■ 398 ■ たまには男しかいない話を書きたくなるのです
ヂィン、と金属の擦れ合う耳障りな悲鳴が響き渡る。
飛び退ったガストンは八相に、リクスは青眼に構え、リクスが再び一歩を詰める。
身体強化した魔術師の一歩は一踏みで三間を詰めるから再び二人の剣は接近し――
リクスの地摺り青眼を弾いて反らしたガストンの剣はその勢いのままにリクスの腕を狙い、リクスはそれを裏拳で跳ね上げる。
空いた懐にリクスが飛び込み肩口からのタックルを叩き込むのと、ガストンが柄を振り下ろし茎でリクスの背中を叩くのはほぼ同時だ。
互いが一瞬衝撃に呼吸を止め、しかしリクスが片腕でガストンの右足首を狙い剣を振り抜こうとして――ガストンがそれを巻き上げ、弾き、
「【
リクスの胴を目にも止まらぬ速さで斜めに切り裂けば、
「一本、ガストン」
レイモンの声がひびきわたり、模擬戦はガストンに軍配が上がる。
当然、リクスの胴に傷はない。覆いを被せた
「流石だな、ガストン」
「ま、これで食ってきたからな」
トントン、と担いだ愛剣で肩を叩きながら、リクスに讃えられたガストンが自惚れるでもなくそう語る。
「実のところはこのブラザーから貰った
殴り合いが主体のリクスはまだやはり武器を握っての戦いに慣れておらず、故にガストンに訓練をつけてもらっているのである。
もともと
実際、リクスの見立てでは先にガストンが放った【
というか【
「一旦休憩にしよう。シェリフもダリルも少し休むといい」
「助かったぜブラザー! ダリルの奴てんで休もうとしねぇんだからよ!」
リクスに声をかけられたシェリフがぱっとショートソードの構えを解いて笑顔を花開かせる。どうやら真面目一徹のダリルの鍛錬に延々つきあわされて相当疲弊しているようだ。
とは言え、
「身体強化で殴るのは魔術師戦の基本だ。近づかれたら戦えませんでは話にならない。身染みて鍛えろよシェリフ。使える武器は多い方がいいからな」
「わーってるよブラザー。でもダリルの奴しつけぇんだって。全然手加減もしねぇしよ」
ショートソードを納刀したシェリフが肩を竦める横で、ダリルのほうは飄々としたものだ。
「手加減しては鍛錬になるまい。ガストン
「ほいよ、ったく、休む暇がねぇぜ」
ぼやきながらもガストンは面倒見がいいので、なんだかんだでダリルに真面目に手ほどきをしてくれるだろう。
ガストン、リクス、レイモン、ダリル、シェリフの五人で水瓶の周りに輪を描くように腰を下ろし、交代で柄杓を回し水分補給する。
ただの水が妙に美味しく感じられるのは、それだけ汗をかいている証拠だ。
「ところでこれは雑談だから答えなくともよいが、何でガストンは
そういう意味でも貴族と相性の良い
「ガストン
ダリルに問われ、ガストンは首を横に振る。
「いや、俺は歴とした百姓の次男だよ。家の食い扶持減らすために冒険者になった田舎もんさ」
ド田舎の水飲み百姓だ、というガストンの語り口に誤魔化す気配はなく、というかガストンはレーミーファミリーの中でもっとも裏表を作るのが苦手な直実な男だ。その言葉を、誰も疑ったりはしない。
「俺が
「旦那は貴族になりたかったのかい?」
シェリフの問いにガストンはいや、と首を振って、覆いを被された愛剣を見やる。
「冒険者仲間とちょっとした勉強も兼ねて見に行った闘技場で、くっそ強ぇ剣闘士に一目惚れしてな。俺も魔力ねえかな、なんて期待して
なおその時の冒険者仲間には魔力がなく、結果としてそれが理由でガストンはハブられ、ソロ冒険者をやらなきゃいけない羽目になったそうだ。
「けどまあ、
愛剣の刀身を眺めながらそう語るガストンに後悔はないようだが、何処かしら寂しさと怨み辛みにも似たモヤが纏わりついているようにも見える。
「剣闘、アルセウス貴種共和国の文化ですね。剣奴同士を戦わせて血に沸くという。あまり好きにはなれない文化ですが」
レイモンがそう少しだけ隔意を覗かせながら語ると、それにはガストンも異論はないらしい。
「まあ、魔力持ちの人と人を闘技場で殺し合わせてんだ。クソには違いねぇが、勝ち続ければ貴族に成れるってのは、餌ではあろうが庶民にとっての数少ない希望でもあるんだよ」
悪辣ではあるがな、とガストンは付け加えるのを忘れない。
何でも闘技場には影で処刑人と呼ばれている剣闘士がいて、貴族になれそうな剣奴は連戦させて疲弊させた挙句に、そいつらを当ててぶち殺すのだそうだ。
「さっすが貴族だ、そびえ立つクソみてえだな!」
シェリフが両手を叩いて
「ただ、時にその処刑人すらもぶち殺して本当に貴族になっちまう奴もいてな。俺が見たのはその類だったそうだ」
国の空気が肌に合わないのと、魔力持ちと判明してパーティーから外されたガストンはアルセウス貴種共和国から拠点を移したが、風の噂でその剣闘士が貴族になったと聞いたそうだ。
「憧れか。分かる気がするよ」
最近言葉を崩し始めたダリルにそう言われて、ガストンは照れくさそうに頭をかいた。
「もうどんな顔の剣士だったのかもろくに覚えちゃいないがな。覚えているのはその圧倒的な剣捌きと、そいつの二つ名ぐらいさ」
「パワータイプか? スピードタイプか?」
少しワクワクした顔で問うてくるシェリフに、ガストンはやや苦笑気味の笑顔を返す。
「両方だ。両手持ちの大剣を嵐のようにぶん回す怪物だよ」
「……なんだそりゃ、そんなのアリなのか?」
「実際やってたんだからアリなんだろうよ」
何でもその
「風の噂を聞いた時はまあそうだろうとしか思えなかったよ。時々いるんだよな、ああいった怪物が」
リクスは頷いた。ツァディなどまさにそれだし、ツァディには及ばないがグラナもまあ似たようなものだろう。
その神教における最上位の魔術師というのは得てしてそういうものだ。神に似たりと讃えられる英傑が時に現れるものだ。
認めたくはないが、半神半人と化す
「しかし、こう過去を振り返ってみると俺の人生ブレブレだな」
ガストンがそう、剣を傍らに置いて皮肉な笑顔を浮かべる。
食い扶持を減らすために冒険者になり、冒険者としてまだ見ぬ世界を踏破する夢を抱き、強い剣士に憧れて魔力持ちと判明してパーティから
ソロ冒険者をやっていたらオクレーシアに捕まってペアを組むことになり、終いにはマフィアのドンの護衛に納まるとは。
「飽きの来ない人生だと思った方が得だぞガストン。俺などもう四つ目の名前で生きているからな」
スティクス、クィス、リクスときて今はマフィアのブラザーだ。そう声には出さず指折り数えていくと、
「……流石ブラザー、としか言い様がねぇな」
励ましたはずが何故か一同が納得したように頷いているのは、リクスには納得がいかないのだが。
「何にせよ、暫く俺たちはレウカディアを離れる。ガストンとレイモンの負担は増すと思うが、宜しく頼むぞ」
「おう、何もかもブラザーにおんぶに抱っこじゃ情けねぇからな」
「お任せ下さい。グラナのような突発的な暴威以外であれば何とかなりましょう」
「ああ、任せる」
尻の埃を叩いて、リクスは立ち上がる。
――昔を思い出すな。ガレスやナガル、オーエン、リッカルドらと組手をしていた頃を。
こうして男同士で鍛練を重ねる時間は楽しいが――リクスの人生でこうやって昔のようにくつろげるのは、恐らくこれが最後だ。
「いい時間を過ごせた。感謝する」
あとはただただ、休む暇も無く走り続けて、この世から消えるだけなのだから、最後にこうやって男同士で語り合う時間が取れて、本当によかった。
――あとはそう、ただ走り抜けるのみだ。
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