第4話 頭痛
「あっぶねえな…本当にこのまま行けば電車に突っ込んでたんじゃ…そうだとしたらこの力…咄嗟だったから使っちまったけど、これが無かったら美涼は無事じゃ無かったのか?」
俺は一人灰色の世界で誰に向けるわけでもなく問いかける。もちろん答えは返ってくるわけもなく、ただただ独り言を言っている変な人間になってしまっていた。
「さて…急いで来たけど、今思えば時間が止まってるんだから急ぐ必要無かったな」
天使様の説明では時間の解除は俺がするまで解除されないと言う説明があったのを思い出し、やれやれと一人息を整えながらまずはぶつかった少年に目を向ける。
「本当に危なかったよな、これくらいの男の子は目を離しちゃダメだってのに…ってオイオイ、ぶつかって転んだときに擦りむいて手怪我してんじゃねぇか…確かカバンに……あったあった」
俺は自分のカバンを漁って常備している絆創膏と消毒液を取り出し、少年の怪我の処置をする。…救急道具を常備すると言う昔の名残というのはこの歳になっても抜けないらしい。
「これでよしっ…後は後ろにいたお母さんらしき人と手を繋がせてっと」
処置を終えた俺は後ろにいた母親と少年の手を繋がせ、本命の美涼の元に向かう。
「…それにしても数年見ない間にもっと綺麗になったよな…こいつ。背も伸びて大人になったし…女優とかモデルとか余裕でなれるだろ」
時間が止まり色のなくなった世界であってもその美しさは失われず、まるで芸術品の彫像かの様な雰囲気を醸し出している。
これが命に危機が迫っているとは到底思えないほど完成された形で、俺の目の前に佇んでいる。
「さて今から助けるけど…体に触らないと戻せないよな……どうしたもんか…って………まだこんなの着けてたのかよ…美涼…今の服装ににあってないだろこんなの…」
俺が美涼の体をどう戻そうか悩んで観察していると、古ぼけた桜のアクセサリーが美涼の髪につけられていた。
美涼の着ている薄桃色のニットに黒いスカートという大人びた服装には、決して似合いもしない安物のアクセサリー…これは昔俺が美涼にあげたものだった。
「全く…髪につけるものが無かったのか知らないけど…こんなみすぼらしいもんつけない方がいいぞ?ホントに」
俺は美涼の髪から色のくすんだ桜のアクセサリーを取ろうとそれに触れた。しかしその瞬間…
「うっ…なんだ!?頭の中に…何かが…!?」
ザザーザザザザっ………
◇
『ふふふ…ダメだな?ちゃんということ聞いてくれないとさ?ねぇ美涼君?』
『せ、先輩…?な…なんで…い…いや……助けて!』
『本当にバカなんだね、美涼君は…おいお前ら、後から回してやるから口ふさいで抑えてとけ。騒がれると面倒だ』
『マジっすか!?あざーす!…って事でごめんなぁ?【春姫】さんよぉ…?大人しくしてりゃ痛くはねえからよ』
『いや…いやぁぁぁ!!!』
◇
「……はぁ…はぁ…いてぇ…なんなんだ…今の…」
幻覚にしてはハッキリとしていて、見るだけで胸糞が悪くなるような…美涼が襲われている映像が急に俺の頭に流れ込んで来た。
「…なんなんだ?今のは…美涼が襲われてた…?一体誰に?」
一瞬の映像の中には犯人の視点で見えた為、犯人一行の顔は全く見えなかったが、美涼が先輩と呼んでいた事だけが鍵となって残っている手がかりだった。
「ありえないとは思うが…もし今のが今後美涼の身に起きる事だとしたら?…………いやいや…普通に考えてありえないか、そんな事」
いやいやと頭を振りながら俺は美涼のアクセサリーを取り、彼女のカバンに入れてから体を元の場所に戻した。俺が天使様から貰ったのは『時間停止』と『記憶操作』だけで未来予知は無い……筈だ。
そう俺は思い悩みながら元の位置まで戻り、時間停止を解除しようとした。
「…でももしあれがあれが幻覚でなかったとしたら…?暫く美涼の事を気にかけてやった方がいいのかな…俺の気分的にも」
先ほど見てしまった胸糞の悪いものは何故か俺の記憶に深く残っており、俺はそう言ってから俺は時間停止を解除し、世界は色と早さを取り戻した。
『太郎!…って?え?あれ?』
『なぁに?お母さん?』
美涼にぶつかった男の子と母親はちゃんと手を繋ぎ
『美涼危ないっ!…って…あれ?気のせい?』『お、おかしいね?なんで美涼が危ないって思ったんだろウチら』
「…えっ?あれ?何かにぶつかられた気がしたんだけど…」
美涼と友人達は元いた位置で互いに顔を合わせて驚いている。当たり前だ、さっきまで線路に押し出されて…あのままだと命を落としていたかもしれなかったんだ。
(ホント俺がこの力持ってて良かったな…目の前で顔見知りが死ぬなんて見たくないし)
俺はそう思いながらその現場から目を背け、快速電車が走り去っていく風景を見送った。
「…いっ!…なんだ?」
…また少しだけ頭痛がしたのは気のせいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます