川さんのお家まで送ってあげてくれないかな?」
「瀧川が良いなら喜んで」
「どうかな?瀧川さん?」
店長が優しく瀧川に問うと、瀧川は申し訳なさそうな顔をしながら小さく頷いた。
「じゃあ永井くんあとは任せるよ。今後の諸々の問題は僕の方でやるし、二人の残り時間分の給料も割り増しでつけておくから」
そう店長は言い残して去って行き、俺は瀧川に話しかける。
「大丈夫か?立てそうか?」
「はい…なんとか…」
「取り敢えず着替えて来いよ。そっから家まで送ってくから」
「はい…すみませんセンパイ…」
体を起こした後トボトボと更衣室に向かう瀧川を見送り、近くで瀧川が出てくるまで待ってから俺たちは店を出る。
幸いなことに瀧川の家はここからそう遠くない所らしく、俺たちは肩を並べてゆっくりと道路を歩いて行く。
「…なぁ瀧川」
「なんですか?センパイ…」
さっきの取り繕った時とは打って変わって、弱々しい声で俺に言葉を返してくる瀧川。それだけ疲弊していたんだろう。
「言いたくないなら無理には聞かない。けどな、ぶっ倒れるまで働いてたら俺だって心配するし…いや俺だけじゃないな。他のバイトの人や店長だって心配する、だからそんなに無茶はせずに周りを頼れよ。お前にはそばにいろんな人が居るんだからな」
「…はい」
それから瀧川との間に会話は無く、10分ほどで瀧川の家に着く。
「…ここですセンパイ。送っていただいてありがとうございました」
「あぁ気にすんな。今日はゆっくり休めよ?じゃお休み」
「はいお休みなさい」
ペコっと頭を下げた後家の中に入って行く瀧川を見届けた後、俺も家に帰ることにした。
しかし俺には瀧川の家を遠くから見たときに去っていった高級車が頭から離れなかった。
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