2番目の話 何も無かった――訳じゃない


 翌日。

 信介は自室のベッドで目を覚ました。


「・・・・・・あれ?」


 普段の変わらない朝。

 僕は夢でも見ていたのだろうか。


 電子時計の日付を見ると、今日は翌日の朝。

 何事も無い翌日だった。


「何だ――夢か」

 安心する様に大きく息を吐く。


 そして、ベッドから起き上がり、背筋を伸ばすと普段通りカーテンを開けた。


 自然の光。

 しかし、窓から空を見上げると、僕の知る空より少し柔らかく見えた。


 柔らかい――。

 雲が少し丸みを帯びて、空自体もふんわりとした雰囲気。


「へえー、こんな日もあるんだな」

 メルヘンチックな天気。

 感心した様に信介は頷いた。


 電子時計の時刻を見ると、時刻は七時。

 そろそろ、着替えて家を出る時間だ。


 信介は慌てて支度をし、家を出る。

 家のカギを閉め、階段の方へ向かう。


 すると、隣の家の扉がゆっくりと開いた。

 確かお隣さんは三十代の夫婦と小学生の子供だった気がする。


 扉からゴミ袋を持った誰かが出てきた。

 今日はゴミの日だったことを信介は思い出す。


 その瞬間、信介は立ち止まり言葉を失った。


 ――僕はいったい何を見ているのか。


「それじゃあ、行ってくるよー」

 そう言って出てきたのは――。


 ――スーツ姿のレッサーパンダ。


 普段の隣のご主人の服装。

 優しそうな口調と声質も変わらない。

 しかし、姿が――違う。


 身長も半分以下になり、小柄に。

 と言うより、その姿はレッサーパンダそのものだった。


 僕は疲れているのだろうか――。

 驚きながらも、その横を通り過ぎようとする。


「あら、神木さんおはようございますー」

 すると、隣の奥さんらしき声が僕を呼ぶ。

 慌てて振り向くと、そこにいたのはエプロン姿のレッサーパンダ。


 この姿も普段の奥さんの服装だ。

 間違いない。


 奥さんに呼び止められる中、ご主人は先へと進んで行った。


「あ、おはようございます」

 瞬きを繰り返し、動揺しつつも信介は返事をする。

 そして、ゆっくりとその場を後にする。


 僕の身に何が起こっているのか――。

 まるで、その人自身が動物に変換されているように見えている。


 ――見えているだけ。

 あの人たちは人間のはずだ。


 マンションを出ると、先に出たご主人を見かける。


 その背中は紛れも無いレッサーパンダ。

 何ならふさふさの尻尾が左右に揺れているではないか。

 確かに普段のご主人も笑みを浮かべて家を出ていた記憶がある。


 ――訳がわからん。



 少し困惑しながらも地下鉄の駅へと向かう。

 市電通りを歩いていると、市電が横の線路を通り過ぎて行った。


 中には――様々な動物。

 まるで、動物園の動物たちを一つにまとめた様な光景。


「んー、ん?」

 その光景に瞬きを繰り返す。

 眉間にしわを寄せ、腕を組み歩きながらも考えた。


 いったい何が起きているのか――僕に。

 正直、自身の幻覚だと信介は思っていた。


 昨日は人間だったのに、突然動物になる訳無いもの――。


 地下鉄の改札口を通り、地下鉄を待つ。


「・・・・・・」

 信介は目の前の光景に呆然としていた。


 目の前にはセーラー服を着た小さな柴犬。

 二足歩行で僕の目に前にいる。


 言葉を失う。

 仮に僕自身が人間を動物に見えていたとしても、身長が全然違う。


 目の前の彼女の身長は一メートルも無い。

 本当に柴犬が人間の様に女子高校生になっている様だった。


 現にその右手――右前足でスマホを操作している。

 どうやら、幻覚では無さそうだ。


 信介は気持ちを落ち着かせる様に小さく深呼吸をする。


 一度、冷静に考えよう。

 起きてからの普段と異なる点を。


 信介が辿り着いた答えは一つだった。


 今いる異世界は、動物が人間の様に生活している世界だと言うこと。

 だとすれば、人間でる自身も動物の一つ。

 この人間の割合も理解出来た。


 地下鉄に乗ると、一部内装が異なっている。

 様々な高さの椅子と手すりが付いており、普段の光景と少し違っていた。


 不思議と信介は驚かなかった。


 ここが動物と人間が平等に共存する世界だとするならば、この配慮は当然だろう。


 ――本当にそんな世界であれば、の話だが。


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