■ 349 ■ エルダートファミリーの反撃






 リクスらがダレットの別荘へとやってきてから、一年が経過した。

 その間入れ替わり立ち替わりで【至高の十人デカサンクティ】やその候補生が訓練兵らの教育のためにここを訪れてくれ、もっとも、


「サヌアン様とは未来で会うことになるので、こちらを訪れないようそれとなく控えて貰ってもいいですか?」

「言われなくともサヌは自分が満足できる知識を得られる場所にしか訪れぬよ」


 いずれクィスと出会う【宝物庫セサウロス】サヌアン・メフィンは訓練兵の指導には興味を持たない学者だったため、スルーして貰えたのは僥倖だった。

 ただ、幾つか今後のために必要なアミュレットなどを用立てして貰う必要もあり、これはカイらが交渉してくれて【宝物庫セサウロス】候補生たちが作成中だそうだ。完成したら送ってくれるらしい。無論、それに相応しい対価オラスをリクスは支払わねばならなかったが。

 もう一人の【武器庫アーマメンタリウム】アレフベート・ギーメルは現在巡礼中で【至高の聖域サクロ・サンクトゥス】にはいないから、こちらも注意を払う必要はない。それに武器なら前時間軸のリクスから大量に受け取ってもいる。


「俺、一般信者のくせにある意味【至高の十人デカサンクティ】全ての指導を受けられたんだよな」


 リクスは神殿騎士でもないのに、前時間軸を合わせれば全ての【至高の十人デカサンクティ】の薫陶を受けられたわけで、これは随分と贅沢な話だろう。

 おまけに、


「じゃーん! せっかくだからプレゼントよ! と言っても私たち【納戸ホレオルム】候補生の練習として縫ったものだけどね」


 ラムが訓練生たちに、まだ地母神教マーター・マグナの紋章が刻まれていない、純白と漆黒の二種類のローブを、


「お預かりした武器の方はこちらで長槍に改造しておきました。決して罪無き人には向けないように」


 カイはクィスが未来から持ちこんだ竜牙騎士団の聖霊銀剣ミスリルブレード七本を槍剣に改造してくれて、エルダートファミリーに譲り渡してくれる。

 装備だけ見てもエルダートファミリーは並の神殿騎士を軽く超える逸品で身を固められているわけで、これは格別の扱いと言える。もっとも、


「オラス金貨、綺麗さっぱり無くなったわねぇー」


 それはリクスの金払いがよかったからなわけで、格別の扱いだったが贔屓をされたわけではない。そこら辺の金勘定は政治部は厳格である。


「金払いのよい顧客を掴まえる目論見が外れて、政治部が残念がっていましたよ」


 ラムとカイがそう【至高の聖域サクロ・サンクトゥス】での会話を思い出して若干顔をしかめる。

 どうやらリクスという太っ腹な金づるを留め置けなかったことについて、軽く文句でも言われたらしい。


「収支は黒なんだから文句言わないで欲しいわ。カイ、あんたとっとと【神殿テンプル】になってあいつら締め上げなさい」

「馬鹿言わないで。政治部を敵に回す【神殿テンプル】とか無能そのものじゃないの」


 なお、現在の【至高の十人デカサンクティ】は【神殿テンプル】不在により最高齢の【書庫ビブリオシカ】が最高指導者を務めているらしい。

 ラジィの前の【書庫ビブリオシカ】ともなれば、リクスとしては一度会ってみたかったが、


「最高指導者が軽々しく【至高の聖域サクロ・サンクトゥス】を離れるわけにはいかないしね、そりゃ無理ってもんよ」

「それにシェキナ様はもう高齢ですので。ここまでの移動も玉体にはお辛いでしょうし」


 ラジィの先代にして当代の【書庫ビブリオシカ】であるシェキナ・ヒムロエは早めに後継者の選定を望んでいる程の高齢のため、立場と体力両方の観点で【至高の聖域サクロ・サンクトゥス】を離れられないらしい。

 いずれにせよ、一年間でできるだけの指導は受けた。訓練兵たちの戦技はまだまだ【至高の聖域サクロ・サンクトゥス】の上位神殿騎士たちには僅かに及ばないが、十分に磨いた。

 だから、




      §   §   §




「正直に言えば、俺はお前たちにごく普通の神殿騎士として幸せな一生を送って欲しいと、今でも思っている」


 エルダートファミリーを食堂に集めて、リクスはそう己が胸の内を吐露する。

 今のところ【至高の十人デカサンクティ】たちとは異なり、弟妹たちにリクスは己の知る全てを告げてはいない。


 クィスだった頃、百や二百を優に超える子供たちを相手にしていたリクスは知っているのだ。子供というのは、どんなに真面目な子でも全面的に信用できる存在ではない、ということを。

 愛されるため、傷つかないために子供は平然と嘘を吐く。自覚的にも、無自覚的にもだ。それが大前提だからどの国、どの都市の警邏機構も子供の証言というのは信憑性に欠けるもの、と見做す。

 子供を無条件で信じる、というのは危険なのだ。万が一リクスが「やり直し」をすれば、未来から敵がやってくるかもしれないという現状では厳重な注意が必要になるのだから、この対処は当然のものである。


「俺の目的はあくまで、グランベル大陸で手ぐすね引いて天使を待ち構えている悪党に、天使をよい様に利用させないこと、殺させないことだけだ」


 だから、弟妹たちにリクスが語った内容は限定的だ。


 自分はこの先の未来に起こる出来事を、とある手段で知ることができたこと。

 だけどその手段はもう二度と使えないこと。


 そんな自分は天使である訓練兵Gを救うためにこの場にいること。

 自分が何もしなければ、天使はこの先の未来で天使を利用したい連中たちに利用された挙げ句、命を落すこと。

 その未来を阻止するためにグランベル大陸からやってきたこと。


 そして自分の知っている未来と違う行動を天使が取ると、自分の優位がなくなり天使を救えなくなる可能性がある為、訓練兵たちも含めて自分は天使とは一切接触ができないこと。

 そして未来を知った対価として、自分には自分が知れた残り九年で寿命が尽きることが確定しており、これを覆す術はない、と。


 自分が未来から来た人間であるとか、そういう一部の事実を隠しねじ曲げつつも、己の目的と生きる意味だけは明確に弟妹たちへと伝えておく。


 もう少し弟妹が大人になったら、いずれ全てを話そうとは思っているが。


「俺が為すのは独善であり、人類救済なんて立派なものじゃない。だからお前たちにはお前たちの生きる意味を見つけて欲しいと思っていて、それは――」

「神殿騎士になるのなら、別に九年後でも全く遅くはありません」


 リクスの言葉を、そうエーメリーが遮った。


「あと九年しか一緒にいられないなら、だったら離ればなれになるなんて嫌です!」


 ビアンカがそう、涙を浮かべた瞳でリクスの提示する平和な生き方を否定する。


「やりたいこと探すなら、りっちゃんについていったほうが色々ありそうだし」


 シータは普段通り、のんびりとした口調で己を語るのみだ。


「それに、ジィが首を落とされる未来なんて、私だって見たくないです」


 温和で人を傷つけることも傷つくことも苦手なディアナが、自分の目的も同じだと同和する。


「冒険者生活上等。楽しみ」


 お上品な環境など要らぬと言い切るのは、蛮族の生まれかと疑いたくなるイーリスで、


「うだうだ語るほどのことじゃないだろ! 兄貴は俺たちを助けてくれて、俺たちは家族だ! なら今度は俺たちが兄貴を助ける番だ! それだけの話だろうが!」


 フェルナンが語気も荒くそう捲し立てれば、珍しくファミリーの全員がそんな剥き出しの感情に頷いた。


「御兄様。どうか私たちに『来るな』と命じないで下さい。天使だろうと関係なく、ジィもまた私たちの家族なのですから」


 そうエーメリーに懇願されれば、リクスとしてももう言い返しようがない。


かつえる民に温もりを、難き道行きに安寧を。只人にそれが成せぬというなら、私がそれを成しましょう』


 それが地母神教マーター・マグナの聖句であり教義であり、地母神教マーター・マグナ徒の道行きに他ならない故に――


「ありがとう……みんな、不甲斐ない俺に力を貸してくれ」

「勿論です、御兄様」

「微力を尽くします!」

「頑張るよ。うん、頑張る」

「お役に立ってみせます!」

「おにぃの敵は私が斬り殺す。任せて」

「水くさいぜ兄貴! 俺たちがいれば百人力だぞ!」

「いいや、千人の救援にも勝るよ」


 リクスはだから、自らの愚かしさと後ろめたさを呪いつつも、新たな弟妹を率いてアズライルとミカへ、ノクティルカへ、そして地母神教マーター・マグナへと挑む。


「ダレット様、カイさん、ラムさん。これまでありがとうございました」


 リクスがそう深々と頭を下げれば、


「なに。元は地母神教マーター・マグナの尻ぬぐいだ。これまでもこれからもな」

「頑張れよー長男、妹たちを泣かせるなよぉ。全てが終わったら訓練兵全員揃いぶみで、一度ぐらいは顔を見せに来なさいな」

「……はぁ、私が【神殿テンプル】かぁ。ジィのためにもならなきゃいけないのは分かるけど、気が重いなぁ」


 ダレット、ラムはそう一同を鼓舞してくれるが、カイは少しだけご愁傷様だ。




 これで最期だからと、皆で手分けしてダレットの別荘を隅から隅まで徹底的に清掃して、そうして、


「あと九年、宜しく頼む。じゃあエーメリー、出立の号令を頼む」

「はい、御兄様」


 既にリクスは公的には前面に立たず、エーメリーが仮のリーダーとしてエルダートファミリーを率いていくことは了解済み故に、


「ではエルダートファミリー、出撃します」

『応!』


 ミカとアズライルが積み重ねた数百年の宿願を。

 ノクティルカが積み重ねた数百年の宿業を。

 地母神教マーター・マグナが積み上げた数百年の研鑽を。


 それら全てを覆すための、たった七人だけの戦いが。


「いくぞ、戦いの舞台へ。グランベル大陸へ」

『グランベル大陸へ!』


 今、ここから始まるのだ。







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