リクスの息抜き

 ■ 392 ■ 頂上決戦の後始末






「これでいい。あとは自然にサンチェスファミリーは瓦解するだろう」


 仮のねぐらのはずがすっかり腰を落ち着けてしまったウーゴ・ヤッキアの館の談話室にて、交代で仮眠を終えた一同を、ビアンカが淹れてくれた紅茶とお茶請けで軽く労う。

 ダリルやダリアたちが未成年ということもあり、お酒は夜までお預けだ。


「連中のシマは取らないのかい? ブラザー」


 勿体なくないか、とガストンは問うてくるが、


「俺たちは攻められたから反撃しただけだ。積極的にサンチェスファミリーのシマを取りに行けば、残党が結束してしまうからな」


 追い詰められれば残党は手を組んでしまう。だが放置しておけば自然と連中は次のドンを目指して、元仲間内で脚を引っ張り合う。

 ドンがいなくなっただけで、シマはそのまま残っているのだ。誰もがドンになる己を夢見るから、協力してファミリーを立て直すのはこれで不可能になる。


「敵の始末は各個撃破が基本だ。こちらでわざわざ一塊の厄介な敵に仕立て上げる必要もあるまい」

「でもそれだとブラザー、今回の抗争に参加してないマフィアファミリーなんかが漁夫の利でシマ広げちゃいません?」

「多少の利益は雑魚どもにくれてやれ、オクレーシア。最大の利益、収入源はサンチェスファミリーとて奪われまいと必死に守り、その結果として消耗するだろうからな。最後にそこだけ我々が抑えれば元は取れるさ」


 サンチェスファミリーがこれまで得ていた利益を全て独占しては、今度はオクレーシアが終始狙われる立場となってしまう。

 ある程度は融和の姿勢を見せておいた方が後々のことを考えるとやりやすくなるのだ。


「全てのクエストを独占する冒険者クランなんて、成功はしても他の冒険者から蛇蝎のごとく嫌われるだろ? それと同じ事だよ」

「成程、そりゃそうだな。納得だよ」


 そうたとえてやれば、胃の腑にあっさり落ちたのだろう。ガストンが頷いたのでこの話はおしまいだ。


「これで実質的にオクレーシアがこの街のドンママとなったわけだからな。それに相応しい気品を身に着けて貰うぞ。ダリア、サリタ、コルナール。手を抜くなよ」

「はい、ブラザー」

「恩義は、必ず返す」

「全力を尽くします!」

「ア、ハハ……程々でお願いしますね」


 やる気を出してくれた三人娘には一旦退室してもらい、続いては捕虜になったサンチェスファミリーの扱いについてだ。




 エーメリーに連れてきてもらったのは、五十代半ばの白髪と黒髪が半々になった、姿勢の良いやや痩せ型の男性である。


「ガエル副頭領ヴィーチェカポ。お前には新たなドンたるオクレーシアの脇を固めてもらいたい」


 サンチェスファミリー副頭領のガエルにそう告げると、縄を解かれたガエルが怪訝そうに眉をひそめる。

 疑問に思ったのはその内容か、それともオレガリオから既にリクスに従えと命令を受けているのに、依願の形を取っているからか。


「何故、私がそれを引き受けるとお考えで?」


 ただ、ガエルはこの時間を、己なりの納得を得るために使おうと判断したようだ。

 それはリクスとしても望むところだ。味方内にわだかまりはないに越したことはないのだから。


「お前が望むものは平和なレウカディアだろ? サンチェスファミリーのどの残党に付いてもそれは得られんぞ」


 そうリクスに告げられたガエルの顔には「何故それを知っているのか」とありありと書かれていて、ガストン、レイモン、ダリルの三人は少しガエルに同情してしまった。

 何故それを知っているのか、は彼らにも共通する、リクスという存在最大の疑問なのだから。


「いい港町だよな、レウカディアは――別にオクレーシアを敬う必要はない。ただこのレウカディアの平和を維持するために力を貸してくれないか」

「……貴方は何者なのです。何故、ママ・オクレーシアの味方を?」


 ガエルにそう尋ねられるも、それは明確に答えられる。

 昨晩のウチにガエルには一度素顔を見せているし、それがリュキアの血の濃い顔であることはもうガエルも理解しているはずだ。


「最終的にはリュキアの為だ。当面の目標はリュカバースのドン・コルレアーニとその魔術師グラナを排することとなる。奴らの主力商品は麻薬で、大規模な麻薬商売は国を傾けるからな。その為にはレウカディアの街しか見ておらず余所に手を出そうとしない、守文のサンチェスファミリーでは都合が悪かった。だから排した」

「……成程」


 そう告げると、リクスにリュキア氏族の血が濃く現れていることを知っているためだろう。ガエルも納得したように頷いた。


「だが、俺は別にレウカディアという街を徹底して解体したい訳ではない。この街の引き続きの発展のために、お前にも副頭領としてオクレーシアを支えて欲しい。引き受けてはくれないか?」


 しばしの黙考の後、


「畏まりました」


 ガエルはリクスへと頭を垂れる。元よりオレガリオ・サンチェス・セレンより託されていたことだ。


「ですが私にもケジメがありますので、ファミリーではなく個人的にママ・オクレーシアを支える形となることをお許し頂きたく」

「マフィアは引退か……そうだな、そういう形でも困ることはない。必要なのは助言だからな。ではオクレーシアの住まうこの館の執事を任せたい。頼まれてくれるか?」

「承りました――ええと」

「ブラザーでいい。皆からはそう呼ばれている」

「畏まりました、ブラザー」


 ガエルが深々とお辞儀をすれば、これでまた一つオクレーシアの身辺が強化できて、リクスとしては一安心だ。

 サンチェスファミリーの副頭領ヴィーチェカポだったガエルがオクレーシアに下った、という事実は、間違いなくレウカディア裏社会に衝撃となって走り抜けるだろうから。






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