■ 387 ■ レウカディア頂上決戦は割込を余儀なくされました Ⅱ






「馬鹿な、何故、死なない……」


 札神テッセラ魔術師の、問いというよりは独り言のようなそれに、グラナがせせら笑って応える。


「決まってんだろぉぉお? 愛ってのは永久不滅の輝きなんだよ。この身体は愛でできているんだ。それをお前らの殺意だとか誓いだとか欲だとか名誉だとかで塗り潰せると思うか? 無理だよ無理無理、無理に決まってんだろぉ? あと早くパンツ寄越せ、今ケツ筋切られたらクソ漏らすとこ見られちまうだろうがよぉ」


 そう、グラナとしては嘘偽りなく語っているわけだが、当然そんなこと、札神テッセラ魔術師たちにもオクレーシアにも分かるはずがない。

 分かるのはこれだけの火力を投入してなお、グラナを殺しきるには至らない、という絶望だけだ。


「はぁん、札神テッセラかよ? 今の複合魔術は符も魔力も結構な大盤振る舞いだったろ? で、あと符は何枚残っている? いいぜ、いくらでも来いよぉ。無尽の愛に守られた俺が倒れるわけがねぇんだからなぁ」


 裸足で石畳みを踏みしめながら、一歩、また一歩と近づいてくるグラナを前に、札神テッセラ魔術師たちももう万策尽きたのか、青い顔でジリジリと後ずさりすることしかできず、


「虚なる大空、輝ける日輪。天と地の狭間にまします太陽神アムン=ルーよ。貴方の僕が貴方に祈りを捧げます。どうか我が声に耳を傾け、昏き世界を照らし賜え!」


 そんな一同の前で閃光が走り、グラナの心臓に小さな穴を空ける。


輩先パイセン! あのフルチン敵だよな? ってよかったよな!」


 【陽裂光ラディ ソリス】。光を収束し一点集中した火線砲でグラナを撃ち抜いた橙髪の少年が走り寄ってきて、それで札神テッセラ魔術師二人は我に返ったようだ。


「いいぞイドリース! そのまま奴をここへ釘付けにしろ!」

「我らはドンをこの街より逃さねばならん!」


 そう札神テッセラ魔術師が声高らかに告げる中、


「すまねぇ、リンマ――おいおい、威勢良く攻めてきておいてケツ捲って逃げるのかぁ?」


 瞬時に心臓に空いた穴が修復されれば、橙髪の少年もこれは尋常じゃないとすぐに気が付いたのだろう。


「釘付けって……ありゃあ流石に無理じゃ――」


 だが、そう告げ終えるより速くに札神テッセラ魔術師が少年の背中に符を張り付ければ、


「がっ……ちょ、パイセン、まさか……嘘だろ……」

「【我らがここを離れるまでグラナを足止めしろ】! 退くぞ金符ジンフー!」

可以りょうかい!」


 橙髪の少年がグラナから逃げる札神テッセラ魔術師たちを庇うように立ちはだかる。

 だがその動きは身体強化可能な魔術師とは思えない程にぎこちなく、グラナの足止めなどできないことなど誰の目にも明らかである。


「愛がねぇよなぁ。ガキを足止めに残して逃げるか普通? 年長者が体張って若ぇの逃がすのが正しい社会ってもんだろうがよ。それともマフィア如きが戦争でもやってるつもりかぁ?」

「く、くそっ……【陽裂光ラディ ソリス】!」


 少年の指から収束した光が再びグラナを狙って迸るが、


「嘘だろ……」


 灼熱の閃光を、あろうことかグラナは掌で受け止めてみせる。これにはオクレーシアやガストンも絶句して呆然と眼を瞬いてしまった。

 何の防具も使わずに、短縮聖句の詠唱も無しに、ただの生身一つで――


「何だよ、身体強化の部分集中なんざどの神教でもやってるだろ? そんなギクシャクした狙撃なんぞ防げねぇ筈ねぇだろうがよ」


 そうグラナはこともなげに言うが、障壁魔術やアミュレットもなしに、身体強化だけで狙撃魔術を受け止める、というのがそもそもおかしいのだ。


「あちゃー、こりゃあアレだろ。俺の愛を逆手に取ろうってクソムーヴだろ。ガキを殺すのを躊躇わせているうちにまんまと逃げ果せよう、って腹たぁマジでクソだな。コルレアーニィより愛が足りてねぇんじゃねぇのか?」


 光線が細って消えればグラナの掌には傷一つなく、その事実がその場にいる誰もの足をその場に留め置いて動かせない。

 その中で一人悠然と歩みを進めるグラナが、


「けどまあ、背中から撃たれたら流石に防げねぇもんなぁ……ボウズよぉ、星の巡り合わせが悪かったと思って一つ死んどいてくれや」


 そう手を伸ばせば、己の意思に反してグラナの手を掴んだ少年では、その指一本すらへし折ることも能わない。いや、仮に意思通りに動いたところでグラナ相手ではどうしようもなかっただろう。


「お、おい……ちょ、ま……う、嘘だろ、こんな……」

「なぁボウズ、魔術師ならば平民よりこれまでマシに生きられたろぉ? なら仕方ねぇよなぁ。恵まれてるんだから、お前は救う方なんだもんなぁ。俺にはお前は救えねぇし、死ぬしかねぇよなぁあ?」

「い、嫌だ……死にたくねぇよ……ようやく新人イビリのクソ神官をぶっ殺して、同期の仇を討って、ようやく俺の人生を始められたと思ったのに……」


 震え、怯え、しかし符術に抵抗できない故か、なお二本の足でグラナの道を防ぐ少年の頭と肩にグラナが優しく手をかければ――


「行きなさいガストン! リュカバースの魔術師、こっちを【魅よ】っ!」

「嘘だろお前行き当たりばったりにも程があんだろ!」


 グラナが振り向けば、オクレーシアの【魅了テンプト】がグラナに突き刺さり、


「【その手を離しなさい!】」


 グラナが少年から手を離せばガストンが少年を横から掻っ攫って即座に裏路地へと飛び込む。だが、それが限界だ。


「へぇ、瞳神オルクス。【魅了テンプト】の魔眼か」

「私の究極的魔眼の効果がたったの二秒とか、本当に化け物ですね!」


 オクレーシアの魔力をドンドコ注ぎ込んだ魔眼が功を奏したのは、指折り数えること片手の指以下の、ほんの少しの時間だ。


「まあいいでしょう、子供は助かりましたからね! 私頑張った超頑張った! そこのフルチンワカメ髪ィ! 愛を語りながら子供を殺すな、殺すなよ! そんなお前に愛を語る資格があるものかぁ!」


 やっちまった、という顔を浮かべながらも、オクレーシアはどこか誇らしげにグラナを指差し怒鳴りつける。


「言うじゃねえか女ぁ、お前に何の愛が分かるってんだ? あ?」

「分かりますよ、お前がキン○の小さい男だってのがね! あと早くパンツ履きなさいよ見苦しい!」

「俺だって早く履きてぇよクソがぁ!」


 突きつける人差し指も膝もガクガクと震えてはいるが、しかしそれでもオクレーシアは一歩も引かずに歩み来るグラナに相対する。






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