■ 393 ■ 訓練兵Dの激昂






 続いてディアナが連れてきてくれたのは、


「イドリース少年だな?」

「おいおい怪しい仮面の悪の大幹部さんよ、なんで俺の名前を知ってるんだ?」


 橙色の髪をツンツン逆立てた、元気だけで構築されたような外見の少年が胡散臭そうにリクスを睨む。


札神テッセラ魔術師がそう呼んでいたろう」

「あぁー、そういやそうか」


 名が割れている、と分かった少年がガリガリと頭をかいて、そして半ばは諦めの境地に達したらしい。


「シェリフ・イドリースだ。信仰は太陽神教アムン・マグナだ、まぁ破門されたがな」


 そう、嘘偽りなく自己紹介をしてくれる。まぁリクスは最初から知っていたのだが。


「現役の神殿騎士でなくとも構わない。十分な戦闘能力を備えていることは昨晩見せて貰ったからな。我々の仲間にならないか?」

「はっ、馬鹿言うな。こっちにも義理ってもんがあるんだ。恩人殺されてハイ分かりましたって頷けっかよ」


 シェリフがそう吐き捨てるように言うが、


「最初から捨て駒にするつもりだった雇い主に義理立てする意味があるとは思えないが」


 そうリクスに問われ、露骨にシェリフ顔をしかめる。どうやらその事実をシェリフは意図的に考えないようにしていたようだ。


「……最初からそうだったと決まった訳じゃねぇだろ。金銀輩先パイセンの独断に決まってらぁ」

「流石にドンの雇用した魔術師を許可なく生贄にはせんよ。サンチェスファミリーは老舗だからな、血の掟はウチよりも遥かに厳格だ」


 そうだろう? とレイモンに問えば、レイモンが静かに頷いた。

 厳格でガチガチに掟が決まっているから、サンチェスファミリーは百年以上もレウカディアに君臨できていたのだから。


「後からならいくらでも言えるだろうがよ」

「前からでもいくらでも言えるさ。我々とサンチェスファミリーの差は、どっちが前で後だったか程度の差しかない。早かった方があらゆる正当性を得ることができる、というものでもあるまい?」


 リクスの言葉に、シェリフは咄嗟の反論を思い浮かばなかったようだった。

 だから大人として、リクスはシェリフが納得するに足りる言葉を紡ぎ出す。シェリフが納得できる落としどころを用意してやるのがリクスの役目だ。


「君は為すべきを為したが、君の会社は社長の判断が悪く倒産してしまった。であれば君が次に為すべきは働き先を探すことであり、前社長と共に首を吊ることなど損失でしかない。そう考えるのは不義理でもなんでもない、と俺は考えるのだが、君はそうは思えないか?」

「……口の上手い大人は信用できねぇ」


 シェリフが、怨嗟すら籠もった声でそう絞り出す。


「大人はそうやって俺たちの反論を塞いで、自分の良いように操ろうとするんだ。俺の同期たちはみんな俺より才能があったのに、それを妬み嫉んだ馬鹿に無理を押し付けられて、病んで太陽神教アムン・マグナを辞めたり神の御下へ旅立った。誰も俺たちの言う事は信じねぇで、口の上手い大人を信じて、そのクソ野郎をぶっ殺した俺の方が悪だと言う!」


 そうリクスを睨みつけてくるシェリフを前に、


「お兄ちゃんはそんな事はしません!」


 そう叫び返したのは、彼をここまで連れてきたまま、なんとなくこの場に残っていたディアナである。


「お兄ちゃんはそういうクソ司祭の元から私たちを助け出して、立派な神殿騎士になれるように先生も手配してくれたんですから!」

「はっ、だがお前は今マフィアやってるってのが全てを物語ってらぁ。そりゃお前のお兄ちゃんがそう命じたからだろ?」

「私たちが無理矢理お兄ちゃんに押しかけてるだけです! 最後までお兄ちゃんは私たちを同行することに反対してました! そんなクソ野郎なんかと一緒に、するなぁ!」


 そう叫んだディアナに、シェリフは呑まれてしまったようだった。ハアハアと肩で息をするディアナを前に、何を言えばよいのか分からず右見左見する。


「いいです。そんなに死者の後を追いたいなら首を出しなさい。私が首チョンパしてやりますから!」

「ま、待ってディー、早まっちゃ駄目だ!」

「いいじゃないですかお兄ちゃん。それが彼の道行きなら肯定してやれば! 私はこれ以上お兄ちゃんが侮辱されるのを黙って聞いてたくありません!」


 シャキン、とディアナが腰から剣を引き抜けば、「あ、こいつマジだ」とガストンもレイモンもダリルも震え上がった。

 弟妹で普段は一番大人しいディアナの噴火に、哀れ御立派な大人たちは左見右見することしかできない。


「せっかく助かった命をドブに捨てたがるバカなんて! 誰もが死にたくない、幸せになりたいってもがいている中で! 山猿以下の浅慮で生きるのを否定するなんて私たちのみならずダリアたちへの冒涜です! お前の心臓なんか誠実の秤に乗せる価値もない! ワニアメミトの餌なんか勿体ないです! ここで無意味に死んでいけ!」

「わ、悪かった! そういうつもりじゃなかったんだ! 謝る、謝るよ!」


 ふーっ、ふーっと荒い息で剣を振り上げるディアナの前でシェリフが額を床に擦り付けて土下座する。


「よくわからないまま貴方のお兄様を侮辱してすいませんっしたぁ! 許して下さい! 頭下げてるけどこれ首落してくれって意味じゃあありません誤解しないで下さいお願いします!」

「もうお兄ちゃんを侮辱しませんか!」

「しません! あと命を大事にします! 必要ならそのダリアさんにも謝ります!」

太陽神アムンに誓ってですか!」

太陽神アムン=ルーに誓います! この通り!」


 シェリフがそう誓ったことで、ようやくディアナは寛助することにしたようだ。振り上げていた剣を下ろして、リクスへと向き直る。


「お兄ちゃん、あと任せます。私こいつ嫌いです。正直味方に引き入れるのも反対ですけど、お兄ちゃんが必要だと言うなら我慢します」

「う、うん……ごめんね、ディー」

「そこは『ありがとう』ですよ。お兄ちゃんが療養所でそう私に言ってくれたんですから」

「……そうだね、ありがとう、ディー」

「はい。私はこれで失礼します」


 ペコリとディアナがリクスへと一度頭を下げ、その後にシェリフをもう一度一睨みしてから退室すれば、残された男たちは深く深く息を吐いて深呼吸することしかできない。


「……愛されてるな、ブラザー」


 そう呟いたガストンにリクスは呆然と頷いた。


「うん……彼女らにはひとかどの神殿騎士になってもらう筈だったのに、どこをどう間違ったのやら……」


 そう本音を零したリクスは、シェリフとの交渉中だったことを今頃思い出して、ゴホンと咳払いをする。


「そ、それで此方に付いてくれる、ということでいいんだな?」

「……ああ、勢いで言ったけど、よく考えたら死にたくはねぇし。あのチビの言う事が本当にせよ騙されているにせよ、幸せだと錯覚できるぐらいの環境は整えて貰えるんだろ?」

「マフィアである以上は絶対の安全は用意できないがな」

「そりゃまあ当然だ。しゃあねぇ、宜しく頼むわ、ええと、ブラザー?」

「ああ、宜しく頼む。シェリフ・イドリース」


 シェリフと握手をすれば、前時間軸でシェリフらと囲んだ食卓が思い出されて、無性にリュカバースが恋しくなってくる。

 だがリクスにとっての恋しいリュカバースは未だ世界のどこにもなく、今のあそこはドン・コルレアーニの支配する麻薬の販売拠点だ。


「以後ダリルはシェリフと組んで行動しろ。お前には遠距離攻撃手段がないし、光源を操れる太陽神アムンとお前の獣為変態の相性は極めて良いからな」

「了解した、ブラザー」

「おう、あの時の狼野郎か。宜しく頼むぜ」


 ダリルとシェリフを組ませ終われば、これでレウカディアにおける当面のレーミーファミリーの活動は、エルダートファミリー抜きでも回るようになる。


 つまり、レウカディアの外までいよいよエルダートファミリーの活動範囲を広げられる、ということだ。


「今後はどうするんだ、ブラザー」

「そうだな……」


 色々やることは山積みだが、ある程度順番は変えられる。リクスが望む未来を引き寄せるのに、どう行動を組み立てていくか、それを頭の中で考えて、


「戦勝パーティーでもやろうか」


 頭に浮かんだのは、前時間軸でグラナに挑む前にシンルーが言っていた、戦が終わったらやりたい事である。


「え、それ議題に上げてまでやることなのか?」


 問うガストンにリクスは鷹揚に頷いてみせた。


「シマを大きくできて、無事ダリアを助け出せて、魔術師の卵が増えて、更にはドンを撃退までしたんだ。今、我々が無事でここにあることを喜んでも罰は当たらない筈だろう」

「パーティーですか、それはいいですね!」

「あと、その場でオクレーシアの立ち居振る舞いと作法がどれだけ仕上がったか確認するからな」

「えぇ!? 私だけ楽しめない!」


 驚くオクレーシアに笑うガストンとレイモン。まだ表情が硬いダリルに、もうくつろいでいるシェリフと、静かに黙祷するガエル。

 彼らを順繰りに眺めながら、リクスは温かいく、しかし少しだけ苦い吐息を吐いた。


 放っておけば、この先の彼らはミカに全滅させられてしまう。それを防ぎながら、ラジィが観測した範囲の歴史を変えずに維持し続けなければならない。守りたい者ばかりが増えて、失えないモノばかりでがんじがらめになっていく。全く以て楽ではないが、



――これが、俺が選んだ道行きだからな。



 五十二人のリクスたちの願いを背負っているこの身は、己が救いたいと思った全てを救わねばならない。それを成し遂げなければ、礎となった五十二人の己に顔向けができないのだから。






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