第5話 観察と不穏
「はぁ…なんで朝からこんなに疲れないといけないんだよ」
あの後俺たちは何事も無かったかのように別々の車両に乗り、現在は大学の大講義室で机に突っ伏している。しかし周囲の人間はそんな俺のことは気にも止めず、授業の用意をしていたり友人たちと会話に勤しんでいる。
そう俺はぼっちなのだ。大学でも人見知りを発揮し、あまり人と関わらずにいるといつの間にか一人でいることが当たり前になってしまった。
「よう永井!今日も朝から生気の無い顔してんなぁ!」
「…まぁな。朝からそのテンションなのがおかしいんだよ三枝…」
「そうかぁ?朝から元気出していかないと損だぞ?」
そう朝から元気一杯なテンションで話しかけて来た変人は
見た目はそこそこのイケメンで、快活そうな風貌をしている。実際話してみると面白い奴なのだが…
「くぅ〜!にしても今日も可愛いなぁ〜美涼ちゃん!流石【聖央の四季姫】の一人だよなぁ〜見てるだけで癒されるぜっ!付き合えるなら付き合いてぇ〜!」
「またそれかよ…そんなに気になるなら話に行けばいいのに」
…この通り女の子の事になると一気にだらしない顔になり、欲望が丸出しになる。この欲望丸出しな点が女子達からは引かれており、俺と合わせて学部内では近寄らない距離ができている感じがひしひしと伝わって来る。
今も三枝は鼻の下を伸ばしながら美涼を見ている。しかしコイツが口だけなのを俺は知っているので、特に気にする事なく俺も美涼の方を見る。
美涼が座っている席の周辺にはちょっとした人だかりが出来ており、友人達を巻き込んで周囲と雑談をしているようだ。中には男の学生も混じっており、明らかに美涼に対しての好意が滲み出ている。
しかしそんな学生達を今朝一緒にいた女友達がさり気なく牽制して、距離を保っているようだ。
そんな美涼だったが、友人から何かを伝えられたのか急に焦り出し、執拗に髪を触って何かを確認している。
少しおかしな動きをしているが、あの様子なら俺が見た幻覚が現実であったとしてもわざわざ心配する必要はなさそうだが…杞憂であるならそれに越した事はないからな。
「………」
ん?今一瞬美涼と目が合った気がしたが…気のせいだよな。
「そんな事言いつつ永井も美涼ちゃんのこと見てんじゃねえか!男だもんな!」
「そんなんじゃねえって…って…ん?誰だ?あの人」
そのまま遠くから美涼を三枝と観察していると、教室の扉を開けて一人のイケメンが中に入って来て、美涼の元へ一直線に向かっていく。
「なんだよお前しらねぇの?…まぁいっつもこの時間寝てるもんなお前…確か三年の三谷先輩だよ…毎朝ああやって会いに来てて美涼さんとカップルって噂のイケメンだよクソが」
最後の方は個人的な私怨が籠ってた気がするが…というか美涼には年上の彼氏がいたのか…これなら確実に俺が心配しなくても大丈夫そうだな。
また美涼の方に視線を移すと、先ほどよりも明るい顔をした美涼が三谷先輩と二人で何か話し込んでいる。友人達がそれを止めようとしていないところをみると、三枝が言っている事もあながち間違いではないのかもしれない。
俺は講義が始まる前にお手洗いを済ませようとして立ち上がり、美涼の近くを通りかかる。
「おはようございます三谷先輩…今日はどうしたんですか?」
「あぁおはよう美涼君、今日は美涼君の授業終わりの予定を聞こうと思ってね。ほら明日は休みだし授業終わりに何処かに行かないかい?」
「とっても嬉しいお話なんですけど…私の大事にしていたものを落としてしまったかもしれなくて…それを探したいんです…」
「……そうなのか…なら俺も一緒に探そう。とにかく今日の講義が終わったら迎えにくるよ」
「いいんですか?ありがとうございます!やっぱり先輩は優しいんですね!」
「……いやいやコレくらい当然のことさ」
(けっ…これがリア充の会話かよ…)
俺は恋する乙女のような顔をした美涼と、爽やかなイケメンフェイスをしている先輩とのそんな会話を横目に一人お手洗いに向かう。
…しかし幻覚で見た呼び方が少し似ていることが気になったが……やはり気のせいかもしれない。こんなにお似合いな二人があんな事になるとは思えないし。
◇
「…トイレに来たはいいけど、よく考えたらそんなに催してないな…」
そんな独り言をつぶやきながら俺はトイレの個室に入っている。ここのトイレは少し大講義室から離れている方のトイレで人通りが少ないため、一人が好きな俺は好んで利用しているトイレだ。
俺がトイレから出ようとすると誰かがトイレに入ってきた為、俺は出るのをやめて息を殺した。
「三谷先輩、いよいよ今日っすね。やっとこの日が来たんすか!」
「あぁ…ここまで来るのは長かったぜ…ポヤポヤしてるようで妙にガードが硬かったからなぁ…優しい先輩を演じて周囲からの信用を勝ち取るのは面倒だったぜ…クソ女が!俺に誘われたら大人しく従ってりゃいいのによ!!!」
「まぁ落ち着いてくださいや三谷さん。今日攫ってヤっちまうんでしょう?」
「あぁ…もう優しい先輩は疲れたからなぁ…和姦で始められれば楽なんだが…そう行かなかったら面倒だった分、痛め付けてでも暫く俺の
「ヒュー♪待ってました!あの女の身体、今までの女と比べてもめっちゃエロいっすからね…やべ考えただけで…」
「うーわいつも通りのクズっぷりっすねw それで?いつもの手順でいいんすよね?三谷さん」
「あぁ…それとお前ら落ち着けや、ここに人がいないとはいえ大学内だ。後から連絡すっから準備はしとけよ」
「うーっす了解っす♪」
そういってトイレから遠ざかっていく三人分の足音…さっきの声は間違いなく講義室で聞いた声そのものだ。…つまり
(あの時見たのはやっぱり未来だったのかよ!くそ!付き合ってたんじゃねーのかよ!どうする…このまま放っておけばああなるのか…!?)
俺は一人混乱していたが、結局は自分がそんな結末を見たくないという都合の為にまずは美涼を説得する事にした。
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