■ 397 ■ 戦勝パーティーを終えて
そうして、パーティーに参加した賓客を送り出し、ファミリーの部下が去り、最後にオクレーシアらも去ったリストランテ『デ・ラローチャ』にて、
「こちら残り物と、あとまかないの一部ですが、宿でお召し上がり下さい」
「ああ、ありがとう」
ウェイターから包んだ料理の余りを受け取り、リクスらはリストランテを後にした。
そのまま周囲を警戒しつつ貸倉庫の一つに入り、床に拵えられた隠し通路を進む。
このまま直進すると別の倉庫に出るだけなのだが、この地下通路。半ばの壁に隠されたT字路があり、そこを進むと小さな一軒家へと移動できるのである。
そこは遙か昔のマフィアが表向きの民家として拵えた邸宅らしく、現代のファミリーにはリクス以外知る者もいない、エルダートファミリーの現在の仮宿だ。
黒服を脱ぎ捨て、濡れ布巾で簡単に身体を拭いて部屋着に着替えれば、フェルナンが最初に、ついでリクス、その後に妹たちが食卓へと集まってくる。
食卓の燭台に灯りを灯し、果実の絞り汁を加えた果実水を満たしたマグを手に取って、
「皆がよくやってくれたお陰でオクレーシアのパーティーは無事成功した。皆の頑張りに敬意を表して乾杯!」
『乾杯!』
ファミリーだけで食卓を囲んだエルダートファミリーが、笑顔でマグをぶつけ合う。
「御兄様、せっかくですし料理を温めましょうか?」
「ん? いや俺は冷めた料理に慣れ――違う、せっかくの打ち上げなんだ。皆も温かい料理を囲みたいよな。俺がやるよ」
「私もお手伝いします、リクス兄様」
では私も、とビアンカに次いで席を立とうとしたエーメリーを、ビアンカがニコリと涼やかな笑みで制す。
「私、
ならば御兄様でなく私とビアンカで、とエーメリーが口にする前に、
「そうだな。エリーはいつも働き過ぎだ。今日ぐらいは労わせてくれ――悪いが手伝い頼めるか? アン」
「はいっ!」
ビアンカが策略で、リクスが純粋なる善意でそう押し留めれば、ぐぬぬとエーメリーは食卓に留められてしまう。
「皆もよく働いてくれて、腹も相当に空いてるだろ? 冷えてても食べれるものから先に食べててくれ」
料理の乗った深皿を抱えて台所へとリクスとビアンカが移動すると、残された面々の顔は色々と複雑だ。
おのれビアンカ、何故私の宗派は
「くくく、ビーのあざとさは日々成長を続けておるのう、そうは思わぬかディーよ」
シータにそう話を振られたディアナは、意気消沈しているエーメリーを前に言葉に詰まる。
「え、えっと、ビアンカお姉ちゃんの
「日和った。情けない奴」
イーリスはそうディアナにジト目を向ける一方、フェルナンは何も分かってない。
「兄貴はエーのことよく見てて、だから凄く気を使ってくれてるんじゃないか。何でエーは兄貴の労りを素直に受け容れねぇんだよ。そうも性格悪いと優しい兄貴だって愛想尽かすぜ」
「うっ、ぐぐっ……」
食卓の上にある堅パンをガリガリ歯で削り貪りながらフェルナンがそう指摘すれば、エーメリーは珍しく反論も出来ずに顔を顰めるしかない。
ビアンカにしてやられたのは事実だが、リクスのそれは純粋なるエーメリーへの気遣いだ。だからこそそれを逆手に取ったビアンカが憎らしいのだが。
台所にて鍋に水を張って
「済まないなアン。お前だって疲れているだろうに」
「いえ、エーメリーは働き過ぎですからね。周りで気を使ってあげないとですし」
「そうだな。アンはいつも皆を注意深く見ていてくれてる。その気遣いに甘えてばかりだな、すまない。あと、いつもありがとう」
そう竈を前にリクスが礼を述べながらビアンカの灰色がかった白い髪を撫でれば、ビアンカの顔は他の弟妹には見せられないほどに緩みきっている。
なおアン、というのはリクスがエーメリーをエリーと呼ぶことに気が付いたビアンカが私も、と求めたリクス専用のビアンカの呼び方だ。
鍋に張った水がお湯になり、そこに料理の深皿を浮かべて湯煎で温めながら、
「ある程度これでレウカディアは安定したんですよね?」
料理の深皿がお湯に沈まないよう見張りつつビアンカが問えば、リクスが思案顔で宙を眺めながら静かに頷いた。
ひとまずこれでレウカディアの状況は落ち着くはずだ。それ即ちエルダートファミリーがレーミーファミリーに張り付いておらずともよくなった、ということでもある。
「そうだな、そろそろレウカディアを出て行動しようと思うが――どうしたものか」
「何か悩み事でもあるんですか?」
「ん――悩みというかまあ、やれることが広がったからね。何を先にして何を後回しにするか、塩梅が難しいんだ」
冒険者になってランクを上げるのも必要だし、リュキアを離れて他国での活動も必要になる。
これまでのリクスたちが組んだどのチャートを参考にすれば、果たして最善を掴めるのか。ここでしくじれば五十三番目のリクスもまた、五十四番目のリクスに後を託す礎とならねばならない。
否、取りこぼしが本当にないのか、を確認する視点も同時にリクスは維持しなければならないのだ。
全ては己が愛した天使、ラジィ・エルダートを幸せにするために。
「……リクス兄様、今誰の事考えてます?」
横からそうビアンカに聞かれて、リクスは一瞬言葉に詰まるが、
「家族のことだよ」
自然と口をついて出たのがその言葉で、それがリクスを想像以上に苦しめる。
ラジィ・エルダートの家族はリクスではなく、クィスとティナだろうに。まだ己はクィスのつもりでいるのか、と。ビアンカやエーメリーの事をまだ家族として考えられないのか、と。
「アンは……自分を産んだ両親のこと、どう思ってる?」
自分に母親がいたのだということを久しぶりに思い出したリクスが、誤魔化しも兼ねてそう尋ねるも、
「別に何も。私をこの世に生み出した、というだけの人たちです。私の家族はリクス兄様と、ここにいる皆と、ここにはいないジィだけですから」
赤の他人だ、とビアンカに言い切られてリクスは表情に困った。リクスにとっても両親はやはり、はっきり言って他人でしかない。それはビアンカと同じだ。
だが、スティクス・リュキアは必要とされて作られたのだ。その理由が何故か、リクスの【
五十二回も繰り返したのだ。それを一度もリクスが調べなかったなど、決してありえないのに。
――それは、自分で知りに行けということか、五十二人目の俺。
前時間軸のラジィは言っていた。ラジィはリクスが何故リュキアに必要とされたのか分かってしまったと。
だがそれはあまりにもひどい理由だから言いたくない、とも。
ラジィは家族の為に、クィスにその理由を伝えなかった。だがクィスはあそこで、その理由を聞いておくべきだったのだ。
――父上に、何処かで会いに行かないと、だな。それとノクティルカにも。
どこかで、とは言うものの相手は国王で、今のリクスは素浪人だ。機会は限られているだろう。
――リュケイオン王城に侵入するのは、ジィがアウリスを助けに行った瞬間かな。
リュキア王都リュケイオンの王城の警備が最も混乱するタイミングが、ラジィがアウリスを取り戻しにいったあの夜だ。
あのどさくさに紛れれば、然程労せずして王の下へと辿り着けるだろう。
――逆にノクティルカ首都ノナクリスへ侵入するのは……相手が
礎、ノクティルカの神子に【
そんなことを考えていると、
「リクス兄様は、産みの家族に会いたいんですか?」
ビアンカがそう、どこか置いていかれた子供のような顔で尋ねてくるのは心苦しいが、
「本音を言えば二度と会いたくはない。でも知らなきゃいけないことがある。俺は必要だから作られた子供だから。何らかの役割が俺にはあった筈なんだ」
リュキアにスティクス・リュキアが必要だった理由だけは、リクスは知っておかねばならない。
「親の為に、親の言う通りに生きたいということですか?」
「まさか、有り得ないよ。クソ喰らえだ」
ビアンカの問いを、リクスは鼻で笑い飛ばした。奴らの望むように生きてやるつもりは全くない。だが、
「両親が俺をどう使うつもりだったのか、リクスの選択肢を広げる為に俺はそれを知らなきゃいけない。それだけさ。それに知ることを拒むのは
だが、それを歴代のリクスは【
しかし、既にリクスはティナと共に、この時間軸の礎となる事が定まっているのだ。スティクスが望まれた理由がどれだけ下らないことだろうと、そんなものは今更の話だ。
心配そうに己を見上げているビアンカの髪を、リクスはそっと撫でる。
「シケっぽくなっちゃったな。皆と共に明るく楽しく食事がしたい。食卓に戻ろうアン」
「……はい、リクス兄様」
そうしてあらかた温まった食事を両手にリクスとビアンカが戻れば、
「待ってたよ兄貴、早く食おうぜ!」
「ああ、待たせて済まなかったなフェルナン、さあ打ち上げだ! 残り物ですまないが腹いっぱい食べて、明日からもまた頑張ろう!」
リクスが骨付鳥に齧り付けば、イーリスとフェルナンがそれに続き、それぞれがめいめいに好みの料理に手を伸ばし始める。
「リクス兄、冒険者生活、まだ?」
「そろそろだ。でもFランクからだからな。冒険や討伐より、先ずは雑用ばかりだぞ」
「そっちのほうが安全でいいです。清掃とか、あと採取は楽しそうですし」
「ディアナにはそのほうが向いてるかもな。でも低ランクのままだとディブラーモールの駆除とかやらされるぞ」
「……あれ、教会でもやりましたけど大変なんですよね。それは遠慮したいなぁ」
「ならビアンカはやらなくて宜しいのですよ、私と御兄様でクエストを受注しますので。ビアンカは家で食事の準備して待っていて下さい、
「そういうエーメリーこそ家で皆の武器の手入れをしていればいいですよー、
「私
「イーは神殿作成なんか全然やらねぇくせに。宗派なんて関係ねぇよ。兄貴の背中は俺が守るからさ、早く冒険者やろうぜ!」
「ああ、ただガストンには恨まれそうだな……彼には半ば無理矢理冒険者辞めさせといて、俺たちが冒険者やるとか絶対怒るぞ」
「私が一緒に怒られてあげるよりっちゃん。手ぇ繋いでれば怖くないよ」
「いや、手を繋ぐ必要はないんだけど……まぁ、ありがとうシータ」
「私、私も一緒に叱られますリクス兄様!」
「いや、あまり人数集めるとただの威圧になっちゃうし……そうだディアナ、これから冒険者やると毎日洗濯するのが難しくなるだろうし、少し衣服のストックを増やしておきたい。頼めるか?」
「はい、お兄ちゃん。任せて下さい」
「ありがとう。裁縫は俺はホントだめで手伝えないから……む、このパテ美味いな」
「こっちの魚のソース煮も美味いぜ兄貴! なんの魚か分かんねぇけど!」
「うむ、それはツマリカスベだねエフ、覚えておきたまえー」
「えっ……つまりカスなのか?」
「そうだよ」
『そうなの!?』
「……ま、まあ、漁師にとってはすぐ手に入りやすい魚ってことだろ。うん、普通に美味しいし」
「御兄様は肉料理と魚料理、どちらがお好きですか? 今後の参考にしたいのでお聞きしたいです」
「ん? これまでエーメリーやビアンカが作ってくれた料理に嫌いなものはなかったけど」
「……りっちゃん、天然タラシはよくないよ。ちゃんと決めないと」
「そうか? じゃあ肉料理で」
「そっちじゃない、そっちじゃないんですお兄ちゃん……」
和気あいあいの中に時々殺気が飛ぶエルダートファミリーの食卓は、和やかにして苛烈に時が過ぎていく。
平和と料理の味を噛み締めながら、リクスは今の温かな幸せをティナに感謝した。
ここに来れなかったティナ。ラジィの為に人であることを辞めて礎と化したティナの分も、リクスは戦い続けなければならない。
二人が愛した天使を、幸せな未来へと連れてゆくために。
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