■ 396 ■ 戦勝パーティーにて Ⅲ






 屈強な大人ばかりのパーティー会場で誰しも酒が進んできたこともあり、安全のため中座を許されたダリア、サリタ、コルナールの三人は、


「んーーっ! 久しぶりに緊張したぁ!」


 控室で大きく伸びをして肩の凝りをほぐ。

 もはや朧気になりつつある令嬢時代の知識を総動員したものの、やはりというか貴族の社交界とマフィアの社交界は別物だ。


 誰もがギラギラと直接的に凄みを効かせ、オクレーシアのお付きであるダリアたちなど見向きもしない。

 それはそれでありがたかったが、


「大丈夫? サリタ、コルナ」

「……大丈夫」

「はは……今頃震えが出てきちゃった」


 屈強な男たちが殺意を剥き出しに牽制し合う気迫の中を泳ぎ続けていれば、子供の神経などすり減るというものだ。

 大丈夫と言うサリタも、あくまでそれは口だけの話でしかない。小刻みに震えている手が何よりの証拠だ。


「ダリアは、怖くなかった?」

「全然震えてないもんね。流石というか、私たちとは出来が違うよね? それとも年期かな」


 そうサリタとコルナールが憧れにも似た視線を向けてきて、ダリアは違う違う、とヒラヒラ手を振ってみせる。あとコルナールめ、誰が年期だふざけるな。


「ブラザーがずっと見守ってくれていたからね。正直怖がる理由がなかったってだけ」


 そう、ずっとリクスに視線を向けられていたことにダリアだけは気がつけていたから、別に緊張もしなかったというだけの話だ。

 ダリアとサリタたちの差は、見守っていてくれる人がいることに気がついていたかいないか、それだけでしかない。


「あの、仮面の人? ママ・オクレーシアの淑女レディとしての振る舞いを監視してたんじゃ」

「そりゃ監視もしてたでしょうけど、そうすれば自然とその周囲にいる私たちも視界に入るでしょ?」

「えーっと、それって私たちも監視されてた、ってだけの話じゃない? 見守られてたんじゃなくて」


 そうコルナールが嫌そうに告げてくるが、ダリアからすれば「注視されていた」という点において監視も見守るのも大差はない。

 どっちにせよ危険が迫ればすぐリクスが動いてくれただろう事に変わりはないのだから。


「心配しなくてもブラザーはサリタやコルナを逐一監視して、怒ったり苦しめたりすることはないよ。二人を見る眼が優しいからね」

「……優しいの?」

「うん。凄くね。悲しそうな視線も少し籠もっているみたいだけど」


 そうダリアに言われた二人は顔を見合わせた。二人を見る眼が優しく、そして悲しそうだ、というのは――


「そこ、ダリアは含まれてない?」

「うん。なんかね、私を見る視線には優しさはあっても悲しみはないみたい、私一人だけなんか温度差があるんだよね」


 そう、温度差があるのだ。

 リクスの、シェリフやダリル、ママ・オクレーシアを見る視線にもどこかしらの悲しみが宿っているのに、ダリア一人――いや、レイモンもダリアの側か。


 嫌われている、というわけでもない。

 ただ、どう扱えばいいか分らないような、腫れ物に触るような扱いというか、間違って触ったら壊れてしまいそうな芸術品を手に、困り果てているような不安というか、そう。


「ブラザー、私の相手に慣れてない……みたいな?」

「うん?」

「何それ?」

「たはは、言ってて私もよく分かんないや」


 ダリアは頭をかいて誤魔化した。この結論はどう考えたっておかしいのだし。

 じゃあ何でリクスはシェリフやダリル、サリタやコルナールの扱いに慣れている、というのか。


 ダリアは頭を振って自分の中に芽生えた意味不明な思考を振り払った。考えるべきはもっと別のことだ。

 三人の中で一番の年上だから、ということでママ・オクレーシアからダリアだけが聞かされていた、これからの話。


「以後、私たちは魔術について教わる時以外は三人交代でママ・オクレーシアの侍従をやるよ。侍従、雑務、休憩の三ローテだ」

「三人交代……違う仕事をするの?」

「そう。私たちが三人ぞろぞろ金魚のフンみたいに付いていたってママの邪魔になるだけだからね」


 そうダリアが告げると、サリタとコルナールが心細そうな顔をするが、



――基礎の訓練を終えたら、貴方たちにはそれぞれ違う神派の神殿に修行に出て貰うことになるでしょう。



 それが、ダリアだけがママ・オクレーシアから聞かされた未来の話だ。

 魔力を持ちながら、魔術師として働かないのでは何の意味もない。そして魔術師は多種多様であるほど打てる手が広がっていく。つまり、三人は別々の神派で修行をするべきだ、ということである。


 だから、一度三人は離れ離れにならなければいけないのだ。

 その為の準備を――サリタとコルナールが一人でも生きていける覚悟と柔軟性を身につけておく必要がある。


「泣言なんか言わないの。私たちがこんな綺麗な服着て、腹もすかせずに生きるためには裏路地だとどれだけの労力が必要だった? これだけのものを与えられているなら、私たちはママ・オクレーシアに恩返しをしなきゃいけないんだ」

「恩返し、ならしてるよね? 立ち居振る舞いの指摘で」

「これまではできていた。でもここから先は違う。私たちがママに伝えられる知識はもうすぐ底を付くだろ? だから、その先の貢献が必要になる」


 そうダリアがコルナールに指摘すると、泣きそうなコルナールの横でサリタは頷いた。


「恩義は、返さないと。コルナ」

「分かってる、わかってるよサリタ」


 頷きながらも涙ぐんでいるコルナールをあやすように、そっとダリアはコルナールの髪を撫でる。


「仕事の時間が食い違うだけ。別に離れ離れになるわけじゃないさ。ただいずれ別行動することになる時のための備えは少しっつしてかないとね、って話よ。泣き虫コルナ」

「な、泣いてないもん!」


 鼻をグズッとすすり上げてコルナールがダリアを睨めば、ニッと励ますようにダリアが笑顔を浮かべる。


「強くならないとだよ、サリタ、コルナ。私たちは自分の居場所を私たちの手で守れるようになるんだ」

「そう、ならないといけないんだね」


 そうだ、とダリアはサリタに力強く頷いてみせた。

 ママ・オクレーシアは強大な魔術師だが不死身ではなく、そしてオクレーシアはマフィアだ。

 いつ抗争で戦死するかも分からない現状、ダリアたちは少しでも早く、強くならねばならない。強くなって自分の居場所を自分で確保できるようにならなきゃいけない。



――それに、兄貴を子守りから解放してやらないとね。



 ダリアがダリルを恨んだのは、ダリルが一人だけ貴族として優雅な生活を甘受出来ていたからだ。

 だがそのダリルが自ら貴族の地位を捨て、マフィアに身を窶してまで己を助けに来てくれた時点でもう、ダリアにはダリルを憎むに足る理由は一切なくなってしまっているのだから。


 むしろ今では感謝をしているというより、一人だけ貴族として生きられたはずのダリルの人生を裏社会に引き込んでしまったことに、ダリアは後悔すら抱いている。

 だから、せめてダリルがいち早く自分の人生を生きられるようにしてやらないと、ダリアは己自身を許せなくなる。そういう意味でダリアとダリルはある意味よく似ているのだろう。


「強くなろう、サリタ、コルナ。そうなって、私たち自身の手で生きていけるようになろうよ」


 二人の肩を力強く抱いてそう説けば、


「……そうだね、そうだ」

「強くなるための下積み、だね」


 サリタとコルナールが未来を見据えて頷く。

 甘えてばかりは、いられないのだ。自分の未来は、自分の手で切り開かなければいけないのだから。






 

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