3番目の話 上司が可愛らしくなりました


 地下鉄を降り、大通り公園付近の職場へと向かって行く。


「んー、どうやって仕事するのかな」

 おそらく、職場の人も取引先も動物になっているだろう。

 問題は昨日まで出来た仕事が、同様に出来るのかと言うことだった。

 

 さっきの柴犬女子高校生みたいに身長も変わる。

 無論、動物特有の習性など何かしらの制約が発生するはずだ。

 それが僕の仕事に影響しなければ良いけど。


 信介は冷静に現状と今後の問題点を分析していた。


 客観的な視点。

 学生の頃から冷たいと言われるほど、何事も他人事の様に物事を見てきた。

 どうやら、この冷静な判断力はその視点から来ている様だ。


 考えながらも、信介は会社が入っているビルと辿り着く。

 中へ入ると変わらず、社員証をかざす改札口の様なシステムが設置してあった。


 以前と変わらぬ高さ、皆その高さで社員証をかざせるのか。

 不透明な疑問が浮かぶ。


 普段通り社員証をかざし、信介はエレベーターの前で立ち止まった。


 職場の人はどんな動物になっているのか。

 考え出すと、緊張して来た。


「おはよう、神木くん」

 すると、エレベーターのボタンを押すと、そんな声が聞こえる。


 声質からして、営業部長の岩田部長の声だ。

 信介は慌てて振り向く。


 振り向いた先。岩田部長の姿は無かった。

 不思議そうに信介は瞬きをする。


「――ここだよ」

 床面から聞こえる。


 目線を下げると、そこには一匹のうさぎがいた。


 後ろ足の二足歩行をする白いうさぎ。

 うさぎを包む和やかな雰囲気。

 その雰囲気は信介の知る岩田部長の雰囲気だった。

 間違いない、この方は岩田部長だ。


 よりにもよって、最初に会うのが部長か――。

 よりによって、可愛らしいうさぎになられて。


「おはよう――ございます」

 驚きを隠せない。

 あの岩田部長がうさぎになってしまった。


「神木くん。眠そうだけど、しっかり寝ているかい?」

 エレベーターが一階に到着する。


 うさぎ部長(岩田部長)の後を追い、信介もエレベーターの中へと入った。


「寝てはいると思います」

 ボタンを押そうとすると、目の前にいたうさぎ部長(岩田部長)が飛び、ボタンを押した。

 思わず言葉を失う。


 華麗なる、うさジャンプ。

 的確に部署がある五階を押していた。


「睡眠は大事だよ。ヒト科の君も寝ないとだめだよ」

「ヒト科?」

「うん? 君はヒト科、僕はうさぎ科だよ?」

 挙手の様に右前足を挙げ、宥める様にうさぎ部長(岩田部長)は言った。

「そ、そうですね」

 ここではそう言う区分なのか。

 確かに生物学上の区分はそうだ。


 つまり、この世界では生物学上の分類で各動物は区分されていると言うこと。

 人間である信介はその動物の一種にしか過ぎなかった。


 エレベーターが五階へ止まり、扉が開く。


 うさぎ部長(岩田部長)は四足歩行で部署へと向かって行った。

 その姿はうさぎそのものだった。


「・・・・・・人間はごく一部か」

 おそらく、この世界での人間は一割も満たないのだろう。

 職場へ向かう中で得た光景を基に信介はそう推測する。


 ――結婚出来るのかな。

 ふと疑問が過った。


 極端な話。

 人間の世界の頃はどこにでも女性はいた。

 しかし、この世界で人間の女性は僅かと言うこと。

 そして、自身と歳がなるべく近く、性格も合う存在。

 前の世界でも、出会いとは難しいと考えていた矢先のことだ。

 エレベーターから降りた信介はため息をついた。


「神木くん、おはようー」

 ため息をつく信介の横から聞こえる明るい声。

 どうやら、彼女は隣のエレベーターから降りて来た様だ。


 透き通る様に耳に入る、その明るい声。

 一つ年上の愛らしい事務員、吉井さんの声だ。

 

 返事をしようと振り向こうとする。

 しかし、一つの不安があった。

 彼女は果たして、人間か、それとも別の動物なのか。

 不安を抱えつつも、信介は振り向いた。


 振り向いた先。

 ひつじの姿になった営業部事務員の吉井さんがいた。


 身長は以前と変わらず小柄。

 ふんわりとした雰囲気。

 人間の頃から変わらないその雰囲気。


「・・・・・・吉井さんはそのままなんですね」

 その雰囲気に思わず信介は呟いた。

 ひつじの姿でも吉井さんは愛らしい雰囲気をしている。


 何だか安心した。

 ――ひつじだけど。


「ふえ? 何かあった?」

 少し怯えた様に眉を寄せ、不思議そうに首を傾げる。

「いえ、吉井さんを見て和んだだけですよ」

「ん? そ、そう?」

「はい」

 そう言うと信介は一足先に部署へと向かって行く。


 営業部の扉の前。

 信介は大きく深呼吸をした。


 果たして、この先はどうなっているのか。

 僕が知っている景色では無いことは確か。

 だからこそ、こんなにも緊張しているのだ。


 扉を開く。

 そこはいつもと変わらぬ営業部の光景――じゃなかった。


 椅子に座る部員。

 やはり、彼らは動物になっていた。

 

 席に座る動物たち。

 座席からして、誰がどの動物なのかは検討がついた。


 扉から見て右から二番目の部署。

 信介が在籍している営業二課の空間だった。


 手前から三番目の机。

 そこが信介の席だった。


「おはよう、神木」

 席へと向かう信介に声を掛ける、手前の席にいる――白馬。

 後ろ髪の様な白い綺麗なたてがみ。

 人間の頃の彼女も綺麗な長髪だった。

「おはようございます。安西さん」

 同じ部署の安西に軽く会釈する。

 安西は信介の一つ上で吉井と同期だった。

 信介たちの一つ上の先輩は吉井と安西の二人。

「神木、昨日のメール見た?」

 椅子を信介へ向け、安西は明るい声で言う。

「あー、見ましたよ。柏屋商事のですよね?」

「そうそう。午前中に見積が欲しいって」

「わかりました。送っておきますよ。あ、もちろん、CCに安西さん入れときます」

「よろしくー」

 そう言うと椅子を正面へ戻して、デスクワークを再開する、



 ――なんでだろう、目を瞑ると違和感が無い。


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アニマル・ワーキング ~トラックに轢かれたら、会社の人が動物になっていました~ 桜木 澪 @mio_sakuragi

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