■ 386 ■ レウカディア頂上決戦は割込を余儀なくされました Ⅰ
「クソッ、よりにもよってこの状況に乱入してこなくてもいいだろうに!」
民家の屋根上で【
そのまま一気に夜空を滑空し、乱入者の移動予測進路上にいたディアナの側へと着地。
「え? きゃっ!」
闖入者に驚き動きを止めたマフィアたちの間を縫って、後ろからディアナを抱き上げ、脱兎の如くその場を後にする。
「ちょ、離し――」「俺だディアナ、暴れないでくれ」
「え? お兄ちゃん……? ど、どうしたのいきなり」
ギュッとリクスの胸に強く押しつけるように抱きしめられたディアナが、仮面の裏で顔を赤らめながらそう尋ねてくるが、
「あいつが来た。今俺たちの姿が見つかると全てがご破算になる」
そう、よりにもよってあいつがやってきたのだ。
あいつに黒仮面と黒ローブ姿の弟妹が一人でも見つかってしまえば、その時点でリクスの敗北が定まってしまう。
「あいつって?」
「グラナだ」
その一言にディアナが息を呑んだ、直後。
恐らくグラナが聖句を唱えたのだろう。爆発的に魔力が膨れあがったのがディアナにも感知できて、その凄まじさに思わず身体が竦んでしまう。
「今日この夜はもう俺にもどう納まるのかの予想が付かない。だから一先ず奴の進路上から俺たちは消える。俺らが見つかればグラナはダリアたちがここにいると確信するだろうからな」
「りょ、了解です。でも――ダリルさんはどうするんです?」
ディアナが問うようにダリルはまだ未成年だけあって、中性的な顔立ちはダリアと似通った部分がある。
もう少し成長すれば男らしくなり顔の造りも違ってくるだろうが――今はまだ、グラナがダリルを見てダリアの兄だと確信する可能性は低くはない。
ダリルがグラナと鉢合わせするのも不味いのでは、というディアナの問いはもっともであるのだが、
「神に祈る」
「ええ……」
リクスとしては他に手の打ちようがない。
グラナがどう動くか分からない以上、リクスは弟妹の回収の為にレーミーファミリーのシマから動くことができない。
そう位置取るとやはり、どうしても既にサンチェスファミリーのシマにいるダリルまでは手が伸ばせないのだ。
「わ、私がダリルさんに警告してきましょうか?」
「それもダメだ。恐らくグラナは強い魔力を追ってオクレーシアたちの方へ、つまりサンチェスファミリーのシマへと向かうはずだからな」
ディアナがその過程でグラナと鉢合わせする可能性もあり、そうすれば許可無く家族である(当然グラナから見ての一方的な話だ)コルナールとサリタを攫った黒仮面集団をグラナが許すはずもない。
「もう後は祈るしかないんだ……だからあいつは嫌なんだよ、行動が全く読めないし! ああもう!」
§ § §
膨れあがった魔力を察知して、オクレーシアが弾かれたように背後を見やる。
敵を前にしての明らかな隙を
「おのれ、このタイミングであの怪物が襲来とは……」
「リュカバースに漁夫の利を狙われたか? どうする
そしてどうやら敵の魔術師たちにはオクレーシアたちの背後に突如現れた魔力の持ち主に覚えがあるようだが、オクレーシアにはサッパリだ。
そのままガストン、レイモント視線を踊らせたオクレーシアは、月明りでもはっきりと分かるほどレイモンが血の気を失っていることに気が付いた。
「どうしました、レイモン」
「まさか、この状況での介入とは――」
レイモンがオクレーシアを見、そして敵
「グラナです。リュカバース最強の魔術師が何故か乱入してきました」
「グラナ、というとブラザーが言っていたクソ野郎、ですか?」
「これが、か……聞いてたのよりヤベェぞこれは……」
膨れあがった神気を見せつけるように悠然と迫りくる圧に、ガストンの背筋が冷や汗で濡れる。
これは、この神気はとてもガストンの手に負える相手ではない。こんなものをリクスは相手にしてきたのか、と考えると眩暈すら覚える。
それが刻一刻と此方に近づいてきているこの空気――まるで背中にぴったりと
「ああクソが、魔術師が一塊になってるのは幸運だったか? いや幸運なわけねぇよな」
古びた革靴に汚れだらけのシャツとパンツ、よれよれのコートという、どこから見ても不潔な一般市民にしか見えない風体の男が、千鳥足で警戒する五人へと歩み寄ってくる。
「俺とコルレアーニィは相棒なんだよ。分かるか相棒、相棒ってのは対等の立場にある筈なんだ。それがなんで俺がコルレアーニィのケツ拭いてやらなきゃいけねぇんだって、お前らは分かるか? わっかんねぇよなぁ、俺だって分からねぇよ。普通対等の立場にある奴にケツ拭かせるか? そういうのは介護って言うんだぜ? 家族の介護ならそりゃあ俺は喜んでやるさ。だって家族だもんな。当たり前だよなぁ、そこは分かるよな? 分からねぇ奴は愛が足りねぇから死んでいい。コルレアーニィの失敗をどうして俺がカバーしてやらなきゃいけねぇんだか誰か教えてくれねぇかな。教えてくれたら殺さねぇでおいてやるからさ。あいつ本当にドンの癖して人望なさ過ぎだろ。そう思わねぇか?」
ぼさぼさの濃紺の髪をかき回し、瞳を千鳥足以上に揺らしながら、焦点の定まらない眼でそう問われた中で、
「……嫌ならやらなきゃよいのでは?」
ついオクレーシアがそう、本当についうっかりというレベルで反応してしまえば、揺れる瞳がオクレーシアを凝視してハハァと溜息を吐く。
「俺もそうしてぇよ。つぅかよ、コルレアーニィの代わりに報復するのがなんでよりにもよって愛・戦士の俺なんだって思うよな? 俺も思うよ。だから人望とか愛とかが大事だって常々言ってるのにあいつ金のことしか考えてねぇし。愛は魔羅にしかこもってねぇから抜く度に空っぽになっちまうし溜るのも遅ぇ。あいつほんとクズだよ。でもクズだから俺が救ってやらなきゃだーれにも救われねぇんだ。そこんとこどう思う?」
「えぇ……?」
そうグラナに問われたオクレーシアは困惑した。確かリクスの授業の中で触れたルキーノ・コルレアーニはリュカバースマフィアのドンで、四十路半ばだと聞いているが……
「いい歳した大人がクズなのはもう見捨ててよくないですか?」
「そういう愛の無ぇこと言うなよぉお!! これだから愛が、愛が、愛が足りてねぇ! この世には全然愛が足りねぇんじゃねぇかよぉ!」
両手を挙げてその場に膝を付き嘆き始めるグラナを前に、それを勝機と見たか、
「「
そのまま、
「
「分かってる
火柱の周囲に
火柱が内側から破裂するように弾け飛んで、
「すまねえ、ジャンナ……で? 誰が誰を仕留めるってぇ? あとパンツ寄越せよ、焼けちまったじゃねぇか」
平然と傷一つ無い全裸の男が歩み出せば、オクレーシアたちが息を呑み、
あの火柱の中から平然と現れて、しかも傷一つ無いなどとは、そんなことがあっていいはずがないというのに。
「くっ、東に小陽、南に老陽、西に少陰、北に老陰!」
「陰陽四象の印字よ、万天万地の理をここに示せ!」
ただ、そんな威容を前にしても、流石はドン直属の魔術師と言うべきか。即座に
グラナが符で形作られた円陣より歩み出るより速くに、円陣の縁、四方から鋭い鋼の鉄塊が生えてきてグラナの身体をズタズタに引き裂いていくが、それでもなおグラナの哄笑を消し去るには至らない。
「なんだよ、偉そうな事言っておきながらただの鉄くれかぁ? 笑わせるぜ」
「そう軽んじたのが貴様の敗因よ!」
そう
「お、ぶ、ゲェ……」
ズタズタになったグラナの傷口から幾つもの植物の芽が芽吹いてきてグラナを束縛、根を張り、取り込みながらあっという間に大樹を形成し――
「これで終わりだ!
大樹それ自体が燃料であったかのように、先程の火柱とは比較にならないほどの天を突く火柱となって周囲を照らす。
レウカディアの如何なる建築物をも超えるそれは、炎と言うより光の柱と言った方が正しくまである。
「無事ですか、ママ・オクレーシア、ガストン!」
慌ててレイモンが水の檻を形成して二人を包まねば、離れた位置にいる三人ともが余熱で肺腑が火傷していただろう。それほどまでの劫火、熱量だ。
「あうぅ、助かりましたレイモン」
「何とかな。眼が眩しくてチカチカしてやがるが。すまねぇレイモン」
そうレイモンに礼を言った二人は改めて火柱へと向き直る。
「これ、流石に死にましたよね?」
「これで死ななきゃ人間じゃねぇよ……」
そうオクレーシアたちが呆然と火中が猛り、細り、小さくなって消えていく様を見守る前で、
――主よ、この身を捧げます。肉も、臓腑も、血の一滴すらも余さず愛しき
聖句の詠唱と共に、ぺたり、ぺたりという足音と共に炎の中から人影が歩み出てきて――
「アホくせぇ。家族の愛に守られてる俺を殺せるって、愛のねぇお前らがどうして思えるんだ? あとパンツ寄越せっつってんだろ。耳掃除ちゃんとしてるかぁ?」
全裸のグラナが立っている。
当たり前のように傷一つ無く立っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます