■ 368 ■ 一撃必殺二撃不要
「あの建物の地下だそうです」
エーメリー、シータ、ディアナ、ダリルの四人が闇夜に紛れて、灯りもない建屋の一つを遠まきに眺めやる。
そこは一見して倉庫のように見え、それらは港町リュカバースにおいて何ら違和感を放つものではないが――そもそも違和感があっては隠れ家として機能しない。
表向き建屋の中には比較的根を張る調度品などが運び込まれていて、護衛はそれを守る為のカモフラージュといったところか。
ただ、他の商品を盗難から守るための定期巡回も兼ねているらしく、常に建屋の前に陣取っているわけではないのは救いである。
そのおかげもあってリクスはダリアに接触する事ができたわけだが――石牢の鍵の在処はグラナしか知らない。コルレアーニすら把握していないのだ。
故にそれを知るにはリクスはグラナに勝つ必要があり、しかし現時点でグラナに勝ち得る駒を持ち得ないリクスは、その五十二回の繰り返しの中でも鍵の在処を突き止められていない。
要するに、
「地下牢の鍵は破壊せざるを得ません。この近距離で魔力行使が行なわれれば見張りも気付くでしょう。ディー」
「うん。可及的速やかに地下牢の入口と枷を切断して離脱します。ダリルさんも宜しいですね」
エー、シー、ディー、と名乗った三人と同様、今は黒服黒仮面を纏っているダリルが小さく頷いた。
「了解した。支援に感謝するが――やはり私と同年代、いや年下なのか? 君たちは」
「おっとだっちゃん乙女の秘密は探らず、ただ容れるのだ。それが男の度量ってモノだよ」
チチチ、と一本立てた人差し指を振りながらのシータの、その答え自体がある意味ダリルの問いに対する明確な回答ではあったが、
「私たちは確かにまだ修行半ばですが、それでも神殿で鍛練を積んだ信仰ある魔術師です。心配は私たちが貴方に向けるモノであり、その逆は無意味と知りなさい」
エーメリーの無駄話を斬り捨てるような一言に、ダリルは無駄口を閉ざさざるを得ない。
「……了解した。目的遂行に注力する」
そう頷いたダリルではあったが、これだけの手駒を揃えていてなお貪欲に人手を求める黒仮面男が何を求めているのか、少しばかり不安になる。
もっとも、今更そんな不安にかられる事じたいがエーメリーからすれば無意味な戦力低下でしかない。エーメリーは覚悟ガンギマリな少女である。
そうやって息を潜めているうちに終鐘――つまり一日の終わりを告げる鐘がやや控えめにリュカバースの街に響き渡り、
「では、行動開始」
見張りが最も建屋から遠く離れた瞬間を見計らってディアナとダリルが建屋に侵入する。
入口反対側やや高い位置にある木窓を、エーメリーの肩を足場に跳躍したシータが叩き切り、ディアナとダリルが開かれた窓から中に入れば、
「シー、抜刀を」
「どっちが前出る?」
「私が第一撃を受け止めます。以後は臨機応変に」
「にひひ。りっちゃんにいい報告持ち帰らないとだもんね」
「全力を尽くせば自然とそれが御兄様の目に留まりますよ」
「……エー、さいきんちょっと心が老け気味んひぅ!」
シータの尻を軽くつねってから、エーメリーは油断なく
「飢える民に温もりを、難き道行きに安寧を」
「只人にそれが成せぬというなら、私がそれを成しましょう」
建屋を背に気配と魔力を読むべく、エーメリーとシータは気を散じる。
ややあって、ディアナが牢の扉か枷を破壊したのだろう。魔力が膨れ上がり、
「何奴!」
見張りが建屋に迫ってきてくれてエーメリーは少しだけ安堵する。
魔力を察知した瞬間にグラナに向けて走られていたら、追いすがるのは歩幅からして大変だったろう。
「その体躯、骨格……童、しかも
「年も性別も関係ありません。兄が妹を取り返しに来た。その邪魔をするものは何であろうと私たちが阻みます」
エーメリーが
「兄が妹を、か。見逃してやりたいが、某も仕事なればな」
栗色の瞳を哀れむように僅かに伏せた黒髪の男の、しかし身に纏う闘志は微塵も衰えない。
「子供を麻薬漬けにすることが仕事ですか」
「否、許可なき人と荷の出入りを阻むことが、だ。そなたの言は道理なれど、誰もが真実のみを語るわけではない。兄を語る人攫いの類やも知れぬ」
そう指摘されれば、それにはエーメリーも言い返しようがない。
実際のところ、地下室にいるという子供とダリルが本当に兄妹なのかはエーメリーにも分からないのだから。
「……成程、激突は道理。語りたければ力で語れ、と」
「それがリュカバース、暴力が支配するマフィアの街よ」
説得は不可能。であればぶつかるしかあるまい。
「幼いの、魔術師として扱われるのと
油断なく
そんなの、決まっているではないか。
「私の女としての全ては御兄様のモノにございますので」
「エーは実に融通が利かないなぁ。手加減して貰えばいいのに」
そうエーメリーが宣言しシータが呆れると、男がさも可笑しそうにカラカラと笑う。
「これは失礼仕った。既に
「我ら未だ修行中の身。名乗るに足る名も無き訓練兵A、及びCがお相手仕りましょう」
その人を人とも思わぬ人名にオーエンが僅かに眉をひそめたが、それだけだ。
「では往くぞ、エーとやら」
「存分にどうぞ」
両者に既に言葉は要らぬ。必要なのは結果だけだ。それ以外のモノなど魚の餌にしてしまえばいい。
「きぃえええええええええぇい!!」
「【
一撃必殺二撃不要。
初手から全力でぶつかり合う両者を尻目、シータはディアナが潜り込んだ建屋を背に負うように位置取る。
――エーってば、りっちゃんへ持ち帰る戦果にかまけて当初の目的忘れてないよね?
きちんとディアナのフォローを最優先として動いているシータは、何だかんだで仕事ぶりは真面目である。
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