■ 394 ■ 戦勝パーティーにて Ⅰ






 キュポン、とカヴァのコルク蓋を飛ばして泡立つ液体をグラスへと注ぎ、


「では、我らレーミーファミリーの今後の飛躍を祈念して」

『ママ・オクレーシアに乾杯!』


 その場に集った一同が高々とグラスを掲げて一気に中身を空にする。

 それと同時に演奏が始まれば、和気藹々とした空気が室内に漂い始める。


 スエッサ地区はメインストリート、ウティカ通り一番街に居を構えるリストランテ『デ・ラローチャ』。

 レーミーファミリーのシマにある中では一番格調高いリストランテに集められたのはオクレーシア・レーミー、ガストン、レイモン、ダリル・アッカーソン、シェリフ・イドリースを初めとする中核魔術師。


 また、その補佐をする執事長のガエルと、魔術師見習い兼侍女見習いとしてオクレーシアの世話をするダリア・アッカーソン、サリタ・ロサリオ、コルナール。

 そしてレーミーファミリーに忠誠を誓ったバルトロメやマカリトといった重鎮たちと、エンリケスファミリーを初めとする同盟ファミリー側の重鎮たちだ。


 華やかな空気の中には、自分たちがレウカディアのトップに躍り出たという自負と熱気と覇気が満ち満ちており、誰も彼もがご機嫌に酒と料理を喰らい、また秘密の情報や交渉などが飛び交っている。

 当然、ファミリーの重鎮を集めている以上、リストランテの警備はソルジャーでガチガチに固められている。その上でリクスとその弟妹がパーティーには参席せず、周囲の警戒に回っているという万全の備えだ。


「ブラザーたちは参加しないんですか?」


 とやや残念そうに問うた時のオクレーシアの顔には、「なんかあった時のトラブル解決をリクスに丸投げしたかった」とあからさまに顔に書いてあった。


「飲み食いできる形の仮面がまだ用意できてないのでな」


 それがリクスの回答である。あとで兄妹だけで小さな祝宴を挙げるとのことで、


「そもそも堅苦しいのは性に合わん、昔を思い出すからな」


 そうリクスらはパーティーへの参加を固辞して、リストランテ内外の警備に注力している。

 それはそれで安全だしくつろげるか、と平然と考えられるオクレーシアはある意味大したものである。


 もっとも、


「……なんで彼は私をずーっと部屋の角から見てるんですかね、はぁ……」


 弟妹に周囲は任せ、パーティー会場内で唯一武装しているリクスがジッとオクレーシアに視線を向けているもので、これはこれで心労が嵩むというものだ。


「いいじゃねぇか、絶対の安心だろ?」


 身体にフィットしたスーツにタイを締めたガストンが、ヘッと笑いながらカヴァのグラスを空にすれば、リストランテのウェイターがスッと次を注いでくれる。

 何かとボヤきの多いガストンだが、流石に一流の料理と酒を前にすれば笑顔も零れるというものだ。こんな上質なリストランテで食事など、冒険者をしていては一生ありつけなかっただろう。


「いーですねー粗にして野にして卑のままの野蛮人はー」

「おーよこちとら野蛮人でございますよレディ。よっ、立てば爆薬座ればボイン、歩く姿はクラーケン!」

「くっ、ガストン如きが調子に乗ってぇ――」「奥様」


 己のスカートをむんずと掴んで大股に歩き出そうとしたオクレーシアの背中に、執事のガエルが冷やかな華声を投げかけてくれば、オクレーシアも背筋をピンと伸ばしてスカートを手放さざるを得ない。

 淑女、淑女だ。これはいずれ来たるリュキア貴族も参加するパーティーの予行演習でもあるのだから、オクレーシアは淑女になりきらねばならないのだ。


「あーあ、華やかな祝宴なのに楽しくないなぁ……」


 リクスに言われた通り、ゲストとして招いたエンリケスファミリーや、新たに同盟を結んだファミリーの重鎮たちに声をかけて歓談。

 更に元ヤッキア、スカルキファミリーからオクレーシアに転向した配下たちを労うなど、オクレーシアがやらなければならないことが多すぎて、正直酒の味もよく分からない。というか酔っ払うわけにもいかない。


「楽しんでますかーレイモーン」


 癒しを求めて己の左腕たるレイモンに声をかけて絡みにいけば、レイモンはレイモンでモンペリ地方産の高級バターで焼いた鮭のステーキに舌鼓を打っているところだった。


「ええ、ママ・オクレーシア。それと今日のママは実にお美しくていらっしゃいますよ」

「ありがとーレイモーン。本当に貴方はガストンと違って頼りになります。これからも頼りにしますからねぇ」

「ご信頼をお寄せ頂き感謝の極み。それでは」


 一礼したレイモンが空になった皿をウェイターに渡し、替わりにフルートグラスを手に取ってカヴァで口腔内の脂を洗い流し次の料理へと向かう。

 楽しそうだなぁ、くつろいでるなぁ、料理美味しそうだなぁとオクレーシアはレイモンが羨ましくて仕方がない。


 パーティーでも落ち着いたたたずまいを崩さないレイモンは――そう言えばオクレーシアはあまりレイモンのことを知らなかったな、と今更気が付いた。

 何処でどう育ち、どういう流れで海神オセアノスを信仰し、マフィアに身を窶したのか。

 そこら辺のことを全く知らないままレイモンは気付けばリクスが懐柔して、ポーションを対価にオクレーシアに忠誠を誓ってくれている。


「ま、今更の話か」


 オクレーシアは考えるのを止めた。個人には個人の事情があるのだろう。

 そこを全く気にしないのはガストンからすればズボラだが、オクレーシアの懐の深さを端的に示しているとも言える。と、


「ママ・オクレーシア、ご挨拶させて頂きたい」


 屈強な男にそう声をかけられ、オクレーシアの意識はそっちに移る。

 声を発したのは配下バルトロメが連れてきたと思しき、鋭い瞳が猟犬を思わせる、抜き身のナイフのような気配の男だ。

 オクレーシアの耳元でガエルが「ブリセーニョファミリーです」と耳打ちする。


「こいつを紹介させてくれママ。俺の遠縁の親戚でな、ブリセーニョんとこの新進気鋭、ギジェルモってんだ。胆力も頭も悪くねぇ、いずれはブリセーニョファミリーの若頭になるだろうよ」

「ギジェルモです。今宵はお目通りできて嬉しく思います、ママ・オクレーシア」


 要するに、ブリセーニョファミリーで栄達する為の後ろ盾になって欲しい、ということかとオクレーシアは理解した。その暁には、よりレーミーファミリーと懇ろにやっていくから、と。

 ギラギラと野心に満ちたギジェルモとやらの眼にはしかし傲慢や卑屈の色は無く、だから現時点でオクレーシアがそれを否定する理由はない。自分の力と判断に自信がある、輝ける未来を見ている男にはまだ、善や悪という色がついてないのだから。


 長手袋に包まれた己の手を取って額を付けた青年に、オクレーシアは穏やかに笑ってみせる。

 瞳神オルクスの魔眼が宿る、眼鏡の奥にあるその虹色の瞳を、殊更印象づけるように輝かせながら。


 どちらが格上なのかを、これ以上なく端的に示すように。


「此方こそ、末永く宜しくして頂きたいものですわ。未来の副頭領ヴィーチェカポ様」


 ここはマフィアの巣窟なのだ。そしてマフィアより遥かに恐ろしいリクスがオクレーシアの仕上がりを見張っているのだ。

 だからオクレーシアはこの場で立派な淑女を演じきらねばならない。それがオクレーシアが至ったドンという、この街の頂点たる者の役目である。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る