【夏姫】編

第13話 バイト先の後輩

「あー!やっと週末じゃー!!!」


 美涼の事があった次の日の土曜日、俺は昼のベッドの上でゴロゴロしながら漫画を読んでいる。

 昨日あった頭痛はすっかり鳴りを潜め、いつもの体調に戻っていた。


「やっぱツーピースは最高だな〜……って何だ?電話?」


 俺がゴロゴロしていると、俺のスマホに着信が入ったので電話に出る。…まぁいつものだろうけど。


「お疲れ様です店長、永井ですけど…どうしました?」


『良かった〜永井くんが出てくれて…永井くんこの後バイトに来れたりするかな…?』


「あ〜…またシフトに穴空いたんすか?」


『そうなんだよ!急にバイトの子が体調不良になっちゃって…お給料弾むから!お願いだよ永井くん!瀧川さんと数人だけじゃ週末回せないんだよ〜!』


「………わかりました。夕方からでいいっすか?流石に今すぐは無理ですよ?家なんで」


『ありがとう〜!永井くんが来てくれるなら何とかなりそうだよ〜!大丈夫!17時位に来てくれたらいいから!お願いね!』


 そう言うと店長は電話を切り、俺の部屋に静寂が訪れる。


「…準備すっか」


 現在の時刻は15時半、ここから街の方に出て準備する事を考えると…余裕を持って家を出たい。


「…それにアイツが出てるなら早めに行ってやった方が良いよな」


 俺は後輩の顔を思い浮かべながら支度を整え、家を出た。



 家から街に最寄駅から電車で出て約20分、隣町の駅近くの居酒屋。そこが俺のバイト先だ。駅が近いこともあり常にお客さんで賑わっている店だが、それ以外にも理由がある。


「おっ!永井センパイお疲れ様です☆…あれ?センパイ今日シフト入ってましたっけ?」


「あぁお疲れ瀧川、いつものだよ…店長からの呼び出し」


「あ〜……いつものですか…大変ですねセンパイも。店長は今キッチンです」


「了解、着替えてくるわ」


「はい!行ってらっしゃいセンパイ!」


 俺がバックヤードに入ると休憩中であろうギャルの後輩、瀧川たきがわ奈緒なおが俺に挨拶をしてくる。


 瀧川奈緒、俺のバイト先と大学の後輩で、うちのバイト先でも生粋のポジティブコミュ力モンスターだ。


 どんな人にも人見知りしない性格で明るく周囲を照らすような笑顔から、大学では【聖央の夏姫】なんて呼ばれて1年の中に限らず熱狂的な人気があるらしい。まぁ大学では瀧川と関わりがないからよく知らないが。


 勿論【聖央の春姫】美涼に並んで夏姫なんて呼ばれるくらいなので容姿は俺から見ても抜群に可愛い。

 赤みがかった長い茶髪を後ろでくくってポニーテールにし、メイクもあまりしていないのにパッチリとした二重で大きな目に小さな顔。それに加えアイドルのようなスタイルの良さからこの居酒屋の看板娘になりつつある。


 その可愛い顔から放たれる癒しのスマイルはお客さんや同じバイトメンバーにも元気を与えている。正直アイドルとかをやった方が良いと思うんだが…。


 そんな瀧川に告白する客やバイトも絶えないが、全員断られているらしい。

 しかしそれでも逆恨みが起きないのは、偏に瀧川の人柄ゆえだろうな。


「なぁ瀧川…最近お前何日連続で働いてるんだ?」


 制服に着替えて戻って来た俺が椅子に座っている瀧川に話しかける。


「え?…そうですね……14連勤くらいですかね?店長には無理言ってそれくらいです!」


「お前な…一生懸命働くのも良いけど、休むことも仕事のうちだぞ?明日くらいには休めよ?」


「分かってますって〜センパイもママと一緒の事言うんですから〜も〜!ちゃんとセンパイから貰ったヘアゴム着けて休憩しながら働いてるんですから、ちょっとは大目に見てくださいよ〜!奈緒にはお金が必要なんです!」


 そう言いながら椅子を立ち、プンプンと頬を膨らませながら俺の近くに来る瀧川。俺の方が身長が高いから見上げられる構図になって……不覚にも可愛いと思ってしまった…。


「すんすん……センパイって何だかいい匂いしますよね…?何か香水でもつけてるんですか?」


「な訳ないだろ?何もつけてないよ。てか前に瀧川が使ってたヘアゴムはボロボロだったからな…それはそうと何で金がそんなに必要なんだ?」


「…女の子は色々と出費が嵩むんですよ!ほらセンパイ!さっさとホール行きますよ!奈緒ももう休憩時間終わりますし、一緒に行きましょ!」


 俺が瀧川に質問するとそれとなくはぐらかされたような…?


 そう思っていると先を歩く瀧川の制服ポケットから俺のあげたもう一つのヘアゴムが落ちる。


(アイツ落としてんじゃねぇか…まぁ拾って渡してやるか)


 俺はそのヘアゴムを拾おうと屈んでからヘアゴムに触れる。


「うぐっ!?」


 次の瞬間俺の頭に痛みが走る。



『瀧川さん!?瀧川さん!しっかり!!!』


『うぅ………』


『はい駅前の居酒屋で女の子が急に倒れて…そうです!救急車を!』



「っは………。今の…美涼の時と一緒の……未来視…!?」


 ヘアゴムに触れた瞬間、俺の頭の中には店の中で倒れる瀧川。外傷はなかったが…


「みんなー!夕方からも忙しくなるからね!奈緒と一緒にがんばろー!」


「「「「「おー!!!」」」」」


 …これは暫く瀧川から目を離さない方が良さそうだ。

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