■ 395 ■ 戦勝パーティーにて Ⅱ
「おお、これも美味ぇな!」
鱈のモルネーソースがけに手を伸ばしたシェリフが欠食童子もかくや、と言わんばかりの勢いでそれを平らげ、ウェイターから渡されたカヴァでグビグビ口をすすぐ。
そのまま隣の皿にあったビターオレンジソース風味のアヒル肉の薄切りを四、五枚纏めてフォークで突き刺して豪快に咀嚼し、嚥下。
「君、その年で酒も嗜むんだな」
「マフィアだからな。当然だぜ」
その健啖ぶりに呆れているダリルに、平然とそう返してげっぷまでしてみせる。
ダリルもシェリフも黒のスーツとパンツ、ベストと服装だけはいっちょ前だが、控えめに言ってシェリフの方はまだまだ服に着られているとしか言い様がない。
だが魔術師の纏う魔力と神気があればこそ、屈強なマフィアたちもシェリフに対し子供扱いしたり見下したりすることはない。
魔術師を魔術師と見抜けない者から順に、マフィアのソルジャーは死んでいくのだから。
「お前も食えよダリル。どれも美味ぇぜ?」
「君を見ているだけで腹一杯になりそうだ」
スーツのベルトを緩めているシェリフを見ているだけで、ダリルは食欲なんぞドンドン失せていってしまう。
それぐらいにシェリフはさっきから次々と食事を腹に詰め込んでいて、まぁ歓談する相手もおらず、他にすることもないのでそれを責められる筋合いはないのだが。
「アホか野郎に見られてても嬉しくねぇわ、見るなら女見ろ女ぁ」
「そう言われても……ここにはママたちしかいないぞ」
「まぁそりゃそうだ。ウェイトレスに手ぇ出すのはマナー違反だしな」
ダリルは少しだけ感心したようにシェリフの顔を覗き込んだ。この男ならウェイトレスの尻を撫でるぐらいはやりそうだと思ったのだが。
「ダリアたちに手を出すなよ」
「はっ、俺のモビーディックはガキじゃ受け止めきれねぇよ! チンコのデカさなら俺の方があのグラナって奴より上だぜ?」
「……なんの自慢にもならないだろ、それ」
何だかんだで真逆の性格をしているダリルとシェリフだが、これが案外馬が合ったようで二、三の手合わせの後にすぐ二人は打ち解けた。
互いが互いに、己の相棒にするに不足なしと認め合ったし、何より自分に足りてない物を相手が埋めてくれるだろうことを、二人は正確に理解できたからだ。
「お前もほれ呑め呑めダリル、酒ぐらい飲めねぇと馬鹿にされっぞ」
グイッとシェリフが突きつけてくるグラスをダリルは眺めやる。
ビーズの玉が連なって湧き出てくるような、美しい液体。透明で薄い鼈甲のようなそれをクイッと傾けてみるも、
「……苦いとも酸っぱいとも違う、変な味だな」
「おっとお前にゃまだ早かったかぁ? なぁにこんなもんは飲んでりゃすぐに慣れらぁ」
シェリフはそう言うが、慣れまでして飲みたいものでもないな、とダリルは思う。どうやら己が酒を楽しむのはまだ早いようだ、と。
――葉巻に次いで、酒もどうやら趣味にはできそうにないな。
リクスに趣味を探せ、と言われて以降、ダリルは何かないかと色々探しているのだが――正直経過は芳しくない。
リクスはダリルが仮にグラナを倒せなかった場合、抜け殻になってしまうのでは、と危惧していた。
だが既にダリアを助けて信頼できる人に後見して貰えた今、既にダリルは抜け殻になってしまっているのかもしれなかった。
「君の趣味はなんだ? シェリフ」
「美味いもん飲み食いしておっぱい揉んで寝る」
予想していた通りの回答はやはり、ダリルの助けにはならなかった。
「なんだぁ? 文句あんのか?」
「いや……私はなぜそれに興味がないのか、と考えていた。多分、それを突き詰めていった先にあるのが貴族だからだろう、と思うのだが」
そう、それは貴族の生活だからダリルは忌避してしまう。貴族とはダリルにとって、ダリアが苦しんでいる時に何一つ苦しんでいなかった愚かな己と同義だ。
だから貴族の生活を連想させる美酒も美食も、ダリルには食指を伸ばせないのだろう。
そう説明すると、呆れたような顔でシェリフが骨付鳥に齧り付いて肉を噛み千切る。
「ダリル、あんた生きるの下手だな」
「生きるのが下手か。言い得て妙だな」
「感心してんなアホ、俺は馬鹿にしてんだぞ」
シェリフがウェイターに手を挙げて骨付鳥を指差すと、ウェイターがもう一つ同じモノを皿に載せて持ってきてくれた。
それをシェリフはダリルへと押し付けてくる。ダリルからすれば、ちゃんとウェイターによって切り分けられたモノを受け取りたかったのだが。鳥に丸ごと齧り付いていいという教育を、ダリルは受けていない。
「だったら先ずはマフィアらしく仕上がろうぜダリル。マフィアは健啖だ。食える時に食える奴が強ぇんだってサンチェスファミリーの誰かが言ってたぜ」
「マフィアらしくか、成程」
たしかにそれはありだろう、とダリルは思う。
今のダリルはレーミーファミリーの魔術師だし、ダリルがマフィアらしくなることは誰にも迷惑をかけないどころか歓迎されるだろう。
「あとマフィアならいつまでもお上品に私とか言ってんな。俺でいいんだよ俺で、舐められるぞ?」
「む、そういうものか?」
「おぉよブラザーだって俺っつってるだろうがよ。貴族が嫌なら貴族みてぇな口きいてんなよ。矛盾してっぜ?」
確かに、とダリルは頷いて、ああともう一つだけ気が付いた。
望みを奪われたから、ではなく叶えてしまったがために
「そうか、そうだな……」
リクスに助けられて、ダリルは今ここにある。
魔術師を補填するためだとリクスは嘯いているが、わざわざ麻薬中毒の孤児から魔力持ちを探さなくても、もっと他にやりようがあったはずなのに。
――ブラザーのように成りたい、か。大それた望みだな。
趣味とは言えないが目標ならあった。
ダリルはリクスのような、迷霧に囚われどうすればよいかもわからずにいる人を助けられる人間になりたいのだ。
焦燥で自らを焼くことしか出来ないでいた己のような子供に、手を差し伸べられるような大人になりたい。たとえそれが二番煎じだろうと構うものか。
それこそがこのカヴァの泡のように、ダリルの中から絶えることなく立ち上ってくる、ダリル自身の願いなのだから。
「シェリフ、わた……俺にも望みがあったよ」
「おおそりゃよかったな! その鳥美味ぇだろ?」
前後の会話が繋がってないシェリフは既に相当できあがっているようだったが、ダリルにとってそれはどうでもよい話だった。
シェリフに押しつけられた骨付鳥に齧り付けば、ジュワリとジューシーな肉汁とソースが口の中で混ざり合って心地よい旋律を奏で始める。
美味いな、とダリルは思った。
ダリアが行方不明だと知ったその時から、何を食べても味なんてよくわからなかったのに。
骨付鳥に齧り付きながら、ダリルはリクスを見やる。
リクスはオクレーシアの立ち居振る舞いを見張る、と言っていたが――やはり、その視線は柔らかく温かいものであるようにしかダリルには見えなかった。
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