■ 367 ■ やっぱりコイツは怪物だよ!
「じゃあ、最終確認だ。皆、覚悟は良いな?」
ポート・ムティナという、リュカバースの宿の中ではそこそこ品格のあるホテルの一室でリクスがそう問えば、
「問題ありません御兄様」
残る六人が真面目な顔で頷いた。
「よし。ビアンカ、イーリス、フェルナン。俺と共にグラナを足止めするぞ」
「はいっ、リクス兄様!」
「ん、全力を尽くす」
「任せてくれよ兄貴!」
三人がが真顔で頷いたので、続いてリクスは視線を走らせる。
「ディアナはダリルと共に、幽閉されたダリルの妹の救出だ。俺が収集した話だと彼女には舎弟――いや舎妹か? がいたらしいからな。ダリル一人では運び出すのにもたつく可能性があるから、その補佐を頼む」
「はい、お兄ちゃん」
コルナールとサリタ。リクスにとってある意味アッカーソン兄妹よりも救わねばならない二人の命を、ディアナに託す。
「緊張は不要だディアナ。ダリルはまだ祈るべき神を持たない新米だ。万が一敵対することになっても君が勝つ――だからダリルが裏切ったら、手加減はするな。君の安全が何より大事だ」
「わかりました……!」
ダリルがここで裏切ることはまずないと分かってはいるが、弟妹たちに己の言うことには間違いが無い、と信仰されるのは危険である。
故に万が一もあり得ないが、一応ディアナには釘を刺しておく。
「グラナの地下牢には魔術師の見張りがいる。流石に複数人を連れ出そうとすれば捕捉される。見張りは伝令としてグラナへ走るか、もしくは奪還を阻止せんとディアナに襲いかかるだろう。エーメリー、シータ。これの足止めが二人の役目だ」
「畏まりました、御兄様」
「うむうむ、任せよりっちゃん」
エーメリーは弟妹の中でも頭一つ、周囲の状況を鑑みての判断を的確に下せる。臨機応変の対応が必要な役はエーメリーに任せるのが一番だ。
エーメリーとシータが頷けば、エルダートファミリーの布陣はこれで決定された。
「いいか、グラナは俺の識る限り、単独の魔術師としてこれを上回る個体は存在しない、と言い切れるほどの怪物だ。最低でも俺の三倍は強いと思っておけ。一瞬の油断で死ねるぞ」
リクスと共に囮としてグラナに挑む三人に、リクスはこれ以上無い程に真剣な瞳を向ける。
前回はラジィ、ガレス、ガレス操るロクシーが前衛を張り、ナガルとクィスが遠距離から魔術を撃ち込み、シンルー、アウリス、ティナがひたすら支援に回るという八人体制でようやく勝った体たらくなのだ。
あの当時と比べればリクスは遥かに強くなっただろう。だが未だ幼いビアンカらは白兵戦力としてラジィやガレスに劣る。
しかもたった四人であのグラナに相対しようというのだから、真面にやったら瞬殺されて終わりだ。
しかも今回はラジィの【
自分で言った通りに一瞬の油断で、死んだことにすら気付かずに死ねてしまう。グラナはそういう相手だ。単体の暴力としてはミカよりも恐ろしい。
「本作戦後、即座に俺たちはリュカバースを去る。合流地点は北上する街道から西脇道に進んだところにある、ファーレウスの森だ」
『はいっ!』
夜が明ければ一夜にしてドン・コルレアーニの配下がリュカバースの警戒を引き上げるだろう。
警戒網に捕まる前に、いち早くリュカバースを去るのだ。魔獣ひしめくファーレウスの森までは、流石にドンの眼も届くまい。
「真夜中を告げる終鐘と同時にエーメリー、シータは行動開始。見張りを引き付けている間にディアナはダリルと共に救援を開始しろ。その時間にはグラナは救済の為に『家』を離れている筈だ。俺たちはその帰り道を襲撃して、ある程度時間を稼いだら撤退する」
グラナが単なるグラナ個人への襲撃だと思っている間に、全てを終わらせるのだ。グラナ個人への攻撃なら、愛で行動するグラナは此方が退いた時点で追撃は諦めるだろう。
だが家族が拐われた、と分かればグラナは怒り狂って確実に抹殺に来るし、そうなれば身体強化の差からして離脱など到底不可能になる。
グラナが気付く前に、リュカバースを脱出する。それ以外に勝機はないのだ。
§ § §
そうして、
「うおっ、なんだぁ? 誰だ俺の背中に石ころ投げやがった奴はぁ?」
ビアンカが放った【
当然、切れたのは衣服の背中だけで当のグラナには傷一つ無い。
――やっぱりコイツは怪物だ。できれば二度と戦いたくなんかなかったが……ままよ。
「ドン・コルレアーニお抱えの魔術師グラナだな」
「おえっ、コルレアーニ関連かよ。あいつほんっと人としての求心力がねぇんだなぁ」
両手を挙げて降参のポーズを取りながらも、グラナの桃色の瞳は敵を探して闇の中を踊っている。
黒ずくめの黒仮面姿が四人、それ以上の伏兵は無し。正確にそれを読み取ったようだ。
「ひいふうみのよ、たった四人ぽっちでこの俺を殺せると踏んだかぁ? どこのファミリーの差し金だ? アンニーバレにしちゃ魔術師の数が多いよなぁ?」
「正直に言う馬鹿もいるまいよ。やれ!」
かけ声と同時にビアンカ、イーリス、フェルナンが【
一太刀でダメでも三太刀を重ねれば皮膚ぐらいは切り裂けるはずだが――
「はっ! ほんのちょっと距離を取ったぐらいで余裕こくかぁ!?」
石畳みを蹴って跳躍したグラナが一瞬にしてイーリスの正面へと迫る。
これに剣を振り抜いたばかりのイーリスは反応が追いつかないが、
「やらせると思うか!!」
滞空するグラナに、リクスが横から迫って蹴りを叩き込む。
まるで鋼の鎧を蹴り飛ばしたかのような質感が、嫌でも身体強化の出力差をリクスに教えてくれるが、
「ちぃっ、いい反応じゃねぇか! マジでどこのシマだ!?」
グラナとて成人男性の体重しか持たぬ人間だ。横から身体強化した魔術師の、体重が乗った蹴りを空中で食らえば、自然とその進路はねじ曲がる。
そうやってイーリスに迫るグラナを叩き落としたリクスは再び屋根の上へと飛び上がり、道路に着地したグラナを上から見下ろして、
「イー、下がれ」
「ん」
一番グラナの近くにいたイーリスを下がらせる。
グラナは下、リクスたちは上を常に位置取れば、攻撃のためにグラナはどうあっても跳躍しなければならなくなる。
だからリクスはグラナを路面に落とし、自分は屋根の上に着地する。その位置関係を堅守すれば、必ずグラナの攻撃が弟妹に届くより速くに迎撃の準備が可能となる。
翼なきグラナには跳んで以降の再加速と進路変更はできないから、この位置関係を維持することがまずは絶対だ。
だがそれを加味してなお、この男はあまりに強く速く狂暴に過ぎる。リクスが一手迎撃を間違えれば、あっけなく弟妹たちはグラナに縊り殺されるだろう。
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