■ 384 ■ レウカディア頂上決戦 Ⅳ






「さて、鬼が出るか蛇が出るか」


 地下通路を進みながら、ダリルは注意深く周囲を警戒する。

 ダリルが進んでいるのはサンチェスファミリーのシマに通じる隠し通路、平たく言えば非常時のサンチェスファミリーが逃走に使うための脱出路だ。


 リクスに教えられたそこを進むダリルには、何故リクスがそういう他ファミリーの秘中の秘を知っているのかさっぱり分からない。


 だが、問うなと言われた以上その先を探るわけにはいかないし、そもダリアを救うことができたのはそんなリクスの知識のおかげであるとダリルはよく分かっている。

 だから恩人を探るような真似をするつもりはないし、今更リクスを疑ったりもしない。

 ただ、



――そろそろマフィアたちも自分たちの逃走路が洩れているのでは? と勘ぐり始めるころだ。安全な道だと思うな。



 リクスはそうダリルに忠告してくれている。

 確かにスカルキファミリーの自壊はさておき、ヤッキア、カーデフと二つのファミリーがあっさりと壊滅し、しかし組織自体はほぼ無傷とあらば、頭領カポの暗殺を誰もが疑うだろう。

 誰にも知られずにどうやって暗殺を成し得たのか、と考えれば頭領カポとその側近しか知らない脱出路が使われたのでは? と頭領カポたちも怪しみ始めるころだ。


 世の中には数こそ少ないものの、観測を主任務とする魔術師というのも存在する。そういう人材が投入されたなら、隠し通路とて隠し切れるものではないのだから。

 と、



――魔力の気配だ。向こうもこっちに気が付いたな。



 魔術師として信仰を得る前に、魔力による身体強化だけを操って生きてきたダリルは、魔力の気配を察知するのが並の魔術師より上手い。

 そのダリルが気付く距離で敵も気が付いた、ということは敵魔術師もかなり優秀、と見て間違いないだろう。



――あくまで私は陽動、身の危険を感じたら逃げてよい、という段取りではあるが。



 ダリルの役目は脱出路からサンチェスファミリーのシマに飛び込んで騒ぎを大きくし、敵の注意を惹き付けることだ。

 魔術師の討伐は求められていないし、そも新米魔術師のダリルが魔術戦を行なうのは危険極まりなくもあるのだが、あえてダリルは前進を選ぶ。

 今頃オクレーシアたちはドンが直々に雇った魔術師と交戦しているだろう。

 流石にグラナほどの凶悪な奴が出てくるとは思えないが、ドンが金に糸目を付けず雇った人材だ、弱いはずがない。であれば、ダリルも安全策など採っていられないということだ。


「おうおう。飛んで火に入る夏の虫ってか」


 カツン、と地上へ出るための階段から一歩を降り、ダリルの前に立ちはだかった人影は、


「若いな」

「お前が言うかよ」


 ぱっと見では、十二、三歳といったところか。ダリルと同年代に見える少年が、短く切りそろえた橙色の頭髪を呆れたようにかき回す。


「ここを通りてぇなら心臓タマぁ置いてきな。魂だけなら通してやらなくもねぇ。お日様の元に還れねぇのは悲しいからな」

「優しいんだな。マフィアとは思えない物言いだ」

「おぉよ新入りだからな。まだそういう流儀とかよくわかんねぇんだ」


 階段を降りきった少年の態度は悠然としており、気負いも恐怖も感じてはいないようだ。

 若いのに大したものだ、とダリルは自分のことを棚に上げて感心するが、感心ばかりもしてられない。


「新入りなら悪いことは言わない。こんな事は止めて、はやく光射す世界へと戻ることだ」

「そりゃあ無理ってもんだ。もうとっくに人殺しとして指名手配されちまってんでね。匿ってくれたドンには恩義がある。俺はそれを返さにゃならねぇんだ」

「……人を殺してマフィアに落ちたのか」

「おぉよどんなクズでも殺せば殺人、ってのは腹立つよなぁホントよぉ」


 心底嫌そうに橙髪の少年がそう吐き捨てる。言う事は分からなくもないが、片方のみの証言を鵜呑みにするのは危険だとダリルはよく分かっている。

 本当にクズなのはこの少年か、それともこの少年が殺した相手なのか、それはダリルには分からないが、


「此方も恩義によって動いている。妹の命を救って貰った恩義があるからな。退くわけにはいかない」


 ダリルがここで退く理由はどこにも無い、ということだけは間違いないだろう。


「そりゃあお前、人質に取られてんじゃねぇの?」

「ママ・オクレーシアは子供を麻薬密輸袋にするマフィアの根絶のためにドンを目指している。そういうことをやる御方ではない」

「おっ、かっちょいい動機だな! お前見てぇな甘ちゃん真面目君を騙すのにはちょうど良さそうな理由だぜ」

「君がどう思うかは自由だ。私に思考の自由があるようにな」


 ダリルは腰に備えていた二振りのショートソードを抜き放つ。

 ショート、と言っても大人用のそれはまだ十分に体躯が育ちきっていないダリルにとってはやや大きめだが、


「ヒョウ! 金持ちだな、二本とも聖霊銀剣ミスリルブレードかよ」

「借り物だ。この任務中のみのな」


 リクスから与えられた聖霊銀剣ミスリルブレードには気持ちいいほどに身体強化が乗るもので、手足の延長のように扱うことができる。

 問題はない。相手が大人ならさておき、子供であれば十分に相手取れる筈だ。


「いくぞ魔術師、聖句は既に詠唱済みか?」

「おう、ここに来る前に終えてるぜ。じゃあ――」


 橙髪の少年がボキリと指を鳴らして獣のように獰猛に笑い、


「オッぱじめるとしようかねぇ!!」


 ダリルへ向けて跳躍する。






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