アニマル・ワーキング ~トラックに轢かれたら、会社の人が動物になっていました~

桜木 澪

1番目の話 突然、事故に遭いました


 北海道札幌市。

 寝雪の雪解けが始まり、すっかり春になった五月。


「あー、今日も疲れたなー」

 地下鉄の駅を出た神木信介(かみきしんすけ)は背筋を伸ばしながら、自宅へと歩いていた。


 文系の大学を出て、地元の商社の営業部へ就職して三年目。

 仕事も一人で受け持てるくらいには慣れてきた。

 仕事の感覚としては、ちょうど良い。


「今日の夜ごはん何にしようかな」

 時刻は二十時過ぎ。

 今からスーパーで買い物に行くのは、少し面倒だ。

 通り道のコンビニで弁当とサラダを買おう。

 すっかり雪が無くなった市電通り沿いを歩いて行く。

「お、白猫だ」

 信号を待っていると、向かいの歩道に白猫がいた。


 黒猫はよく見かける。

 しかし、白猫を見るのは初めてだった。


 そして、信号は青に変わる。

 どうしてか、白猫は信介に向かって来た。


 向かって来る白猫。

 左折するトラック。


 トラックは白猫の存在に気づいていなかったのだ。


「やば――」

 咄嗟に信介は走る。


 白猫を助けるために――。


 別に猫が好きな訳では無かった。

 けれども、不思議と考えよりも先に身体が動いている。


 気がつくと、目の前にはトラック。

 寸前、トラックのクラクションが鳴り響いた。


 根深い衝突音。

 途端、身体全体に激痛が走った。


 衝突により信介の身体は数メートル飛ばされる。


 トラックに轢かれた。

 飛ばされる中、信介は自身に何が起きたかを理解する。


 僕は死ぬのか――。

 僕は白猫を助けられたのだろうか。


 地面へと倒れる。

 顔をわずかに上げると、地面は霞んでいた。

 次第に視界は暗くなっていく。

 意識が遠のいていく感覚だった。


「にゃあ」

 朦朧とする意識の中、聞こえた猫の鳴き声。


 もう一度、顔を上げると、白い物体が目の前にあった。


「生きててよかった……」

 その白い物体がさっきの白猫だと信介は勝手に理解する。


 僕の命と引き換えに、白猫の――動物の命を救った。

 我ながら、優しい最期なのかもしれない。

 信介は不思議と笑みを浮かべていた。


 そして、僕は意識を失った。


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