■ 370 ■ 気安く愛を語るんじゃねえ Ⅰ






「あんだぁ? ガキの使いか? よく見りゃどいつもこいつも小せぇな。こんな小さなガキを戦わせてよぉ、おまえには愛がねぇのか、よっ!」


 瞬時にグラナが地を蹴ってリクスの正面へと躍り出れば、一度グラナと拳を交えている経験がリクスを辛うじて救ってくれた。

 脇腹を掠めただけで吐きそうになる衝撃に耐えて、


「そうだな、人道に悖る。俺は救われずに死ぬだろう――お前のようになぁ!!」


 伸びきったグラナの右腕をとり、拳を全力で肘へと叩き付け、そのまま勢いよく背負い投げ。

 屋根の上から落下して二人分の体重で石畳みに叩き付け、関節を極めようとして――グラナのあまりの強化具合に肩を外すこと能わない。追撃を諦め、瞬時に飛び退って再び屋根の上へと上がる。


「ったく、愛がねぇ奴はこれだからよぉ。タイミ、済まねぇ」


 たった一言で折れた肘が瞬時に元通りになったグラナが、怒りと言うより憐憫を顔一杯に湛えてリクス以外の三人を順繰りに見やる。


「なぁお前ら。こんな胡散臭い男に従ってても良いことなんかないぜぇ? 俺の家族にならねぇか? 家族になって救われない連中を一緒に救おうぜ、なぁ、なぁ!」

「っ、不味――避けろビー!」


 ノーモーションからの縮地。一足でトップスピードに達し目の前に躍り出たグラナに、流石のビアンカも反応が遅れた。

 剣を振り抜こうとした腕をがっちりと掴まれ、そのまま背中から石畳みに叩き付けられれば、


「かはっ……」


 半瞬、ビアンカの肺腑が機能を停止する。


「なあ、なぁ。こんな人を記号で呼ぶような男に従ってないで俺の家族になろうぜ。愛だよ、世界を救うには愛が必要なんだ。俺ならお前にそれを与えてやれるんだ!」

「愛……なら、間に合ってます!」


 左の拳を固めて振り抜くも、それに頬を強かに叩かれたグラナは微動だにしない。

 だが、ビアンカとしてはそれでいいのだ。必要なのは少しでもグラナの注意を己に引き付けることで、


「【残音剣ソノラス エンシス】ッ!」「くたばりやがれぇっ!!」


 ビアンカを組み伏せてがら空きになった背中に、イーリスとフェルナンの強化を一点集中した刺突が突き刺さる。

 だが、


「剣を離せイー、エフ!!」


 リクスは知っている。このグラナという男は己の致命傷と引き替えに、敵の隙を作る戦い方に慣れているのだと。

 リクスの指摘に、しかし戦場で武器を失うことを恐れた二人が剣を手放せず、引き抜こうとするより速くに、


「ほぉら、愛が足りねぇ奴には誰も従わねえって」


 骨と筋肉で刀身をがっちり固定したグラナが、ビアンカの腕を掴んだまま平然と立ち上がって身を捻る。

 そんな事を普通の人間が行なえば、あっという間に内臓がズタズタになって致命傷を負うだろうが――生憎グラナは只人ではない。


 振り回され、その勢いで剣を手放してしまいたたらを踏んだイーリスに拳一つで膝を付かせ、フェルナンを民家の壁へ蹴り飛ばしたところで、


「がっ――火術かテメェ、火神プロメテスかぁ!?」


 リクスが獣為変態無しでの火弾を投擲。グラナの顔面が燃え上がる。そのまま注意深く回り込み、視界を塞がれたグラナの背中から二人の剣を回収。

 ビアンカを縛る腕へと二本の聖霊銀剣ミスリルブレードを叩き付ければ、大人の腕力と貴族の中でも最上級たる王族の魔力だ。身体強化が乗った刀身がグラナの肉を切り裂いて、ビアンカの腕を掴んでいた握力が弱まる。


「チッ、テメェは強ぇな!」

「どうも。何よりの賞賛だ」


 自由を取り戻し手首を押さえて飛び退るビアンカに、リクスはイーリスとフェルナンの剣を投げ渡す。


「下がって治療を、ここは抑える」

「はいっ!!」


 ビアンカは手首が砕け、イーリスとフェルナンは肋骨が折れているだろう。最悪折れた骨が内臓に突き刺さっていてもおかしくはない。

 然るにここは危険をおしてでもリクスが前に出るべき時だ。


「すまねぇ、テーアぁ! こいつに分からせてやらねぇといけねぇんだ!」


 グラナが一言助けを乞えば、あっという間にグラナは無傷だ。

 そんなグラナとの単騎激突はラジィですら敗北した以上、どう考えてもやるべきではないが――



――弟妹を守る。敵も倒す。家長ってのは大変だなええティナ!



 君それやってたっけ? なんて仮面の下で笑いながらリクスが駆ける。


 対するグラナも宙を飛ぶような速さで肉薄してきて――未だリクスは鮮明に覚えている。

 この男はただ殴るだけで強いから、フェイントや歩方の類を混ぜてくる事はまずないのだと。


 右ストレートを躱し、リクスは懐に飛び込んでグラナの腹を打つ。

 相変らずの金属塊を殴打しているような感覚に顔をしかめつつも、脚を搦めて一緒に倒れ込みながら全体重を乗せて肘をグラナの腹へと叩き付ける。


「ちぃっ、男なら拳で来いよ軟弱者ぉ!」


 グラナに弱点らしい弱点があるとすればやはり、移動は地を蹴ることでしか行えないということと、その質量は成人男性のそれでしかないということだ。だからダメージの蓄積が目的でなければ、相手の勢いを利用した投げ技が一番有効になる。

 確か、柔と言ったか。前世での鍛錬時、そこら辺の技はオーエンが詳しくて、クィスもある程度は仕込んで貰ったものだ。


 クィスが飛び退れば、バネのような身軽さで跳ねたグラナが猛追してきて、ああ、やはり。

 グラナはどちらかと言うと拳を多用するほうで、足癖はラジィやツァディと比べるとお上品だ。

 それに、


「ふっ!!」


 腰を落し、身をかがめてリクスはグラナの拳を躱す。かつてラジィやロクシーと相対している様を観察して気が付いたのだ。

 恐らくグラナは成人男性ばかりの相手が多かったために、斜め下、自分より身長が遙かに低い相手への攻撃をやや苦手としているらしい、と。


 迫るグラナの踏み込みに合わせて脚を横に払えば、あっけなく――とは流石に行かないがグラナが体重を崩して倒れ込む。


「テメェ! やる気あんのかぁ!?」


 だが、あっさりグラナを転倒させたところで、たかが投げ技ではグラナにダメージは入らない。グラナが成人男性の質量しかない、ということは利点であり欠点でもあるのだ。

 重力の力を借りても人一人分の質量しかないから、衝撃もたかが知れたもの。この程度でグラナの身体強化を貫きグラナの身体にダメージを蓄積させるなど不可能だ。

 だが、それでよいのだ。


「あるさ、もう治療は終わったからな」


 剣を手に、ポーションによる治療を受けたイーリスとフェルナンが立ち上がる。

 地母神教マーター・マグナの本懐はその継戦能力だ。そう簡単には負けてやれない。






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