OSTINATO
■ 350 ■ リクスの【本】 序章
【
この【
でもその前に一度お前、ラジィを攫って二人で幸せになろうとしたろ? 分かるよ、俺もやったからな。
だが残念でした! 俺たちにそんな幸せな未来は訪れやしないのさ。早々に諦めることだ。女々しい未練はとっとと捨てろ。それがお前のためだ。
さて、もうそろそろ気が付いてはいるだろうが、改めて名乗っておこう。
俺たちの名前はリクス・エルダート。
スティクス・リュキア、クィス・エルダートに次ぐ第三のお前自身の名前であり姿だ。
俺たちの役目はあの夜の結末を覆すために必要な情報を集めて、お前に譲り渡すことだ。
分かるか? 俺じゃない、俺たちだ。俺たちってのはエーメリーたちのことを指すわけじゃないぞ?
俺たち、ってのは俺の前に、俺に情報を譲り渡してくれた、俺になる前のリクスのことだ。
分かるか? 愚鈍なる俺。
この【
究極的には自分の幸せが根底にあるお前は今、こう考えているだろうよ。
じゃあお前たちは自分がジィを幸せにすることを諦めた負け犬なのか? ってな。
その答えはイエスだ。正解だよ。
結論から言えばな、たった十年のやり直しではどんなに足掻いたってミカやアズライル、ノクティルカ、
情報が0からの十年を何回繰り返しても結果は同じだ。だが、その十年をもし継ぎ足していくことができたなら――いずれは俺たちが積み重ねた時間は、奴らの投じた時間と努力に匹敵するものとなろう。
それに最初に気が付いたのが、情報を【
恐らく、繰り返されたリクスの総数は五十二人では済まないだろうよ。まぁ、記録に残ってない俺たちのことはどうだっていいがね。
ところでお前、ジィがどうやったら幸せに成れるか、ってのをキチンと考えたことはあるか?
ないよな。俺だから分かるよグズめ。ジィを幸せにしてやりたい、と表面上だけそんな格好いいことを言っていた善人気取りが聞いて呆れるな。
そんな様だからお前はジィに愛して貰えない――いやこの思考は止めよう。お前を批判しても所詮は自己嫌悪に無駄な時間を消費するだけだからな。
とにかくだ。天使であるジィは神になる以外では決して救われない。
だがジィはこのままだと
本当に困ったお姫様だよ。天使のくせに人を愛しすぎているんだからさ。
だから、分かるな愚鈍。ジィが幸せになるためには、この先何としても
以後、
さて、それを踏まえると結構話はややこしくなる。
というのも、ミカはさておきアズライルの目的は「次なる天使が生まれなくなること」だからだ。
これは
これが成し得た上でジィが
と、いう事実に【
これまでは六人分の記録を頼りに何とかしてミカとアズライルの企みを全面的に阻止しようとしていた七人目のリクスは、ここで新たな問題を孕んでしまったことになる。
分かるな? ジィを幸せにする、それのみならず
その観点からしても、「ミカはさておき、アズライルを本当に止めてしまって問題はないのか?」という疑問に俺たちは解を出さないといけないわけだ。
だが当のアズライルからしても、次の天使が生まれなくなるか否かは、ジィが死んだ後に次の天使が永久に見つからなくなること、でしか証明できないらしい。
そしてジィが死んだあの夜より先に向かえない俺たちには、つまりアズライルを見逃したとて、その思惑が成功したか失敗したかを判断する術がないんだ。
お前は今、多分悩んでいるだろう。
いくら人類の未来を救うためとは言え、アズライルの虐殺を容認してよいのか? とね。
そしてそれは遙か以前からアズライルはずっと一人で悩んでいたことの再演でしかない。
善良なるアズライルは、たとえ今を生きる魔術師を虐殺してでも人類の未来を守ることを選択した。
では、このリクスはどうすればいい? ことがアズライルの思惑通り運んだとしても、次なる天使生誕を阻止できるかは分からない。
そんな状況で俺たちは奴を止めるか止めないか、の判断を迫られるわけだ。
問題はそれだけじゃあない。
そもそもだ、あの夜をリュカバースが越えてもリュキアという国はボロボロだ。
いくらガレスたちを無事生存させられたとしても、所詮は十数人チョイの魔術師だ。都市の防衛なら十分だが国の防衛にはどうやっても魔術師が足らん。
結局は国家規模の後ろ盾が無い限り、
然るにリクスはリュキアという国を、国と言えるレベルの戦力を持ちうるまでに復興させないといけないわけだ。
分かるよな? リュキアの復興と言っても、あのカスのクズであるリュキア氏族なんぞクソの役にも立たん。
あのクソ共を排し、ちゃんと国を背負う覚悟のある人員を集め、その人員に責任を負わせ、その対価として領地の統治権を認め国を適切に運用する。そういう連中でリュキアの土地を纏めにゃならんわけだ。
今お前は、ジィが生き残れば【
いい加減そのジィに甘える情けない思考を何とかしろ愚鈍。死ぬまでお前は妹に甘え続けるマンモーニでいるつもりか?
そういう正しい意味でのリュキアの復興までも視野に入れておかなきゃ、ジィの平穏な人生ってのは守れないんだって。
そこまで考えたことがあるか? クィス・エルダート。無いよな。だからお前はいつまで経ってもジィに信頼されず兄のくせに未熟な弟扱い――いやこの思考は止めよう。お前を批判しても所詮は自己嫌悪に無駄な時間を消費するだけだからな。
さぁ、そろそろ愚鈍なお前にも何故五十二人ものリクスが、自分がジィを幸せすることを諦め、情報収集に回らなきゃいけなかったかが理解できてきた頃だろう?
アズライルの企みを阻止したら、俺たちは自前で
アズライルの企みを見逃したら、俺たちは魔術師が激減した世界でリュキアという国を魔獣と人の両方から守り切る術を構築しなければならない。
あの夜を生きて越えれば終わり、みたいな簡単な話じゃないんだよ。ジィに幸せな余生を生きて貰うために必要な要素はさ。
まぁ、ジィには神になることが唯一の幸せっていう大前提がある以上、俺たちには完璧な意味での幸福をジィにもたらすことは出来ないんだが、そこを気にしても仕方ない。
誰だって自分がこう生きたいと願ったそのままの人生を送れるわけじゃないんだ。自分がこう生きられれば幸福だ、と定めた人生そのままを送る方が難しい
だからそこはジィもちゃんと分かってるし、妥協もしてくれるだろうさ。はっ、最初からジィに妥協を強いる程度の人生しか俺やお前には――いやこの思考は止めよう。
だからもう、分かったな愚鈍。たった十年で数百年の暗躍と歴史に拮抗するには、それに見合うだけの情報が必要だ。
だがお前が自由に使える『たった十年』ではどうやってもそれは得られない。しかも同時進行する問題も複数あるから、一つに取り組んでいては他を取り零す。
だからの、俺を含めた五十二回分のリクスの生きた記録だ。
俺も五十一人目のリクスにジィを救うことを託されたが――しかし俺ではもっとも幸福に満ちた未来には辿り着けぬと判断した。
だから俺の目線で抜けていると思われる情報の獲得に回り、俺は俺の手でジィを幸せな未来に導くことを諦めた。
だからお前もそうしろ。
俺は五十二人の観点でそこを目指せると判断して走り出し――その最中にまだ穴を埋めきれていないと分かり、それを埋める係に回った。だからお前もそうしろ。
この【
他者を救うためにその命を捧げるという、人でありながら天使のような生き方を貫け。お前で駄目ならば、潔く次のリクスに託せ。
美しいものを見たんだろ? スティクス・リュキアには終ぞ見られなかった美しいものを。
その美しいものに憧れて、そう生きたいと願ったんだろ?
ならば、最後まで貫き通せ。
俺はそうしたぞ。やりきったぞ。俺自身は何も成し得なかった。何も得られなかった。それを良しとした。お前たちのための礎と化した。俺の未来を諦め、お前に託した。
だから、お前もそうしろ。
だが、もしお前が本当に最後のリクスと成れるのであれば――その時は、俺たちのジィを頼む。
どうか、俺たちの愛しき天使が苦しむことなく生きられる未来へと導いてやってくれ。
リクス・エルダートではなく、クィス・エルダートが幸せになれる未来を実現してやってくれ。
ジィの家族はリクスではなく、クィスとティナなのだから。もう俺では、俺たちではないのだから。
さあ、必要な心構えはこれで記した。これ以降は私情を挟まぬ情報の羅列だ。だけど五十二人のリクスがその命と未来を引き替えにして集めた情報だ。
これを駆使して見事、ラジィ・エルダートの難き道行きに安寧をもたらしてみせろ。
頼むよ――本当に、頼む。
では、次なるリクスの健闘と勝利を祈って、ここに【
署名:リクス・エルダート
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