■ 371 ■ 気安く愛を語るんじゃねえ Ⅱ
「再び多勢でやらせて貰う!」
そうリクスは笑い、跳ね立ち上がるグラナの勢いをも利用してグラナを大きく投げ飛ばせば、
「【
ビアンカ、イーリス、フェルナンが呼吸を合わせて地母神流剣衝術を空中で回避のままならないグラナに叩き付ける。
追ってリクスも次々と火弾を投下。流石のグラナもこれは躱せまい。
「くそっ、すまねぇ、ファトス!」
そうして当然のように完治するグラナを前に、
「黙って聞いてればさっきから何股かけてるんですか貴方は! そんな貴方に愛だの何だの言われる筋合いはありません!」
再び包囲網を再構築したビアンカが剣先を突きつけてそう声高らかに宣言する。
……まあ、ビアンカからすればそう取れてしまうのも、あながち間違いではないだろう。
「俺のこれは家族愛だガキィ! 家族を愛して何が悪い? 安い恋愛脳で俺の愛を測ろうとするんじゃねぇよぉ! そんなちっぽけなもので俺の愛が測れるわけがねぇだろぉ!?」
「自分が女にモテない事の言い換えが家族愛ですか。ちゃんちゃら笑わせる【
そうやって放たれた剣衝術をグラナはあっさりと拳で粉砕する。
「愛ってのは押し付けるものでも頼んで受け入れてもらうものでもなく、育むものなんです! その程度も分からない奴が気安く愛を語らないで下さい!」
「ビー、あれで押し付けてないつもりなんだ」
「誰もが自分を例外に語るもんだろ」
「そこ煩い! 真面目にやれ!」
そうやって三人は喧嘩しながらも絶えず位置を変えながら【
ただ、ビアンカの指摘は多少ながらグラナには響いたらしく、
「そりゃあ、育めるならそれができるに越したこたぁねえ……そりゃその通りだ」
どこか、ビアンカを見る目に穏やかな光が宿っているようにも見える。
だが、
「よかったなぁ、お前は救われてて! でもなぁ小娘ェ、誰にも救って貰えねぇまま死んでいく奴がこの世界にはいっぱいいるんだよ!」
怒りと理不尽に対する義憤に突き動かされているかのように、グラナが声を絞り出す。
「自分が幸運な例外だって分かれよ、お前は! そういう奴が無自覚に救われない人を傷付けるんだ、ってなぁ!」
「……っ!」
そう動きを止めてしまったビアンカに迫るグラナの拳を、
「それはビーが救われてはいけない理由にはならないんだよ」
リクスが割り込んで蹴り上げ、返す踵落としで屋根から叩き落とす。
「ビーは誰も不幸になんかしていない。これまでも、そしてこれからもだ」
「兄様……」
「やれるな、ビー」
「はいっ!」
石畳の上で立ち上がったグラナに、再び四人が放置して向かい合い、
「憶測でうちの妹を傷付けるなグラナ。それとも救われた者なら不幸にしてもいいとでも言うつもりか! 人を救うために生きているお前が!」
そうリクスが問うと、
「クソがぁ、卑劣な襲撃者のくせに正論吐くんじゃねぇよぉ……」
物凄く嫌そうな顔でそうリクス等を見上げてくる。
僅かな、睨み合いの後に、
「お前ら、俺に勝てると思って挑んでねぇな。今日のところは小手調べかぁ?」
そうグラナが静かに問うてきて、
「だったら実力差はもう分かっただろ、失せろ。お前の言う通り、既に救われてる奴を不幸にして回るほど俺も暇じゃねぇんだ」
シッシッと、犬でも追い払うかのようにグラナが手を降ってみせる。
ビアンカやイーリスが仮面をリクスへと向けてくるのは、ここまでで時間稼ぎが十分なのか判断ができないからだろう。
「お前、なんでそれだけ人を救いたいと考えてるくせに、コルレアーニなんかと組んだんだ……なんで麻薬を扱わなきゃいけなかったんだ?」
だから、本心と時間稼ぎの両方の意味でリクスが問うも、
「それが最底辺だからに決まってんだろ? 最底辺の連中が、上から偉そうに差し伸べられる手なんか取るわけねぇだろうが。目線は常に同じ高さ、が救いの基本だろうが」
さも当然のようにグラナが返してきて、だからリクスは胸を絞られるような思いに駆られる。
最底辺の者たちを救うためにグラナは最底辺に落ちた。だが、それでは最終的に誰かを慰めることはできても、誰かを救うことはできないのだ。
救済とは掬い上げるという、上から下に施す傲慢な一面を確かに備えているのだから。
自身が傲慢であることを認め、「上から見下ろしやがって」という下からの怒りと侮蔑を受け止めてなお、手を伸ばし引きずり上げることを諦めない。それが人を救うという事なのだから。
だから目線を合わせるのは同じ高さでも、その後は立ち上がって手を伸ばさなきゃいけないのに――この男は寄り添い同じ高さに留まることを選んでしまった。
この男がそうなってしまった理由に、この男の信仰が
「……ダリアは、返してもらう。実の兄が助けに来たんだ」
気付けば、リクスはそう事実を口にしてしまっていた。だがそれが間違いだとは思わなかった。
「ケッ、血が繋がってりゃあ救えると思ったら大間違いなんだよ、運だけがいい連中がよぉ。自分は間違ってねぇって自惚れやがって」
吐き捨てるようにグラナは言い捨て、しかし激昂しなかったのは、なんとなくそうなるだろうとリクスも分かっていたからだ。理屈でグラナを理解したわけではないのだが。
しかしそうあえて告げたリクスに激昂することもなく、地下牢に駆けつけるでもなく。
グラナが背を向けて闇の中へと消えていく。
「……なん、だったんですか、あいつ。なに考えてんだかわけ分かんないです」
「
イーリスが油断なく
グラナを逃がせば、以降もあの男は救済と称して数多の人を殺して回るのだろうが、
「……勝てないからな。勘違いするなイー、あいつが逃げてくれたんだ」
リクスが追うな、と告げると、フェルナンがぎりりと
「クソッ、悪党に勝てねぇって……すっげー悔しいぜ、兄貴」
「俺たちは世界で最強の存在じゃあない。勝ち目がないことに対しても折り合いをつけて、生きていかなきゃならないんだ」
全てに勝ち、全てを救い、全ての不幸をこの世から消せるほど、リクスたちは強くはない。
だから幾度となくリクスたちは無力感に苛まれつつも、しかし諦めてはならないのだろう。
「三人とも、よくやってくれた! 撤収するぞ。合流地点でエーやディーを待つ」
「了解!」
グラナを救うのは、ラジィの役目だ。リクスにはグラナを救えない。
グラナとリクスはどちらも、天使の為に報われない愛を注ぐ同胞だから。同じ高さにいる同じモノであるリクスには決して、グラナを救えないのだ。
グラナを救えるのは天使だけだ。しかし天使がグラナを救うまでに、グラナは沢山の恵まれない者たちを救済と称して殺すだろう。
それをリクスには止める術がない。止める、術がないのだ。
なお、そうやってリクスらがリュカバースから撤退した後に、
「クソがぁあのゴキブリ共め! ダリアはともかくサリタやコルナまで攫っていくんじゃあねぇ!!」
グラナは空になった地下室で話が違うと怒りに燃える。
「俺の、俺の家族を! 俺から家族を奪いやがってクソがぁ! 今度会ったら必ずぶち殺す! 八つ裂きにしてやるぞゴキブリ共ぉ!!」
結局のところ、グラナとリクスは決して分かり合えないのだ。
次に出会ったら、話し合いも成立することなく殺し合うしかないが――恐らくグラナとリクスが話をすることは二度と無いだろう。
後は――そう。ラジィとクィスとティナの、もう一つのエルダートファミリーの未来の役目だ。その時にラジィが地獄のような苦しみを味わうことになると分かっていても、リクスにはラジィを助けてやることは出来ない。
リクスに出来るのは、ラジィのあの夜の結末を変えることだけなのだから。
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