■ 360 ■ ここで会ったが百年目!
目の前にいるのがウーゴ・ヤッキアで、この部屋が質のよい調度品で整えられている。
と、いうことは、
「逃げ道じゃなかったのかよこれ!?」
ガストンが悲鳴を上げる。逃げ道ではあったのだろう。もっともそれはあくまで「ヤッキアファミリーにとっての逃げ道」ではあろうが。
事もあろうにこの仮面の男、ヤッキアファミリーの非常用隠し通路を逆に進んで、わざわざ敵の懐の中に飛び込んだということだ!
「最も合理的な逃げ道だ。制圧するぞ、魔術師をやれ、ガストン」
「
「ぬかせ! 死ぬのは用済みの貴様だ
そしてガストンが驚愕している間に、自分にとって都合のよい場合だけ意識の切り替えが早いオクレーシアが、
それを阻むように剣を抜き放って迫ってくる護衛の魔術が、だから仮面の男が言うようにガストンの相手だ。
「おぁおおおおっ!」
新たな得物を手にガストンは果敢に魔術師へと斬りかかる。
相手の信仰はなんだ? 何の魔術を使う。いや、そんなことはどうでもいい。斬れば終わるのだ。
それができる武器をガストンは既に与えられているのだから、相手が聖句を唱える前に斬り捨てて終わりに――
「ああ、殺さずに勝て、ガストン」
「ちょっとぉ!?」
だと言うのに仮面の男がそうガストンに短く告げてきて、ふざけんなお前ぇ! と憤慨しながらガストンは敵魔術師を迎撃する。
一度、二度、太刀を合わせればなるほど、圧して圧せない相手でもなく、しかし、
「汝、全てを懐く者よ。汝、全てを呑み込む者よ。汝、帆柱を折る者よ。汝、豊穣を運ぶ者よ! 沈め、なずさえ、砕け、富ませ! 四海の恵よ、三面六臂に氾濫せよ!」
それはあくまで敵がまだ聖句を唱えていなかったからの話だ。
敵は聖句を唱えて全力の身体強化を乗せた。ガストンも詠唱は終えていて、これで両者ともに全力を出す準備は整ったが、
「お前の信仰は
まだ、若干だがガストンの方が有利だ。敵の信仰は聖句で割れたが、既に詠唱済みのガストンの信仰は未だ敵には割れていない。
そして何より敵はガストンが聖句を詠唱済みなのかそうでないのかを把握できていない。だからこそ敵の攻め手には慎重さが見受けられ、それはガストンが付け入る隙となる。
「落ち着いて戦えば武器の差で勝てる。任せたぞ」
「言う方は楽でいいな!」
「このっ、このっ、よくも私たちを裏切ってくれましたね
「へぶっ、ブベッ、だ、誰か! 誰か早くこのオゲェ!」
「へっ、お前の護衛なんざガストンがぶっ殺し中ですよ! 裏切り者は魚の餌です! この、このこのこの怒りの拳を喰らうのですよ
「……その辺にしておけオクレーシア。そいつにはまだ使い道があるから殺すな……って聞いてないなコレ。こんな性格だったのかよこの人……」
小太り中年の上に馬乗りになって拳鎚をブンブン振り下ろしているオクレーシアは、あれはもう仮面の男に任せるしかない。
そうやってガストンは注意深く油断なく
「ご苦労、ガストン」
何とか半殺し程度で敵魔術師を無力化したガストンは、疲れ切ったような溜息を零した。
逃げ道を進んでいたと思いきや、まさかヤッキアファミリーの陣中ど真ん中に放り込まれて暴れることになろうとは。
「シア以上に無茶苦茶だな、あんた」
「合理的判断だ。マフィアに対して逃げ隠れは悪手だからな」
そうかもしれないが、それなら事前に言っておいて欲しかった、とガストンが絨毯の上に腰を下ろしかけ――
「そうだ、外は?」
そうガストンが問うと同時に、
そこから現われたのは男と同じ黒塗り仮面の姿ながら、
「終わったか、エー」
「はい、外は制圧済みです。やむを得ず何人かは切り捨てましたが、此方の被害はありません」
声音と身長からして恐らくオクレーシアよりも年下の少女が、抜き身の剣をぶら下げて歩み来る様は――恐らくこの少女、己と同程度には強い、とガストンが肌で覚れたのはよいことか悪いことか。
「ヤッキアファミリーは壊滅する。故に今日からここがお前たちの住処だ」
仮面の男が余裕をこいていた理由がようやくオクレーシアとガストンにも分かった。
この男が魔術師だからではない。
「おお、凄いけどおふろ入りたーい……けどねむーい」
そうふにゃっと脱力して絨毯の上でオクレーシアがいびきをかき始める様に、「お前いくら何でも油断しすぎぃ!」とガストンは軽く怒りを覚えたが、
「まあ、そうだな。今日は流石に俺ももう戦える気がしねぇ」
ガストンもすっかり疲れ切っていて、正直意識を保つのも限界に近い。
「一睡休むくらいの間なら見張っててやる。少し眠れ。目を覚ましたら忙しい日々の始まりだからな」
「……一睡か。一晩くらいは、良い夢見てぇなぁ」
仮面の男の許可を得たガストンもまた、そのまま血臭香る絨毯の上に倒れ込んだ。
もう今日は、何かを考えられる頭の余裕がない。起きたら起きたでまた忙しい日々が始まるのだろうが……
今はとにかく、この心地よい睡魔に身を委ねる以外の何も、ガストンにはできる気がしなかった。
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