■ 359 ■ 脱出路ですよ、お二人さん






 そうして、オクレーシアを利用しスカルキファミリーの始末を謀った、憎きヤッキアファミリーのソルジャーを返り討ちにして、


「つ、疲れた……ねむいけどさきに湯あみしたぁい……しおかぜいやだ、からだじゅうべとべとー」

「お前、マフィアの襲撃から生き延びておいて言うことそれとか、どこのセレブだよ」


 オクレーシアとガストンは、仮面の男に付き従い、灯りもない狭い地下通路を歩いている。

 どうやらこの仮面の男はレウカディアの構造にも熟知しているらしく、こんな隠し通路があるなどオクレーシアもガストンも想像すらしなかった。


「湯あみはもう少し待て。まだやることがある」

「一旦追っ手を撒けただけで、安全が確保できているわけじゃないもんな」

「ああ、そういうのは安全圏を確保してからやれ」


 ガストンの言葉に仮面の男が頷き、そしてガストンは少しだけ感動した。ちゃんとした会話が成立する。なんと喜ばしいことだろう。

 孤児から神殿騎士になって冒険者に身を窶した、という経歴のオクレーシアはどうにも常識が奇妙にちぐはぐで、ガストンは時々イラッとするのである。


 ……いや、時々じゃなくて毎日イラッとしている気もするが。


「この先を抜ければ逃げ切れるのか?」


 ガストンの問いに、黒仮面が首を横に振る。


「マフィアファミリーに喧嘩を売った以上、逃げ切りたければ街を出るしかない。ここはまだ連中の狩り場だ、油断するな」

「だとよシア」

「そうは言っても眠気でまぶたが……あふ、ガストン、おんぶー」

「歩けアホンダラ」


 そうやってオクレーシアの頬にペチペチ往復ビンタしながらガストンが通路を進んでいると、どうやらそこが終点らしい。

 梯子の前で仮面の男が立ち止まり、その仮面をガストンの方へと向けてくる。


 見上げれば、どうやら梯子の先にはガッシリとした蓋が嵌められているようだ。

 そしてどうやらこの蓋、外側から開ける物らしく、内側には取っ手も何も見当たらない。


「剣を貸せ」

「ん? おう、だが大事に使ってくれよ。俺は闘神教アルス・マグナなんだから」

「ふむ……思い入れがある、失いたくない大事な武器とかか?」

「いや、そういうのじゃないけど、今のところ買い換える余裕もぉおおおお!」


 そういうのじゃない、とガストンが言った瞬間に仮面の男が爬虫類のような鱗の生えた拳で、あろうことかガストンの剣を真っ二つにへし折ってしまう。


「おま、お前ェ! 俺が誓いを捧げた武器がぁ!」

「騒ぐな、外に感づかれる」


 その上で仮面の男が背中に負っていた剣をガストンへと投げて寄越せば、


「くれてやる。代わりにこの場だけでも良いからお前の信頼を俺に売れ」

「ふざけんなよお前、俺の剣をこんなナマクラ、って…………」


 投げ渡された剣を鞘から引き抜いたガストンの勢いが瞬時に失速して、怒りが雲散霧消する。

 聖霊銀剣ミスリルブレード、しかもこの薄らとした青い輝き具合は――恐らくガストンのこれまでの生涯の稼ぎを全て突っ込んでも買えるような代物ではない。


「く、くれてやるって……これをか?」


 ガストンの背筋が冷や汗で濡れる。新品ではなく、そこそこ使い込まれているお古の剣のようだが、その刃はよく研がれていて鋭い輝きを放っている。

 中古だとてこんな、こんな高品質の聖霊銀剣ミスリルブレード、貴族ですら下っ端では到底手に入らないだろうに。


「中古では不満か?」

「い、いやまさか! とんでもないです!」

「なら具合を確認しろ。質がよくても武器とは相性がよくなければ意味がない」


 そう言われて確かに、とガストンは聖霊銀剣ミスリルブレードで宙を切ってみる。上段、突き、薙ぎ払い。切り上げ。

 どれを取ってみても、これまで使っていた武器とそこまで大差はない。というか違和感を殆ど感じず――その事実が逆にガストンには恐ろしい。


「……お前、いつから俺たちに目を付けていたんだ?」


 ガストンは警戒レベルを瞬時に跳ね上げた。そうとも、この聖霊銀剣ミスリルブレードはまるでガストンのために用意したと言っても過言じゃないほどに使い易い。

 こんなものを用意できるなら、これまでのガストンの戦いぶりを知っていないと説明が付かないのだ。


 だが、黒仮面の男は首を横に振る。


「問うな。似たようなことはこれからもある。だからそれを対価に信頼を寄越せ、と言った」

「金で納得しろって事か……」

「そうだ。先にも言ったが俺は歴史の裏で暗躍するのが仕事で、秘密など嫌と言うほど抱えたり握ったりしている。故に答える必要の無い問いにまで答える気はない」


 男の言に、ガストンは悩んだ末に頷いた。

 もともとオクレーシアのせいで死にかけていて、この男が来なければそのまま死んでいた可能性が高かったのだ。


 仮に騙されたのだとしても――これほど高品質の聖霊銀剣ミスリルブレードなど、どうせガストンの稼ぎでは一生手に入らなかっただろうに。

 ならそれで手打ちとしておくぐらいは、自らを納得させうると言うものだ。最悪、この剣が墓標になるならそれはそれで悪くないと思う。



 まあ、実際に墓標にしたら絶対に盗まれるだろうが。



「之が示すは幾多の研鑽、此処に示すは弛まぬ修練。 大死を超えて大活至らば、刃砕けど折れぬが道理。道を切り開け、万夫不当の無銘の刃よ」


 聖句を唱えれば、聖霊銀剣ミスリルブレードが恐ろしいほどに手に馴染む。まるで自分の腕の延長のように身体強化がするりと乗る。


「準備はできたか、では行くぞ」


 仮面の男に、目の前の梯子を登るよう促され、仮面の男に続いてガストンが梯子を登り、出入り口と思しき蓋を仮面の男がずらそうと――否、


「ちょっとぉ!?」


 蓋を退かさず火弾をドカドカと叩き込んで乱暴に蓋を焼き払い出口を確保。

 仮面の男が開けた光の中に飛び込めば、


「グズグズするな早く上がれ!」

「おっ……おう、ここはどこってぇええええええええ!!」


 ガストンとオクレーシアが飛び込んだ部屋は、品のよい調度品に固められた、赤い絨毯も鮮やかな一室だ。


「き、貴様、瞳神オルクス魔術師……なぜここに!」


 そして目の前にいるのはソファから驚愕に立ち上がった、やや小太りの、仕立のよいスーツを着た、


「ウーゴ・ヤッキア……頭領カポヤッキア! 貴方よくも私を裏切って下さいやがりましたね!? ぶっ殺す!」


 恰幅のよい男を前にして、オクレーシアの怒りがドカンと噴火した。


 ウーゴ・ヤッキア。

 オクレーシアとガストンを利用して敵対するボスを殺し、そしてこの夜のうちに二人をも始末しようとした、レウカディア中堅マフィアファミリーの頭領カポその人である。






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