■ 362 ■ レーミーファミリーの発足






「以後、裏切り以外には決して【溶解リクオー】は使うな。先程お前が言った線引きをお前が守る、と分かればマフィアも安心するだろう」


 恐れられるのは支配者としてある程度は必要なことだが、話の通じないサイコパスだと思われると組織が円滑に回らなくなる。

 あくまでこれは見せしめのショーであり、ウーゴが卑劣な裏切り者だからこそオクレーシアはここまでやったのだ、と理解させることが重要なのだ。

 ここら辺はリュカバースの以前の――いや、現在のボスであるドン・コルレアーニのグラナによる支配を参考にさせて貰ってる。


 残酷かつ残忍ではあるが、一見して(喋らなければ)薄幸の新成人であるオクレーシアがウルガータのお上品なやり口など踏襲しても、舐められるだけで終わりだ。

 ウルガータが善政を敷けたのはあくまで屈強なウルガータがドンで、参謀のいい子ちゃん神官ラジィを甘やかしている、という構図があったから成立したのだ。

 若造のガストンと小娘のオクレーシアでは、まずは力と恐怖を見せつけねば話にならないのである。


「あと、その眼鏡は特注品だ、二つ目は作れん。絶対に壊すなよ」


 ガストンには聖霊銀剣ミスリルブレードを与えて私には何もないのか、とごねたオクレーシアにリクスが渡したのがその眼鏡で、


「そいつは魔眼の出力を絞る代わりに眼への負担を弱める効果がある。それを付けていればある程度魔眼による眼球の変貌は抑えられるはずだ」

「だ、大事にします」


 これお幾ら万カルなんだろう、とオクレーシアは今自分がかけている眼鏡をそっと指で押し上げる。

 前時間軸のオクレーシアは瞳神オルクス魔術の使いすぎで魔眼が完全に暴走してしまっていたが、これがあればその未来は回避できるはずだ。

 加えて、


「魔眼を使わなかった日でもこのポーションを一日一回、寝る前に両目に注すように。これでほぼ眼の健康は保てるだろう。無茶をしなければな」

「わぁー流石リュキア氏族はお金持ち。至れり尽くせりですね!」


 手渡された眼税疲労用ポーションの小瓶を大事そうに両手で包んで、オクレーシアはリクスの手を取った自分の判断を内心で誉め称えたが、


「まだ中堅の二ファミリーを配下に置いただけだ。他のマフィアも魔術師を投じて邪魔してくるだろう」


 そうリクスはオクレーシアに釘を刺す。


「お前たちの魔術師は、お前たち自身を含めてまだたった三人だけなんだからな。油断はするなママ・オクレーシア」

「旦那は助けちゃくれないのかよ」


 オクレーシアの性格は信用ならんし、もうちょっと何とかならない? と視線で問うてくるガストンを前に、


「俺は俺でやることがあるからな」


 そうリクスは仮面の下で嘆息する。なるほど、これは確かにリクスが五十二人も経験を積み上げてなければどうしようもなかっただろう、と。

 やらねばいけないことがあまりに多すぎるのだ。しかもそのうちの一つとして失敗は許されない。


 このオクレーシアによるレウカディア支配も、三人のリクスが注力してようやく最短支配の方法を確立できたぐらいなのだ。

 クィス一人が過去に戻るだけではどうしようもない、というリクスの判断は確かに正鵠を射ていたのだから。


「必要最小限の人手を集めるのには協力する。だがお前たちもお前たちで魔術師の収集と育成に注力しろ。いいな元神殿騎士様、お前が教わったことを今度はお前がやるんだよ」

「だそうだ。頑張れよ、元神殿騎士の優秀でお買い得な魔術師様」


 リクスとガストンに詰め寄られたオクレーシアが口をへの字に曲げてガストンを睨む。

 ただリクスを睨み付けるだけの傲岸不遜さは、流石のオクレーシアも発揮できないようだ。お幾ら千万カルかも分からない眼鏡をポンと譲られては。


「貴方も死ぬ気で働くんですよガストン。それとレイモンも、これから宜しくお願いしますね」

「はい、頭領ママ・オクレーシア」


 ウーゴ・ヤッキアの護衛をしていた、今はポーションで傷も癒えた海神オセアノス魔術師レイモンが、膝を付いてオクレーシアに頭を垂れる。

 レイモン自身は病弱な親のために高額なポーションの用立てが必要であり、その為に実入りがよいマフィアの護衛をしていただけで、別にウーゴに忠誠を誓っていたわけではない。


 だからエルダートファミリーから継続的なポーション供給を約束すれば、喜んでレーミーファミリーに忠誠を誓ってくれた。

 以後海神オセアノスレイモンがオクレーシアを裏切ることはない。これも過去のリクスが洗い出した最適解の一つだ。


「では俺たちはお前の手足として働く魔術師のスカウトに向かう。しばらくは三人で凌げ。長くても三ヶ月程度で戻る。レイモン、二人はレウカディアの機微に詳しくはない。支えてやってくれ」

「畏まりました」


 そうやって、発足したばかりのレーミーファミリーを残してリクスはウーゴ・ヤッキアが用意していた脱出路へ入り、黒仮面を脱ぎ捨て簡単に着替えを済ませてから宿へと向かい、


「お疲れ様です、御兄様」

「お帰りなさい、リクス兄様!」

「エリーもアンも。シータもディアナもイーリスもフェルナンも、お疲れ様」


 食堂である宿の一階で食卓を囲んでいた家族の元へと戻る。


「皆、慣れない武器と闇夜の中でよくやってくれた。ありがとう、助かったよ」


 そうリクスが労うと、六人がはにかんだ笑顔を向けてくれる。

 槍剣は、いずれ表の顔として活動するときの武器だ。だから黒服に身を包んでいる間の一同の得物は、加工前の普通の聖霊銀剣ミスリルブレードである。


 武器を選ばねば戦えないほど六人は弱くはないが、やはり全力を出せる武器ではないから、その分のしんどさはあっただろうに。


「エルダートファミーの緒戦ですから、情けないところは見せられません」

「リクス兄様のお役に立てて嬉しいです!」

「船を下りるなり即行動、りっちゃんは生き急ぎすぎだよー」

「私、足を引っ張らずに済みましたでしょうか?」

「リクス兄、私暴れ足りない。次は魔術師戦がいい」

「兄貴もホントお疲れ様だぜ! 乾杯してメシ食おうぜメシ!」


 それぞれが顔を見合わせて穏やかに笑い、そして果実の絞り汁のジョッキを手に持ってゴチンとぶつけ合い、乾杯。

 それぞれの速さで次々と料理を平らげていく、その間にもリクスは次の予定を頭の中で確認する。


 イーリスが望んだように、次の相手は魔術師だ。だから気を抜けないし、そもそも計算上は完璧でも、些細なミスで人は負傷し、死に至るものだ。

 故に油断はできず、第一、次の敵は決して油断などしながら当たれる相手ではない。


 後はそれらと平行して、冒険者ギルドに登録して冒険者としての信頼を積み上げていくのも必要だ。

 最低でも五年後には全員の冒険者ランクをAまで上げておかないと、行動範囲に制限が付いて最終的に詰む。

 これが最も面倒かつ時間のかかるタスクだが――冒険者ランクは所属不明無職でも不特定多数から信頼を買える最も楽な手段なのだ。時間を投じてやらねばなるまい。



――やることが多すぎるが、ま、一つずつ片付けていくしかないな。



 リクスはそう結論づけて、まずは料理を堪能することに集中した。メリハリを付けるのも大事なことだ。

 もっともリクスからすると、過去のリュカバースの方が料理は美味しかった、と思ってしまうのはまぁ、思い出や愛情もスパイス、ということだろう。






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