■ 358 ■ レウカディアをその眼に収めよ瞳神






 周囲を完全に包囲された二人は覚悟を決めた。何はともあれ生き延びなければ話にならない。


「ガストン、背中を頼みます」

「ああくそ! 道を切り開け、万夫不当の無銘の刃よ!」


 闘神アルスの聖句を短く唱え、ガストンは己が誓いを立てた愛剣を抜き放つ。

 四大神教、闘神教アルス・マグナの魔術師ではあるが、ガストン自身は並程度の魔術師で女性のように優秀ではない。そして魔術師とて前後左右から襲われれば流石に苦戦する。


 しかも敵の身構える武器には当然、対魔術師戦の常として毒が塗ってあるだろう。

 毒が回ればどれだけ身体強化があっても魔術師は死ぬ。解毒ポーションがなければ例外はない。


「くそ、無理はするなよシア――あれ?」


 そうしてここで死ぬかもしれない覚悟を決めたガストンの前で、黒服たちが一斉にどさどさと倒れ伏す。

 それはガストンの背後、女性の側でも同じだったようで、


「オクレーシア・レーミーだな?」


 そう黒服たちを沈め、闇の中から現れ出でたのは――仮面だ。

 黒塗りの仮面。その仮面の下にある服も漆黒に染められた、しかしマフィアのそれとはやや異なる出で立ち。


「何者です」


 そう女性――オクレーシアが短く問えば、


「名は名乗れん。見たままから察しろ」


 目の前で仮面が取り外され、その下から出てきたのは――


「……リュキア氏族ですか。しかもかなり血筋のよい」


 リュキアは氏族同士で婚姻を続けてきたため、血が濃いほどリュキア氏族特有の外見的特徴を備える。

 仮面の下から現われた顔は、あまり貴族のなんたるかを知らないオクレーシアにも、はっきりと上位のリュキア氏族と分かる顔立ちをしていた。


「いかにも。リュキアのゴミを掃除しにきたリュキア貴族にして、リュキアの影だ。オクレーシア、俺と取引をする気はないか?」

「取引、ですか?」

「そうだ。お前の復讐はまだ果たされちゃいないからな。俺がそれの手伝いをしてやろう」


 そう仮面を付け直した男に言われて、オクレーシアは相棒と顔を見合わせる。

 復讐は、今夜果たされた筈だ。それともあれは影武者だった、とでも?


「このレウカディアで孤児を密輸袋に使っているのはスカルキファミリーだけじゃない、ってことさオクレーシア。お前と手を組んだヤッキアファミリーも同じ事をやっている。他のファミリーもな」

「……!」


 そう指摘されてオクレーシアは雷に打たれたかのように硬直した。

 相手が何故自分の名前と目的を知っているのかという疑問よりも、その言葉の衝撃の方がオクレーシアには勝った。


 直接的な復讐は、どうやらちゃんと果たされてはいたらしい。

 だが、オクレーシアが覚えていたスカルキ、という頭領カポを殺せば終わるような簡単な話では、これはなかったのだ。


「復讐を最後まで果たしたいなら――お前がレウカディアのドンになるぐらいはやらねば話にならんぞ、オクレーシア」

「そんな……そんな、ことって……」


 一人殺せば終わる、と思っていたオクレーシアが震える拳を握りしめる。

 そうだ、よく考えれば密輸袋を有効活用した麻薬売買でスカルキファミリーが独占的な利益を得られていたなら、スカルキファミリーはこのレウカディアに君臨できていたはずだ。


 だがスカルキファミリーはいくらヤッキアというマフィアファミリーの手を借りたとは言え、ぽっと出の魔術師オクレーシアに潰される程度の規模しかなかった。それは何故か?

 当然、スカルキファミリーの打つ手と同等以上のことを、他のファミリーもやっているからだ。

 スカルキファミリーの悪辣さを越えて他のファミリーは外貨を得ているから、こうも容易くオクレーシアは目的を達成できたのだ。


「故に、お前の選択肢は二つだ」


 責めるでも嘲るでも、圧をかけるでもなく、仮面の男が静かに問う。


「直接の仇を屠った今、それだけで満足しておくか。それともお前がこのレウカディアに君臨し、子供を使い捨ての革袋として扱うクズ連中を一掃するか、だ」


 男の言う前者を選ぶことは、オクレーシアには難しい。そこで前者を選べる程度なら、オクレーシアは最初から神殿騎士として、人の尊敬を集めながら幸せになれていたのだから。

 だが、


「たった二人でレウカディアの頂点になど、立てるはずがない……」

「あれだけ罵っておいて俺をまだ当然のように頭数に加えるのな、お前」


 この減らず口ガストンが裏切らないとしても、魔術師二人だけではどうやってもマフィアの頂点に立つなど不可能だ。だから、


「だから、俺たちがお前を強力に支援しよう。オクレーシア・レーミー。お前にその覚悟があるならな」


 男が、割と上位のリュキア貴族であるはずのこの仮面の男の協力を、オクレーシアはなんとしても得なくてはならないが――



――え、胡散臭いどころか胡散そのもののこんな黒仮面、どうやって信用するの?



 味方に付けたはずの相手に裏切られた結果が今のオクレーシアたちだ。素直に首を縦に振れるはずもない。


「なぜ、私に目を付けたのです?」


 正直に事実が聞けるとは思っていないが、それでもそれは聞いておかねばなるまいとオクレーシアは問う。


「第一に、俺が所属する氏族以外のリュキア貴族にこれ以上権益を与えたくない。これは分かるな」

「ええ、実益の話ですから」


 男がリュキア氏族なら当然、芽蒔神スパルトイの席次を巡って他のリュキア氏族とバチバチにやり合っている筈だ。

 半分しかリュキアの血を引いていないオクレーシアでも、それは嫌という程よく分かっている。リュキア氏族にとっては、芽蒔神スパルトイの席次こそが全てだからだ。

 そしてその席次を得るためにはよりリュキアの血を濃くしなければならず、その為にはより上位の家にすり寄るため、賄賂だ贈り物だと金が必要になる。


「その上で、レウカディアのマフィアの中ではお前が一番リュキアに無害だ、と判断したからだ。お前はリュキアの内情に興味が無いからな」

「ちょっと待って下さい、私はマフィアになったつもりはありませんよ!?」

「……マフィアと手を組んでマフィアの頭領カポを殺しといて今更何言ってんだシア?」

「それとこれとは話が別です!」

「そりゃお前の頭の中だけでだろ」


 だからお前はアホなんだよ! と鼻で笑って、ガストンが仮面の男へと向かい合う。


「俺たちがお前の誘いを断ったら?」

「別に何も。お前たちは一人だけとは言え、既にリュキアのゴミを片付けてくれている。その分の礼は既に返したはずだ。故に俺もこれ以上は手助けをしないし、断るなら船でいち早くこの地を離れることをお勧めする」


 オクレーシアたちはクズマフィアを一人屠り、その結果として仮面の男は今、オクレーシアたちの命を助けた。故に現時点での貸し借りはなくなった、というのが仮面の男の見解のようだ。

 以後の協力体制を断れば三者の関係はここで終わり、では手を組んだら?


「お前は――お前たちは俺とシアを殺す気はない。そう思っていいんだな」

「お前たちがレウカディアの頂点を取った瞬間に掌を返して、リュキアを害し始めたりしない限りはな」


 そう仮面の男に釘を刺されて、ガストンはある意味納得した。事実かどうかはさておき、このリュキア氏族顔黒ずくめ仮面の言うことに矛盾はなかったからだ。


 であれば、あとはオクレーシアとガストンの胸算用次第だ。


「どうする、シア。ここで満足しておくのも一つの在り方だぞ」


 そうガストンに問われたオクレーシアは考え込む。オクレーシアは麻薬自体には対して興味も敵意もない。

 大人が自分で稼いだ金で、麻薬を買おうが酒を買おうが煙草を買おうが異性を買おうが、好きにすればいいと思っている。


「ただね、私は貴方と違って正義感が強いんですけど」

「正義感が強い奴は純朴な青年をマフィアとの抗争に巻き込んだりしねぇよ」

「え? 純朴な青年……? えっと、誰のことを言ってるんですか? ガストン」

「お前それを素で聞く時点で自分が悪意のない悪党だって分かれよ」


 そう、自分で言うのもなんだがオクレーシアは正義感が強い(と思っている)。だからこそ自分で未来を決めることができない子供を、大人が自分の利益確保の道具にすることが許せない。

 オクレーシアの母親はそうやって大人の玩具にされて、年端もいかぬ年齢でオクレーシアを孕み、そして捨てられた。

 そうやって生まれたオクレーシアもまた、大人の金稼ぎの道具としてあわや死にかけた。オクレーシアが許せないのは、そういう大人の傲慢だ。

 だからこそ、


「私に、決めろと」


 オクレーシアはそう仮面の男に問い、


「そうだ。お前が決めろ。お前たちで決めろ」


 仮面の男は決断をオクレーシアたちに求めてくる。


「俺はお前の命など背負わん。俺とお前の道行きが重なるならお前を助け、背くならお前から離れる。それだけの話だ」


 男がそう返してきて、だからオクレーシアは決めることができた。

 この男は、少なくとも最終的な決断をオクレーシアに決めさせ、自分の望みを強要はしなかった。

 だからこそ、


「分かりました。貴方の力を借ります。私を本当に、このレウカディアのドンにしてくれるのですね?」

「約束しよう。だが裏の人間である俺はユーニウス侯爵家には顔を利かせられん。ドンになった後のお前がリュキア貴族と良好な関係を築いていけるか、はお前次第だ」


 結構、とオクレーシアは男が伸ばしてきた手を取った。

 目的がある。覚悟もある。足りないのはコネと戦力で、だからこそそれを持っているであろう男が手を貸してくれるなら――もう断る理由はない。


 この半血の孤児であるオクレーシア・レーミーが、自分を使い捨てにした連中からレウカディアの頂点を奪うのだ。

 それ以上に喜ばしい復讐など、そうそうありはしないだろう。






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