■ 385 ■ レウカディア頂上決戦 Ⅴ
橙髪の少年がガチンと拳を撃ち鳴らせば、その拳にはめられたグローブに張り付けられているのは、
上手く使えば防具としても使えるそれが少年の武器なのだろう。
「さぁ行くぜぇ! 俺の拳が光って唸る!」
愚直に正面から拳一つで攻めてくる少年に、これは何かあるなと思いつつもダリルは右手の剣を突き入れ――
「ぐうっ!?」
横から顔面を殴打されて壁に叩き付けられる。
今のはなんだ? 目の前の少年がいきなり消えて横から現れた。瞬間移動? いや、そんな魔術は聞いたことがない。
「さらにもう一発!」
少年の声が、あまり広いとは言えない隠し通路の中に木霊し――しかし、妙なことにその声はダリルの左手側から聞こえてくる。
少年自身は、右側から殴りかかってきているというのに。
――音、視界、匂い、肌感覚。これら全てを欺くのは難しいが、一つなら割と魔術で誤魔化すのも難しくないものだ。
オクレーシアと共に受けた、リクスによる魔術師と魔術についての講義が頭を過ぎる。
ダリルの感覚が妨害を受けている? では間違っているのは――
「そう簡単には!」
ダリルが迎撃のために剣を振るう。右手の剣と左手の剣を僅かに時間差を持たせて振るえば、
「はっ、雑な迎撃だな雑魚が!」
あっさりとダリルの剣は回避され、がら空きになった腹部に重い一撃が突き刺さる。
胃液が逆流して口の中が酸っぱくなるのは不快だが、確かにダリルは見た。
――こいつ、右にいたのに左手の剣を避けるタイミングで動いた。
ならば話は早い。ダリルが欺かれているのは視界だ。今、ダリルの目に見えているものは本当の光景ではない。
ダリルの見えないところにこの少年はいて、目の前にいる少年は偽物――いや、
――完全に違う光景を――幻を見せられているなら、剣を避ける必要がそもそも無い。だから見えているのは現実だ。
そう、少年はダリルの剣を避けた。傷つかない幻影なら、そもそも剣を避ける必要もないのに。
だから、目の前の少年はホンモノだ。だが、見ている場所とは違う位置にいる。
だから、目で追うのでは少年の位置を捉えるのは難しく、然るにダリルは、
「剣の腕も磨いておけ、と言われていたが――致し方ないな」
「どうした、もう降伏かぁ!?」
拳を振り抜こうとする少年から転がるようにして距離を取る。
距離を取って、
「我は毒にして人の罪なり。毒を制する力に焦れて心を喰らいし罪の証なり。贖罪のために魔を駆逐する、人ならざりし異形なり!」
変貌する。変態する。
その両腕には鋭い爪が伸び、半身が毛皮に包まれる。
その背中から細くしなる鋭い刃が服を貫いて現れ出でて、天女の羽衣のように宙を踊る。
「その聖句、こっちで勉強した中にあったぜ! お前、
親から受け継いだ魔獣の力が無いダリルだと
――初手からAランク魔獣を取り込めるなら、並の
リクスとその家族が協力して狩り与えてくれた
「ブラザーより授かったこの力――試させて貰う!」
気迫と共に何もない空間へ爪を振るえば、離れた場所に見える少年が腰からダガーを引き抜いてダリルの爪を受けた。
なかなか面倒だな、とダリルは薄く笑う。離れた場所にある光景を見ながら、目の前の相手に最適な攻撃を繰り出すのは結構大変だ。
「ちぃっ、獣の獣為変態か!」
ただ、魔獣の心臓を取り込んで日が浅いダリルには、元から人の身体になかった器官、即ち
だから攻撃に使えるのは剣を握るのに適さなくなった、肉球のある掌に備えられた爪、そして何より、
「そこか。匂うぞ」
「嘘こけ! ちゃんと毎日水浴びしてらぁ!」
「……意外にきれい好きだな」
獣の鼻が、匂いで敵のおおよその位置を教えてくれる。その為の獣為変態だ。
剣が握れないため射程は短くなったが、鋭い嗅覚によって敵の大凡の居場所は察知できる。
ただ、
「はっ! 俺が自分の弱点を分かってねぇ馬鹿だと思ってっかぁ!?」
少年が懐から取り出した小瓶を床へと放り投げれば、なるほど。
「香水か」
「ははっ、三万三千カルのお値打ち品よぉ!」
その凄まじい芳香で、完全にダリルの鼻は馬鹿になってしまう。
これでは匂いを辿るのは難しく、さて、
「勿体ないな。ダリアに譲れば喜んでくれただろうに」
ここは一旦退くか? までダリルは考えて、そして気が付いた。
よく考えたら――
「あ、おいどこ行くんだテメェ!」
「本来の目的を果たしにさ」
ダリルは少年を爪で引き裂くと見せかけ、そのまま脇を抜けて通路をひた走る。
そうだ、よく考えたらダリルの役目は敵陣で暴れてサンチェスファミリーの気を引くことで、この少年を倒すことではない。
「バッカお前ぇ逃げるとか俺の三万三千カルをどうしてくれやがんだええ?」
「すまん、買い直してくれ」
「あやまんのかよ真面目だなオイ!?」
追いすがってくる少年を無視して階段を駆け上り、出口を身体強化した爪で引き裂いて飛び込めば、そこは酒樽や酒瓶が並んだ倉庫の一角らしい。
とりあえず樽を階段下に蹴っ飛ばして、
「おい邪魔すんなクソが!」
「するに決まっているだろう」
少年にドカドカ樽をぶつけて階段を上る邪魔をし、その上で入口にガンガン荷物を重ねて、
『あ、おいズルいぞ!』
「結構、最高の褒め言葉だ」
可能な限り出口を塞いでから倉庫から出れば、
「ルペルカル地区三番街、セリープス通り。ブラザーの情報通りだな」
ドンのいるリストランテに直結ではないが、一応サンチェスファミリーのシマのど真ん中には出られたようだ。
ただ抗争の真っ只中とあらば、そこかしこにサンチェスファミリーのマフィアが控えているもので、
「! 魔獣がいるぞ、いや、獣為変態、
「報告を走らせろ、残りは迎撃だ! 敵の
あっさりダリルは敵に見つかり警戒を密にされてしまう。
ただ、それ自体は好都合というか作戦通りだ。後はダリルがサンチェスファミリーの注目を集めれば集めるほど、ママ・オクレーシアに対する圧を下げられることになる。
「ちっ、新入りの奴め使えねぇな! まぁいい、撃て撃て!」
ただサンチェスファミリーのソルジャーたちがクロスボウを次々射かけてきて、流石に身体強化と獣為変態があってもクロスボウの矢を身体で受け止めたくはない。
慌てて路地に飛び込んで、さてここからどう立ち回るべきかとダリルは思案し――
そして凄まじい魔力を感知して怖気が走る。
「伝令だ! 魔術師が新たに一人参戦したらしいぞ! 味方じゃねぇとよ!」
「クソッ、レーミーファミリーめ冗談じゃねぇぞ。魔術師のバーゲンセールかよ!」
サンチェスファミリーのソルジャーたちが吐き捨てるように叫ぶが、ダリルはダリルで血の気が引ききって顔が蒼白になってしまっている。
この魔力が、この魔力の持ち主がレーミーファミリーでなどあるものか。
まさか、よりにもよってこのタイミングであの男が参入するなど――冗談じゃないのは此方の台詞だ。
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