■ 356 ■ 港を目指して






 甲板の上で、覆いを被せた聖霊銀剣ミスリルブレードの剣槍を手に、リクスとエーメリーが睨み合う。

 フッと一息と共にリクスが剣槍を突き入れるも、これを撃ち落としたエーメリーが後の先で剣先をリクスの踏み込んだ脚へと払い、リクスの柄がこれを防ぐ。


 そのまま肩口でのタックルを敢行するリクスを後ろに飛んで躱し、船縁を蹴って跳躍したエーメリーが大振りに下段から切り上げる。

 これをリクスは片手で掴んでエーメリーを引き寄せ、己が剣槍を突き入れれば、エーメリーは己の剣槍を手放し逆にリクスの剣槍を掴んで加速。リクスに肉薄して膝蹴りをリクスの顔面へと叩き込んで、


「一本、エーメリー」


 審判をしていたイーリスがエーメリーの勝ちを告げる。


「だ、大丈夫ですか御兄様!」

「大丈夫、額で受けたから」


 頭蓋骨は人体で最も頑丈に出来ている部位だ。鼻で受けたら鼻血くらいは出ただろうが、額なら問題ない。


「得物を持つと弱くなるってのも少し情けないな」


 拳を軽く二度三度と振り抜くと、やっぱりこっちの方がいいな、とクィスとしては思ってしまう。

 ただ剣槍でも守勢とは言えエーメリーの猛攻を凌ぎ切れてはいたので、全く使えていないわけではなさそうだが。


「御兄様、槍は船に乗るまでろくに握ったこともなかったのでしょう?」

「四年ほど前に実戦で一回拾って使ったきりだね」

「でしたら謙遜しないで下さいませ。こっちが悔しくなってしまいます」

「……そっか、そうだね、うん」


 エーメリーの頭を撫でながらリクスが笑うと、エーメリーもまたはにかんで剣槍をリクスへと返し、自分の剣槍を拾い上げる。


「じゃあ次はディアナだ。足場が不安定に揺れている点には注意を払え」

「はい、お兄ちゃん!」


 続いて一行の中で最も可憐なディアナまでもがリクスとガチガチに剣槍をぶつけ合う様に、船員たちも他の客も、当然ガラッシ家一行もドン引きである。

 どう見ても十歳前後のお嬢様にしか見えないディアナが、嵐のように剣槍を振り回してリクスに防戦を強いているのだから当然だ。


――最初から船員に遠慮なんてしないで、日頃の鍛錬を見せておけばよかったな。


 今更ながらにリクスは周囲に配慮し過ぎていた己を呪う。

 最初からエーメリーたちの実力を見せておけば、ガラッシ家の侍従もあんな馬鹿なことは企てなかっただろうに。


 元マフィアの振る舞いで他の客や船員を怖がらせてはいけない、なんてお優しい配慮が家族の身を危険にさらしたのだ。

 ならばもはや遠慮は不要。他人がどれだけ怯えようと知ったことか。家族の為に、リクスは力を見せ付けるのだ。


 リクスが放った下段の足払いを巻き落とし、逆にディアナの剣槍が強かにリクスの脛を打ち据えれば、


「一本、ディアナ」

「流石だなディアナ。それを誰に対しても手加減抜きでやれれば文句なしだ」

「ううっ、努力します……」


 ディアナの難点は裏路地属性が弱すぎて、エーメリーやビアンカから「押しが弱い」と言われてしまうリクスから見ても、人を傷つけることに及び腰なことだ。


 リクスが相手ならば、傷つけたり殺してしまう心配が無いと分かっているから全力を出せる。

 だが相手の実力が不明だったりすると、踏み込みを躊躇って初手から本気でかかれないのがディアナだ。無論、魔獣相手ならばちゃんと全力を出し切れるのだが。


「次、シータ」

「あーい。最近私の手を握れなくて寂しいりっちゃんのお相手だね」

「……別に寂しくないです」

「遠慮しなくていいのに」


 えいや、っと突き込まれたシータの剣槍に己の剣槍をぶつけて相殺しつつ、リクスは少しだけ悲しくなってくる。

 兄の威厳というのは、いったいどうやったら身につくのだろうか、と。




      §   §   §




 そうやって日々、甲板での鍛錬を重ねつつ、


「兄貴! このレモラって喰えるのかな?」

「食えなくはないがはっきり言って臭いし不味いぞ」


 フェルナンを海中に送り込んでレモラを退治させたりしていれば、特に事故もなく一つ目のハブ港に到着。

 船を乗り換え、ここでガロッシ家連中とも別れて二隻目で一ヶ月程の航海を経て、


「リクス兄様、陸が、目的地が見えてきましたよ!」


 はしゃぐビアンカに手を引かれながら甲板に上がれば、懐かしき街並みがリクスの目にも飛び込んでくる。


「入港前に忘れ物がないか、の確認もかねて船室を掃除しておこう」

「はい、兄様!」


 ビアンカの指示の下、六人で手分けして船室を清掃し、鞄を背負ったリクスが甲板に上がれば、船はもう入港準備に移っているようだ。


「兄貴、これが兄貴が言っていたリュカバースか!? 雰囲気悪いな!」


 フェルナンがそう声を張り上げるが、懐かしの街を貶されたリクスは全く気にしない。

 なぜなら懐かしいは懐かしいにしても、


「お前は何を聞いていたのです山猿。私たちは最初は別の街に向かうと御兄様が言っていたでしょうに」


 そう、エーメリーが言うようにリクスたちはグランベル大陸を目指したが、上陸するのはリュキア第二の港リュカバースではない。

 リクスにとってのここは前時間軸で、血迷ったカスの貴族を処分するため、イオリベと一度訪れただけの、


「ここはリュキア第一の港、レウカディアだ」


 レウカディア。因縁の都市。

 ユーニウス侯爵領の軒先、リュキア第一の港にして、リュカバースの猛追を疎み散々嫌がらせをしてきたクソッタレの街。

 この港町のせいでコルナールもサリタも、そしてある意味ではクリエルフィも死ぬ羽目になったのだから、


――まずはここを、馬鹿みたいな脊髄反射的行動を取らせないよう影響下におかないと。


 リクスはそう闘志を燃やす。

 救いたい全てを救うと、そう決めたのだから。


 一つたりとて取りこぼしはしない。

 たとえその恩恵を受けるのがリクスではなく、クィスであろうとも。






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